世界を生み出す能力

秋嶋七月

その世界では、誰もがひとつの能力を持っていました。

 人間は必ず、「何か」を産み出す能力を持っています。

 一人ひとつの「何か」。

 その能力は5才、10才、15才……と、5つ刻みの年齢で発現するものです。

 5才の時に能力に目覚めた人は「砂」「砂糖」「塩」「砂鉄」など、ひとつがとても小さなものです。

 10才の時に能力に目覚めた人が産み出すのは「石」や「種」、「木の実」といった指先くらいまでの大きさのもの。

 15才の能力に目覚めた人は握った手……拳大から手のひらを広げたくらいの大きさの野菜や果物、鉱石の塊やネズミやリスといった小動物を産み出すことができました。

 百年ほど前までは産み出す能力がない「無産者」という人々がいるとされていましたが、化学の発達によりその人々は5才で「酸素」や「微生物」という目に見えない小さなものを産み出していたことがわかっています。

 彼らのおかげで世界の大気は人間が住みやすいように安定していたと学会で証明されました。

 能力が発現する年齢によって変わるのは、産み出される「何か」の大きさで、産出量はまた個人の産出力によって違ってきます。

 とはいえ、小さいものほど大量に、大きなものほど少なくなる傾向にあるようです。

 また産み出されるものは自然物であり、人工物や加工物が産み出されることはないため、人は自分達が産み出すものを利用し、加工して暮らしています。

 数十年前、国際連合期間ができた折に、人口統計と共に、産み出す能力の統計と分析が行われたことがありました。

 その調査の結果から、人種・地域に関係なく、おおよそ5割の人々が5才で能力の発現を迎え、10才と15才でそれぞれ2割の人々が能力を発現させています。

 15才を成人とする国が多かったのはそのためだろうと言われています。

 残りの1割の人々ですが、そのうちの8割、つまり全対比の0.8割は20才で能力を発現させています。

 産み出すものの大きさは15才までのグループに比べて格差があります。

 大岩や世界最大級の水晶、植物ならスイカやメロンから約2mほどの樹木まで、動物だと猫や犬から牛、馬、虎、狼からゴリラまで。

 大体20cmから2mの大きさなのではないかと推察されています。

 25才以上での発現記録は数が少なく、明確な傾向は判明していません。

 ただ、25才の発現で象を産み出した記録や、35才で20m近い杉の木を産み出した記録があったことから、発現年齢が高いほど大きなものを産み出すことは確実だろうと言われています。

 ただ、あまりにも大きなものが産み出される場合、周囲への被害も予測されることから、高年齢の未発現者は5年毎の発現機会の際、隔離される事が望ましいと言われています。

 十三年前、55才で能力を発現したアメリカ在住の男性の産み出すものは「台風(ハリケーン)」でした。

 半径500キロメートルの「台風」の突然の発生は周辺に大きな被害をもたらし、その事件以降、25才以降での能力発現は届出の上、専用施設、もしくは特定地域にて発現確認を行うことが義務付けられています。

 現在確認されている能力未発現者の最高齢は94才。今年、発現機会を迎えるとのことで世界中から注目が集まっています。



 そんな内容の教育番組が放映された数日後。

 わたしの曽祖父は95才の誕生日を迎えることになった。

 用意されたのはある砂漠のど真ん中にある10キロメートル四方をコンクリートの壁で囲まれた施設だ。

 75才の誕生日から、5年毎に曽祖父はここに来ている。

 85才から足腰がすっかり弱った曽祖父には付き添いが必要で、今回はひ孫である私がやってくることになった。

 年齢が上がる毎に、一体何が産み出されるのか世間はもちろん、我々親族一同も戦々恐々としていて、万が一自分が付き添いの時に能力が発現したら……それがとんでもないもので、巻き込まれる事になったら……と押し付け合っているのが現状だ。

 55才で台風だ。

 確か現時点での能力発現最高齢が75才で、全長150kmの海藻、ポシドニア・オーストラリスを産み出したという。

 隔離施設が一瞬で海藻で埋め尽くされてしまったそうだが、自然界には4500年前から成長し続けているポシドニア・オーストラリスがあるという。

 いや、30kmの差が救いにはならないと思うけれど。

 人的被害についての記録は確認できなかったので、産み出した本人や立ち会いの人たちが150kmの海藻に押しつぶされて無事だったのだろうか。

 そしてそれ以上に大きなものが産み出されることが決定している曽祖父は、95才の誕生日を迎えるその瞬間を100㎢の隔離施設の中心で、一人で迎えることになっている。

 正直、何度か甚大な被害を出す前に曽祖父が亡くなればいいのでは……という話まで出ていたが、どうやら能力が未発現の状態では病死、自然死はしないのではないか、と疑われている。

 曽祖父は何度か病気をしたが、医者が首を傾げるような回復を見せてきた。

 そうなると外的要因の死を、ということになり……倫理的な面から見送られてきたのだ。

 どうか今回も能力が発現しませんように、もしくは無害なものが産み出されますようにと心から祈りながら、曽祖父がだだっ広い空間の中心にぽつんと一人座っている様子を国の役人や研究者とともに固唾を飲んで見守っていた。


 ピッ、ピッ、ピ……、カチッ。


 セットされた時計がその瞬間を示したと同時、曽祖父の体がほのかに発光しはじめた。

 能力の発現だ!

 とうとう、この時が来たのだ。

 曽祖父は何を産み出すのかと息を飲んだ瞬間、私の意識は落ちた。



 その日、一つの惑星から、もう一つの惑星が産み出された。

 それは地表から生じながらも、奇跡的な軌道で大気圏外に噴出し、やがて最初の惑星と同じ公転軌道に乗って、恒星を挟み真反対の位置で存在することになる。

 最初の惑星が、惑星が産み出された時に生じた災害から立ち直り、文明を立て直して双子星とでもいうべき惑星を確認することができたのは、百数十年の年月を要することとなった。

 惑星を産み出した者の名前が世界に伝わることはなかった。

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