第23話 ドブネズミの矜持
(――おいおい)
奪った大剣を肩に担ぎ、ロウは走る。
場所は狭く複雑な路地だ。
何度も角を曲がる。時には屋内も通り抜ける。
地理を熟知した疾走だ。
ここまで来れば誰も追いつくことなど出来ない。
そのはずだった。
(くそったれが)
逃走するロウの表情はずっと険しかった。
額には大量の汗もかいている。明らかに疲弊していた。
それは走っているせいだけではなかった。
――上手くいった。
五分前、この大剣を奪取した時、ロウはそう思っていた。
成功を確信していた。
このまま人混みに紛れ、路地裏へと姿を消せば終わりだ。
そう考えていた。
だがしかし、現実はやはり甘くないようだ。
そもそも現実がロウに優しかったためしがない。
(これがS級かよ。怪物女が)
人混みで撒いたと思った。
だが、あの怪物女は突然、真上へ跳躍したのだ。
それも周囲の店舗の屋根も越えるような高さでだ。
そして遥か頭上から、大剣を持つロウを見つけたのである。
「そこの奴! 待てっ!」
怪物女はそう叫んで、信じ難いことに空中からさらに跳躍してきた。
ロウは真っ青になって逃走した。
人混みを掻き分けて路地に飛び込んだ。
――ダンッ!
同時に背後で激しい響く。
怪物女が路地の入口前で着地した音だ。
(――くそ)
ロウは焦る。
すぐに路地を曲がった。
直線上にいてはまずい。一瞬で追いつかれると直感が告げていた。
まさにネズミのごとく逃走する。
対する怪物女は猫――いや、女獅子か。
直線の路地なら数歩で距離を詰めてくる。恐らく氣か神聖魔法で身体強化しているのだと思うが、人間には見えない追跡だった。
路地を曲がる時など壁を蹴って方向転換しているぐらいだ。
せめて走ってくれと心の中でツッコんでしまう。
(夢に見るぞこいつは!)
兎にも角にも、地の利を生かして必死に逃げるロウ。
死角の多い複雑な路地のおかげで今はどうにか距離を稼いでいられるが、このままでは追いつかれるのも時間の問題だった。
ロウは舌打ちしつつ、周囲に目をやった。
ここはそろそろ裏街だ。治安も徐々に悪くなる。
路地にはゴロツキの姿もあった。若い男が数人で呑気に屯っている。
「おい! いい女がいるぞ!」
横を通りすぎる際にゴロツキどもに声を掛ける。
ここらにいる若造なんぞ獣と同じだ。
女が迷い込めば、理性も考えもなく群がる獣どもだ。
「――あ?」「なんだ?」
男たちは遅れて反応した。
すでにロウの姿はそこにはいない。
男たちの目にはロウを追う女の姿だけ映った。
「―――お」「おいおい。待てよ姉ちゃん」
ほとんど本能だけで女の前に立ち塞がる男たちだったが、
「――邪魔だよ!」
ただの障害物として怪物女に吹き飛ばされる。
拳や蹴りを繰り出すまでもなく、突進の勢いだけで弾かれていた。
「ほげ!」「ふぎゃ!」「ぐへッ!」
間抜けな声を上げて男たちは路地の壁に叩きつけられた。
(やっぱこうなるか)
後方から聞こえる衝撃音と悲鳴だけで、ロウは結果を察した。
役立たずどもがと言いたいところだが、足止めは流石に期待しすぎだろう。
だが、あの怪物女も無関係の男どもを殺す気まではなかったようだ。
触れる前に、わずかに減速して吹き飛ばしたらしい。
その結果、少しだけ引き離せた。
(これは使えるな)
ロウは加速しつつ、次の障害物を探した。
運の悪いゴロツキたちが障害物として犠牲になっていく。それもわずかな時間稼ぎに過ぎないのだが、おかげでロウは目的の場所まで辿り着けた。
(――よし)
路地を曲がった先のそこは行き止まりだった。
ただ、立ち塞がる建屋の屋根の上からロープが吊るされている。
ロウはそれを掴み、壁を駆け上がった。
そうして屋根の上に移動する。怪物女が路地に到着したのは同時だった。
ロウは屋根の上を駆け出した。
「逃がさない!」
怪物女が跳躍した。
ロウがロープを使って登った高さが一瞬だ。屋根よりも高い跳躍だった。
だが、それこそがロウの狙いだった。
「―――な」
空中で怪物女が目を見張る。
屋根の上で、ロウが仰向けに寝ていたのだ。
大剣は隣に置き、両手を砲台のようにかざしている。
その掌には光球が輝いていた。
――
「喰らいやがれ!」
ロウは
高速で撃ち出されるが、
そもそも怪物女は当然のように片腕で
――だが。
(かかったな!)
ロウは不敵に笑う。
――カッ!
怪物女が
元より攻撃のためではない。
目晦ましとして撃ち出したのである。
だが、所詮は目晦まし。光が消えればあの怪物女はすぐに復活する。
ロウは瞳を閉じたまま移動する。ここの地形は体に憶えさせていた。ロウは大剣を手に真っ直ぐ『逃走経路』へと身を投げ出した。
ややあって光が消える。
そして、
「――ああ!」
ロウの耳に怪物女の声が聞こえる。
「くそ! どこに逃げたんだ!」
ロウは黙ってその声に耳を傾けていた。
かなりご立腹のようだ。窃盗犯を見失ったのだから当然だろう。
声は徐々に遠ざかっていく。
どうやら怪物女が別の場所へとロウを探しに行ったようだ。
「………ふぅ」
ロウは小さく息を吐いた。
この場所は建屋同士の狭い路地。さらにマンホールを通った先の下水道だった。
下水が流れて悪臭漂う場所。
ロウにとっては、まさにホームグラウンドである『ドブ』だった。
開いたままのマンホールからは空が見える。
そこには太陽が輝いていた。
忌々しいほどに眩しく輝く太陽だ。
顔を上げたロウは太陽に手をかざした。
そして、それを強く掴み取り、
「……はは」
ドブネズミはニヤリと笑う。
その腕には大剣が抱きかかえられている。
あの怪物女から見事掠め取ってやったのだ。
「ざまァみさらせ」
腐敗した地の底から、ロウは高らかにこう告げた。
「俺の勝ちだ。このくそったれ太陽が――」
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読者のみなさま。いつもお世話になっております。雨宮ソウスケです。
今年最後の更新となりますので、ご挨拶させていただきたいと思います。
今年、幸運なことに本作が受賞し、書籍化の機会をいただけました。
書籍化作業に関しましては、具体的な内容はまだお話できませんが、着実に進捗しております。引き続き精一杯頑張りますので、本作を来年もよろしくお願いします。m(__)m
最後に少しでも面白いな、続きを読んでみたいなと思って下さった方々!
感想やブクマ、『♥』や『★』で応援していただけると、とても嬉しいです!
大いに執筆の励みになります!
感想はほとんど返信が出来ていなくて申し訳ありませんが、ちゃんと読ませて頂き、創作の参考と励みになっております!
今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからも何卒よろしくお願いいたします!m(__)m
それでは皆さま、よいお年を!
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