デレデレ葵

第43話 初詣

 大掃除を終えいつもより片付いているリビングのこたつに入り、ミカンを食べながら紅白歌合戦をボーっと眺めるように観ている。

 多分多くの家庭で行われている大晦日の夜の過ごし方だろう。


 キッチンでは母親が年越しそばの準備を始めている。

 今年も残すところ、あと2時間。

 今年を振り返ってみると、あり過ぎるほどいろいろあり過ぎた。


 工場の経営難でいよいよ倒産を覚悟していた時、葵と5年ぶりに再会した。工場を救うために強引に女子高に転校させられ、僕は女の子になった。

 女の子の生活は大変だったけど、おしゃれは楽しいし、女友達との結論の出ないおしゃべり慣れれば楽しい。


 子供のころ憎んでいた葵のことを好きになり、告白して付き合い始めた。葵は怒ったり、拗ねたり、落ち込んだりして、そのたびに僕を振り回したが、まあそれもいい思い出だ。


 そんな葵はクリスマスを境にちょっと変わった。


―——ピーンポン♪


「こんな時間に誰かな?」


 つまみに正月用のかまぼこを早くも食べながら、熱燗で酔っ払っている父親はすでに赤ら顔だ。

 母親は年越しそばを作っているし、来客の対応ができるのは僕しかいない。


 暖房の効いた部屋から出ると、冷気で一瞬身震いしてしまう。

 階段を降り玄関を開けると、葵の姿があった。


「夕貴、会いたかったよ」

「会いたかったって、昨日も遊んだでしょ」

「昨日でしょ、もう24時間以上も会っていないんだよ。寂しかったよ」


 玄関で靴を脱ぐなり、僕に息が苦しいほど強く抱きついてきた。

 クリスマスの一件以来、葵はツンデレをやめた。

 

 本当は子供の時から僕のことを好きだったにもかかわらず、その富士山よりも高いプライドのせいで素直に好きと言えずに、給食のプリンを奪ったり、僕を女子高に転校させたりした。


 あんまりツンデレすると僕が離れて行ってしまうことに気付いた葵は、素直に愛情を表現するようになったが、その愛情はあまりにも重かった。

 メッセージは1日に何十通もくるし、会えば人目もはばからずイチャついてくる。


 年越しそば作りもひと段落したのか、母親がなかなか戻ってこない僕を心配して降りてきた。


「あら、上園さん、こんばんわ。どうしたの、こんな時間に?」

「お母様、こんばんわ。夕貴と初詣に行こうと思って、誘いに着ました」

「そうなの、ちょうど年越しそば作ったから食べて行ったら」

「はい、ありがとうございます。あっ、そうだ夕貴、これあげる」


 葵は僕に持ってきた紙袋を押し付けるように渡すと、母と二人仲良く話しながらリビングのある2階へと階段へと登って行った。

 ツンデレからデレデレになったところで、いきなり初詣に誘いに来るあたり強引な性格は変わっていない。


◇ ◇ ◇


―——十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、ゼロ


「おめでとう」

「おめでとう。今年もよろしく」


 葵と一緒に初詣にきた神社は、有名ではないとはいえそれなりに人が多く賑わっていた。

 暖冬とはいえ夜はそれなりに冷え込む。参拝の行列に並びながら、冷えてこわばった手をカイロで温めた。


「葵、このタイツ暖かいね」

「そうでしょ、うちの会社の自信作だから」


 葵から手渡されたのは、上園グループのアパレルメーカーが開発したという新作のタイツだった。

 野暮ったくならない薄手の40デニールでも、十分に暖かい。


「ありがとう、葵」

「風邪ひいたら夕貴に会えなくなるからね。いや、病気の夕貴を看病するのも悪くないわね。私がつくったおかゆを、フーフーしてから食べさせてあげるの」


 一人妄想の世界に浸っている葵に冷ややかな視線を送りながら、参拝の順番が来たので参拝をすませた。


―パンパン


 二礼二拍手一礼でお参りを済ませると、冷え切った体を温めるため甘酒を売っている屋台に向かった。


「夕貴、何をお願いした?」

「普通、願い事は言わないものだろ」

「えっ、そうなの?願い事はあえて口にすることで叶うものよ」


 自信に満ちている葵の顔を見ると、そう思えてくる。


「そういう葵は、何をお願いしたんだ」

「もちろん、夕貴と結ばれることよ」

「結ばれるって、私たち付き合ってるでしょ?」

「そうじゃなくて、物理的に。これ以上、女の子に言わせないでよ」


 葵は顔を赤らめながら、僕の肩を叩いたところで、ちょうど行列の先頭にきた。


 屋台で買った甘酒をフーフーと冷ましながら、口に入れると熱い液体が体の中を通っていくのを感じる。


「夕貴、お年玉がわりにギュッとして」


 甘酒を飲み干した葵が、上目遣いの甘える表情でお願いしてきた。


「こんな人ごみで?」

「そう、いや?」


 僕への愛情を隠さなくなった葵は、そのかわり人前でイチャつくことに快感を覚えてしまった。人目もはばからず、周りの人たちに見せつけるような行為を要求してくる。


「ちょっとだけだよ」


 僕は神社の参道から少し離れた人気の少ない場所に葵を連れ出すと、ギュッとその体を抱きしめた。

 寒く冷え切った体に、葵の温かいからだが気持ちいい。


「今年もよろしくね」

「今年だけじゃなくて、ずっとね」


 僕はもう一度彼女の体を強く抱きしめた。

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借金苦の両親を助けるために女子高に転校した件 葉っぱふみフミ @humihumi1234

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