第42話 聖なる夜に
子供のころクリスマスは特別だった。ご馳走が並ぶ夕食を食べ、クリスマス特番のテレビを観て寝ると、翌朝にはプレゼントが枕元に置かれていた。
サンタさんが来るのを見たくて、寝ないように頑張って起きていようとしたこともあった。
高校生になった今でも子供の時ほどではないが、クリスマスが近づいてくると自然とワクワクとした期待が高まってくる。
とくに今年は葵とのデートが控えている。
期待しないという方が無理だ。
鏡を見ながら、眉毛を描いている。昔は左右が不釣り合いで、なかなかうまく行かなかった。だが今では、慣れたもので、シャープなラインを引くことができるようになった。
4月はスカート履くのが嫌だったのに、いまではメイクが上手くなったことに嬉しさを感じている自分がいる。そんなことを思うと、自然と笑みがこぼれた。
「じゃ、お母さん、行ってくるね。晩御飯までには帰ってくるから」
「いってらっしゃい。あら、今日、夕貴いつもと違うね」
やはり女性である母親はすぐに違いに気づいてくれた。今日のコーデは昨日買ってきた、ボウタイリボンのあるブラウスにアーガイル柄のニットを重ね着して、ボトムはひざ下丈のAラインスカート。
全体的にきれいめにまとめつつ、大きなボウタイリボンでフェミニンさも忘れない。それにメイクも変えアイシャドウを寒色系にして、やや長めに描いた目尻のアイライナーはキリっとした印象を与えてくれる。
新しく生まれ変わった僕を、葵は気に入ってくれるか期待を不安の両方を感じながら僕は家をでた。
◇ ◇ ◇
24日クリスマス本番の聖なる夜が近づき、中央公園は先週よりも多くの人々が訪れており賑やかに輝いていた。
特設ステージで行われている市民楽団が奏でるメロディが、冷たい夜空に響き渡りクリスマスムードを一層高めていた。
待ちきれなくて葵との約束より30分早く来てしまい、待ち合わせの時間まで出店でも見て回ることにした。
先週来た時スノードームが気になっていたが、岩崎さんも一緒だったのでじっくりと見ることはできていなかった。
そのお店はたしかツリーの右側だったはず、そう思って歩き始めようとしたとき葵の姿見えた。
「あっ、葵。葵も早く来てたんだ」
「前の用事が早く終わったから、早く着いちゃっただけよ」
早く葵に会えたことに喜ぶ僕とは対照的に、いつも通りの表情を装うとしている葵。そんな葵はいつもと後ろで一つに結んでいる髪をおろし、グレーのワンピースにロングブーツを合わせ、白のコートを羽織っている。
先週の岩崎さんの様にシンプルで上品なコーデだ。
「葵、かわいいけど、いつもと違うね」
「夕貴もね」
「変だった?」
「いや、似合ってるよ。私が買ってあげた服よりも、夕貴ってそんな感じの服が似合うんだね」
「自分でも初めて気づいたけど、カワイイ系よりクール系というかかっこいい系の方が似合うみたい」
「まあ、夕貴も男だもんね」
二人視線を合わせて笑みを浮かべて笑いあった。こんな状況、以前の葵なら肩を叩いたり、頭をなでたりスキンシップを交えてくるが今日はなかった。
予定より早く落ち合えた僕らは、クリスマスマーケットを見て歩くことにした。
葵は出店に並ぶ雪だるまの置物やクリスマスツリーの飾りをみて「かわいい」を連発している。
なんとなく無理しているようにも見える葵を、これ以上見るに耐えかねた僕は意を決して葵を誘った。
「葵、ホットチョコレートのまない?美味しいよ」
「そうだね、寒いし。飲みたい」
先週と同じホットチョコレートを買って、フードコートのベンチに腰かけた僕たちは、ひとまずはホットチョコレートを飲みながら一息ついた。
僕はどう切り出したらよいか迷い、ホットチョコレートから立ち上る湯気を見つめた。二人の間に漂う沈黙の空気を破ったのは葵だった。
「夕貴、ごめん」
「ごめんって?」
「私、夕貴の気持ち考えずに、女子高に転校させたり、ミニスカート履かせたり、振り回しすぎちゃった。本当は嫌だったよね、女子高に通うの」
いつになく弱気な葵は、今にも泣きだしそうな声で謝ってきた。
「うん、最初は嫌だったけど、今では女子高生になれて良かったと思うよ。みんな優しいし、おしゃれも楽しいし。それより、急にどうした?」
「それなら良かったけど、先週私見たの。夕貴、先週他の女子とここで会ってたでしょ。あの子誰、うちの学校の子?」
先週岩崎さんと遊んでいたのを見られていたのは意外だった。それ以上に、他の女子と仲良くする僕を見て、葵が怒ったり嫉妬したりしてこないのはもっと意外だった。
「ごめん、吹奏楽部の岩崎さんと遊んでた。黙っててごめん」
「夕貴が他の女子と仲良くするの見て、ショックだった。でも、その時気づいたの、夕貴って私の所有物じゃなくて、自分の意思を持っているんだって。当たり前だよね。今まで気づかなくて、ごめん」
いつもやりたい放題だった葵に、「何をいまさら」と言ってやりたかったがそんな雰囲気ではなかった。
「夕貴が変わったの、それからだよね。タイツも履くようになったし、今日のコーデもいつもと違うし。夕貴、岩崎さんのこと好きなの?」
「仲が良いのは確かだけど、好きではないよ。好きなのは葵だけだよ」
「実家のことがあるから、そう言ってるだけでしょ。私と別れたら工場がつぶれると思って無理してるだけでしょ」
「そうじゃないよ」
「夕貴が他の子のこと好きになって私が怒って、下野マテリアルズとの取引中止させたても夕貴は私のもとには帰ってこないって気づいたの。工場がつぶれたら夕貴は別の学校に行くだろうし、私のことは許さないでしょ。お金で何でもできるって思ってたけど、人の心は買えないね」
寂し気に話終えた葵は、すでに温くなってきたホットチョコレートを一気に飲み干した。
「岩崎さんに自分らしさを持った方がいいって言われた。それで私も気づいたんだ。いままで葵の望むようにしてきたけど、それだけじゃ一生葵の後ろをついて行かないといけない」
「私はそれでも良かったけど」
「葵は優秀だから、将来上園グループを背負うことになると思う。うちの小さな工場でも両親苦労してるから、あんなに大きな会社を経営するってさらに大変だと思うんだ。そんな葵に負担を掛けたくないし、できれば支えられる人になりたい」
岩崎さんに言われて僕がたどり着いた答えだった。将来社長になって会社で頑張る葵をサポートできる人になりたい。
「そういってもらえて嬉しいけど、それ本当の気持ちなの?工場のこと心配して言ってるだけじゃないの……」
手を伸ばして隣に座る彼女の肩を優しく抱いた。そしてゆっくりと引き寄せ、彼女を自分の側に迎え入れた。葵は驚きながらも、とくに拒む様子はない。
「嘘じゃないって」
そこまで言うと、葵の唇に僕の唇を重ねた。クリスマスマーケットに訪れている人たちが僕たちを見ているが、気にならなかった。
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