第24話 奪還作戦

 半日後。

 アルハジルの表通りにあるホテルの一室にて。


「…………」


 レイは極めて不機嫌そうに頬を膨らませた。

 大きなベッドの上で胡坐をかいてピリピリとしている。

 それも仕方がない。

 大切な愛剣が窃盗されたのだから。


「……レイさま」


 サヤが心配そうに眉根を寄せた。

 ちなみにこの部屋にはレイ以外、サヤとシャロン。アロの姿があった。バチモフも心配そうにレイを見つめてベッドの上に前脚を乗せていた。

 サヤとシャロンは困った様子で椅子に座り、アロは静かに壁際で腕を組んでいる。

 ただ、ティアの姿だけがなかった。


「レイ。元気出せ」


 シャロンがそう言うが、レイは無言だった。

 基本的に陽気なレイがここまで不機嫌になるのも珍しかった。


「……レイ」


 アロもレイに目をやって声を掛ける。


「私は武器を持たないから、今のお前の気持ちが分かるとは言わないが、不機嫌になっても仕方がないだろ」


 一拍おいて、


「とりあえず今はティアの帰りを待とう」


「……分かってるよ」


 アロにそう言われて、ようやくレイは口を開いた。

 ティアは今、冒険者ギルドにいた。

 ギルド長に直接交渉して、今回の一件の情報収集に当たっているのだ。

 多い人数では迷惑だろうと考え、代表してティアが出向いているのである。


「………」


 レイは再び無言になった。

 気まずい雰囲気のまま三十分が経った。

 そうして、

 ――コンコン、と。

 ドアがノックされた。全員がドアに視線を向ける。

 ドアの向こうからは『私』というティアの声が聞こえた。

 バチモフが顔を上げて『ばうっ!』と吠えた。

 同時にバチモフはドアに向かって走り出した。シャロンも立ち上がった。


「お帰り! ティア!」


 シャロンがドアを開ける。

 そこには、千年樹の杖を持つティアが立っていた。

 ティアは「ただいま」と返して部屋に入り、大きな三角帽子を脱いだ。


「どうだったの! ティア!」


 レイはベッドから跳ねるように降りてティアに駆け寄った。

 ティアを見つめるその眼差しには不安と期待が入り混じっている。


「……ダメだった」


 それに対し、ティアは嘆息してそう告げた。


「ギルドの調査だと盗品ルートにはまだ流れていないみたい。高価な宝具なら足がつく前にすぐに流れるそうなんだけど……」


 そこでティアは眉をしかめた。


「近々、裏オークションってのがあるらしいの。多分そこに出品されるんじゃないかっていうのがギルド長の意見だった」


「……オークションか」


 壁際に立つアロが少し険悪な表情を見せた。

 微かに息を零し、


「それはどうにも不快な言葉だな」


 そう呟いた。

 かつてアロの弟はオークションにかけられたことがあった。

 アロにとっては極めて不快な記憶である。


「――ティア!」


 一方、レイはティアの肩を両手で掴んだ。


「それでそのオークションはどこでやるの! ボク、乗り込んで奪還してくるよ!」


 ブンブンとティアの首を前後に振ってそう告げるレイに、


「お、落ち着いて、レイ」


 ティアはレイの両手を取ってそう告げた。


「レイ。レイ」


 シャロンもレイの片腕を掴んだ。


「ティアが喋れないぞ。落ち着け」


 と、シャロンにまでそう言われる。

 レイは「ぐむむ」と唸りながらもティアの肩から手を離した。

 ティアは一息つきつつ、「場所は分からない」と告げた。


「そ、そんな……」


 レイが目を見開いた。ティアは言葉を続ける。


「このアルハジルには裏街という場所があるらしいの」


 そう切り出して、ティアはこのアルハジルという街について説明する。

 そして裏街にて月一で開催される裏オークションについてもだ。


「そこでは盗品。人間まで出品されているそうなの」


 少し強く杖を握って、ティアが告げる。


「……奴隷売買ですか」


 ずっと静かに話を聞いていたサヤが強く唇を噛んだ。


「東方大陸では奴隷制度はほとんどなくなったと聞いていたのですが……」


「もちろん、この街でも禁止されている」


 ティアは補足する。


「だから裏街で行われているの」


「……ますますもって不快な話だな」アロがギリと牙を軋ませる。「レイの剣の奪還を除いても潰しておきたいな」


「――おう!」


 ブンブンと腕を回してシャロンも同意する。


「わっちも攫われたことがあるからな! 悪い奴は許しちゃダメだ!」


「それには私も同意するけど……」


 やる気満々のアロたちに、ティアはかぶりを振った。


「そう簡単にはいかない。裏街そのものはこの街の問題だから」


 一拍おいて、


「ともかく今は裏オークションの方が重要。十中八九、そこに盗まれたレイの剣が出品されるはずだから」


「そうだよ! ボクの聖剣!」


 レイが再びティアの肩を掴んだ。


「全然情報とかないの! 場所とか! 時間とか!」


「……それは冒険者ギルドも頭を悩ませているそうなの」


 ティアは小さく嘆息した。


「毎回、場所も時間も変えているそうなの。ギルド長の話では幾つもの場所を用意して直前に開催場所を決めているんじゃないかって」


「それは厳しいですね……」


 サヤが眉根を寄せて、あごに指先を当てた。


「この広大な大都市で幾つも候補場所があっては対処できません」


「いや。それでも例えば怪しいと思う人物の後をつけるなど出来ないのか?」


 アロがそう尋ねると、ティアは首を横に振った。


「月一というのも曖昧だから。期間が分からずずっと張り付いているのは厳しい。仮に尾行で開催場所が分かっても制圧するだけの戦力をその場に集めるのは無理」


「……そうか」


 アロは腕を組んだまま呻いた。


「じゃ、じゃあ諦めるの!」


 レイが少し泣きそうな顔で叫んだ。


「ティアだって知ってるでしょう! あの剣は特別なんだよ!」


「……それは分かってる」


 ティアは双眸を細めて言う。


「あの剣は市場に流していい武器じゃない。それにあの剣をレイに託してくれた『王国』の人たちに申し訳ない」


「……うぐ」


 レイは言葉を詰まらせた。

 あの剣は本当に特別なモノなのだ。


「……光覇剣・ジオラインイクスズ」


 ティアは告げる。


「あの剣を託された悠久の風シルフォルニアの誇りに賭けて必ず取り戻す」


「……ティア」


 レイは不安そうな眼差しを向けた。


「そんな顔をしないで。レイ」


 それに対し、ティアは優しく微笑んでレイの頬に片手を当てた。


「裏オークションの場所を特定する方法ならあるから」


「――ホ、ホント!」


 レイが瞳を輝かせた。

 アロたちもティアに注目する。

 ティアは「……うん」と首肯した。

 そして、


「方法はある」


 ティアは自身の胸元に片手を当てた。


「そう。あの剣に見合う代価を払う覚悟があるのなら」


 まるで妖精の予言のように。

 ティアはそう告げるのであった。

 そうして――……。



       ◆



 同刻。

 日も落ちた時間帯。

 暗い路地裏にて、その男は渋面を浮かべていた。

 ジャラの側近である男だ。


「さて」


 男はニヤリと笑う。


「人手は集まったようっすね」


 ジャラの傍らでは平凡な戦士のような装いの男だったが、今は闇夜に溶け込むような全身真っ黒な服を纏っていた。腰に差しているのも剣ではなく、柄も鞘も真っ黒なナイフである。今からの仕事に合わせて変えたのだ。


 男は周りを見やる。

 そこには十数人の集団がいた。全員が黒装束である。

 男の直属の部下たちである。


「ターゲットは女っす」


 男は部下たちに告げる。


「言うまでもねえっすけど、商品っすかね」


 そこで双眸を鋭くして、


「……分かってるな? 犯すな。殺すな。傷つけるなよ」


 男はそう命じた。

 普段の軽い口調から侮られることもあるが、男はこれでもジャラファミリーの幹部の一人だ。当然、甘くはない。それは部下たちもよく理解していた。

 全員が無言で頷いた。


「うっす。それでいいっす」


 男はニカっと笑った。


「場所は表通りのホテルっす。すでに従業員には手を回してるっす。回収は深夜。周囲に人気がないことを確認してから動くっすよ」


 部下たちは再び無言で首肯した。

 それを見やり、男はニヤリと笑って告げる。


「そんじゃあ、少し休んでからお宝GETと行くっすか」


 ――と。



 アルハジルの裏オークション。

 その開催日は着実に近づいていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月11日 00:03

【書籍化準備中】エレメント=エンゲージ ―精霊王の寵姫たち― 雨宮ソウスケ @amami789

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ