第4章 キトゥエ星系戦 4

「各艦に伝達。戦術システムの割り当てに従いミサイル攻撃開始せよ」

 連邦宇宙軍軽巡航艦エルゴン艦長コタラーワラ大佐はようやく訪れた対艦ミサイル攻撃開始のタイミングに半ばホッとしながら命じた。と言うのも軽巡航艦や駆逐艦は重巡航艦や戦艦に比べれば艦内容積がどうしても小さく、対艦ミサイルや、迎撃用榴散弾弾頭ミサイル、プローブクラスターなどの搭載量が小さくなってしまう。搭載量の少ないそれらを有効に使用するため攻撃開始やクラスター展開のタイミングは重巡航艦や戦艦にくらべて遅めに設定される傾向がある。敵艦が刻々と接近し粒子砲の応酬、プローブの潰し合いが行われる中で対艦ミサイル攻撃開始時期が来るまで待機を続けるのはストレスだった。これまで経験した演習やシミュレーションではここまでのプレッシャーはなかった。実戦はここまでプレッシャーが違うものなのか。コタラーワラ大佐は他の艦橋要員に表情が見えないWAPを着用していることに感謝した。

 さらに距離が狭まる。双方の距離はもう350万キロを切っている。プローブが弾着観測を行い、戦術システムが発射諸元を修正する。ここまで来ると観測精度はかなり向上している。プローブが捉えた目標を戦術システムが割り振る。各戦隊、各隊の旗艦の戦術システムが各艦の発砲タイミングを調整し、火器管制システムが最適と判断したタイミングで粒子砲が放たれる。この距離でも粒子砲の弾着までは10秒以上かかる。

 正面からの殴り合い。相手の艦隊を航過するまでこの状態が続く。この段階まで来ると人間が戦闘に介入できることは殆どない。連邦の艦も連合の艦も設計思想の違いでデザインは異なるが、技術的な制約の中、どの艦も対進戦で少しでも被弾の可能性を下げるために対敵投影面積を最小にしつつ、正面に最大の火力を投射するというコンセプトでデザインされている。

 しかし、いくら対敵投影面積を小さくしても、無傷で戦闘を終えられるなどと思う方がおかしい。敵艦隊との距離が狭まるにつれ、射撃、弾着観測、諸元修正のサイクルが早く、正確になっていく。


 重巡航艦カシハラのダメージコントロールルームが揺れる。同時にダメージコントロールシステムに被弾箇所が表示される。艦首部上舷第2区画に被弾。敵艦との距離はすでに過去のシミュレーションや演習で被弾するのが当たり前と言われた距離を割り込んでいる。本艦だけでなく双方の艦隊で被弾する艦が続出しているはずだ。だが被弾することを前提に建造されている戦闘艦はしぶとい。艦首から各砲列最前部砲塔区画までの前部区画は基本的にクラッシャブルゾーンだ。クラッシャブルゾーンに被弾しても戦闘行動におおきな影響は出ない。

 頭ではそんなことは判っている。だが、根源的な生存本能に近い動物的な精神がここから逃げ出せとささやく。それを理性で抑え込んでイヌイ大尉はメンテナンスボットにダメージコントロールの指示を出す。

 イヌイ大尉を含めて、犯罪組織の艦船との小競り合いを経験した一部の者を除けば連邦宇宙軍の誰も実戦経験などない。もちろん、訓練、演習、シミュレーションは繰り返され、ある程度の耐性はできている。だが、初めての実戦でパニックに陥る者が出るであろう事は内戦時代の記録からも確実視されており、WAPは将兵の身体的な変化を捉えてパニックを抑制するための薬剤を投与するようになっている。だが、それでもパニックに陥るものが出た場合、その兵員はシステムから切り離され、WAPが強制フリーズモードになる。

 パニックの兆候が出ていないか、自分のそして部下のフィジカルコンディションを確認しながらイヌイ大尉は、自分に言い聞かせる。

「大丈夫、被弾箇所は全て前部だ」

 艦前部がクラッシャブルゾーンとして設計されているとは言え、ただ装甲と緩衝材だけで構成されているわけではない。艦内容積の有効活用という点からプローブと対艦ミサイル、榴散弾弾頭ミサイルの弾庫が設けられている。戦闘ではこの前部区画の弾庫のものが優先的に使用され、粒子砲の撃ち合いになる前には被弾時の二次被害回避の意味からも弾庫を空にするのが普通だった。

 粒子砲の応酬が続く、遂にはクラッシャブルゾーンだけでなく重要防御区画(バイタルパート)に被弾し、装甲を貫徹される艦が出る。砲塔に被弾し火力が低下する艦、行動不能になる艦、爆散する艦、加速できず隊列から脱落する艦、制御できず僚艦に突っかかってしまう艦、それを回避するため軌道を変更して隊列から飛び出してしまう艦。双方の艦隊の隊列に穴が開く。


 駆逐艦フーチョンの戦術システムに襲撃隊旗艦ケベニーからの命令が表示され、同時に伝統的にTBS(Talk Between Ships)と呼ばれる短距離通信システムが音声で旗艦ケベニーからの命令を伝えた。

「ケベニーより各艦に伝達、90秒後に7G加速を開始せよ」

 WAPを着用しシートに固定され、耐G姿勢を取っている駆逐艦フーチョン艦長サルミャーエ中佐が身構える。彼女が改めて命令を出すまでもなくフーチョンの戦術システムが艦内に注意喚起の音声アナウンスを流す。

「注意! 注意! 80秒後に7G加速。80秒後に7G加速。襲撃行動に移る」

 連邦宇宙軍の襲撃隊とは大昔の海軍で言えば水雷戦隊にあたるものだ。複数の軽巡航艦と複数の駆逐艦で構成され、その任務は対進戦で双方の艦隊がすれ違う直前に高加速で敵艦隊に突入し至近距離からの対艦ミサイル攻撃を行い、敵戦力の弱化を図ることだった。

 WAPを着用し耐G姿勢を取っていても継続的な7G加速はキツい。WAPには高G下での行動をサポートするために補力機構が組み込まれているが、それでも指先を動かすのも大変だった。

 襲撃隊の接近を検知した敵艦隊から防御砲火が浴びせられる。本隊に先駆けて敵艦隊に7G加速で接近した襲撃隊からも粒子砲と対艦ミサイルが応射される。直掩のアリゲーター艦載戦闘艇、リンカーン級軽巡航艦、D級駆逐艦がこれを迎撃する。

 襲撃隊を率いていた軽巡航艦ケベニーとその僚艦タンブユコンはすでに撃破され、トルス・マディとタハンがその任を引き継いでいた。だが、その2艦もすでに大破していると言って良いほどの損傷だった。

 駆逐艦フーチョンも満身創痍だ。対艦ミサイルランチャーも粒子砲塔もズタズタで稼働している火器は近接防御システムだけだ。

「操艦、敵艦隊から離脱する。上げ舵30度、取り舵15度」

「アイ・アイ・サー」

 加速はまだ7Gでている。奇跡的に推進器に損傷は受けていないのが救いだった。損傷が大きいため、敵の戦術システムの中でフーチョンの脅威度が下がったのだろう。このまま見逃してくれるなら何とか離脱できそうだ。

 演習もシミュレーションもここまでじゃなかった。こんな手酷い迎撃を受けて、襲撃ユニットが壊滅状態になるとは誰も思っていなかった。

 もちろん、こちらもやられっぱなしだったわけではない。至近距離から放たれた対艦ミサイルは相応の戦果を挙げている。襲撃ユニットは任務を果たしたと言って良いだろう。もっともその戦果が損害に見合うものかどうかについては議論の余地がありそうだが。

「生還できたら、絶対に報告書を上げる。こんな戦術は戦力の浪費だ」

 サルミャーエ中佐はそう自分に言い聞かせ、生還への努力を続けた。


 双方の艦隊が互いの艦隊を航過する。粒子砲塔が目標の角速度についていこうとして急旋回し、加速粒子を放つ。ランチャーから射出された対艦ミサイルがブースターに点火する間もなく徹甲反応弾頭を分離させる。近接防御システムがレーザーとレールガンの炭素弾芯徹甲弾をばら撒く。正面から対艦ミサイルの分離弾頭の網の中に突っ込んだ戦艦が火だるまになりながらも突き進む。戦艦の主砲の直撃を受けた軽巡航艦が爆散する。

「艦隊、加速停止」

 連合の艦隊の艦列を航過した第11艦隊が加速を停止。加速を続け、急速に離れていく連合の艦隊に可能な限りの追射を行う。やがて対艦ミサイルが敵艦に追い付けなくなり、粒子砲もプローブによる弾着観測ができなくなり、沈黙した。


 2000隻を数えた第11艦隊は小型艦を中心に15パーセントの艦を失った。残った艦の25パーセントはドック入りしての修理が必要な損傷を受けていた。艦隊運動について来れず脱落したが自力で帰投した艦はこれには含まれていない。

 密集隊形をとったことで局所的な数的優位を形成し圧倒したこと、第11艦隊から離れた位置にいた連合の艦隊の一部が半ば遊兵と化したことで標準的な対進戦のシミュレーション結果より良好な結果を得られたものと考えられた。

 コロニー群の制圧に向かった連合の艦隊を警戒しつつ第11艦隊は艦載戦闘艇と転移機構に損傷を受け、撤退できない艦からの退艦者を収容。事前に設定したポイントで補助艦艇と合流。クルマルク星系に帰投した。


 一方、連合の艦隊は逆に局所的な数的劣勢に陥ったため25パーセント近い艦を失い、多数の艦が大小の損傷していた。しかし、星系の制圧という目標は達成できるだろう。攻勢継続のためには損傷艦を修復し、戦列に復帰させる必要がある。損傷艦の修復のためには早期にコロニー群を制圧し、工場コロニーを稼働させる必要があった。だが、損傷の修復には時間がかかる。後方から第2梯団として追及中の艦隊を合流させた方が早いかもしれなかった。

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2024年12月20日 18:00
2024年12月20日 18:00
2024年12月20日 18:00

連邦宇宙軍 汎人類戦争開戦 小田 慎也 @s_oda

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