神殺しのロンギヌス~恋する天使は金色の悪魔~

七四六明

恋する天使は金色の悪魔

 そっと、そぉっと部屋に入る。

 昨日も徹夜していたのだろう。

 知っている。自分には早く寝なさいと言う癖して、大変な事は全部やってしまう事は。

 悪鬼か悪魔か、敵は誰だか知らないけれど、とにかく多くの敵を片付けて、こっそり帰って来て今寝たところなのだろう。

 ほら、顔に吹き損ねた返り血が微かに残ってる。

「お帰りなさい。あ、な、た?」

「……バレてる?」

 耳元で囁いてやると、照れ恥ずかしそうに背けていた顔を返して来た。

 自分が笑うとまた照れて、わざとらしく頬を膨らませて見せた。

 思わず、可愛く見えて笑ってしまう。

「ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ、た、し?」

「……じゃあ、ユキナとお風呂入ってご飯食べる!」

「ヤぁダぁ、下ろしなさいよミーリぃ!」

 抱き上げられたユキナはミーリを抱き締め、ミーリは更にユキナを抱き締め、感情を爆発させんばかりに回る、回る。回る、回る。

 さながら二人だけの世界を彩る輪舞曲ロンド。二人だけの舞踏会。

 進んだ時間は戻させまいと、回り回った二人はそのままベッドに倒れ込み、息切れするミーリに馬乗りになったユキナの唇が、彼の額に吸い付いた。

 退かすには軽過ぎる小さな体。

 しかし退かさぬのは愛しいからだ。

 細く柔い肢体を無茶苦茶にしたい。そんな欲望に駆られそうになる自分を制するのがどれだけ大変か、彼女だけが知らない。

 あぁ、愛おしい。愛おしいとは、きっとこういう感覚なのだろうとしか表現出来ない。

 きっとこの世には愛おしいという感覚を共有する事は出来ても、愛おしいという感覚を正確に言い表す語彙、単語、表現方法は存在しないのだろう。

「どうしたの?」

「うん? いぃや。俺の許嫁が可愛過ぎると思ってただけ」

「……! もう、ミーリったら! お風呂でしょ!? 入るわよ!」

 温かい湯。温かい熱気。そして、温かい肌。

 小さく柔い体。抱き締めれば抱き締めるほど温もりを返してくれる小さな体を抱き締め、頭の上に顎を乗せる。

 ユキナもミーリの胸に寄り掛かり、体に残った大量の傷の一つを指先でなぞる。

「また……傷増えてる」

「気のせいだよ」

「本当? 無理してない?」

「無理なんかしてないよ。でもまぁ……ユキナのためなら、俺はどんな無理でもするけどね」

 優しく、強く抱き締める。

 だけどユキナは、もっと抱き締めてとミーリの腕を更に引っ張った。それこそ、傷跡として残るくらいに。青痣でもいい。消えない傷跡として、彼の愛を体に刻みたい。

「ミーリ、ズルい……」

「うん? 何が?」

「とにかく、ズルいわ……」

「ズルくて結構! 君を守るためなら、何でもするし、何でも出来るよ、俺は!」

「み、ミーリ!」

「ご、ごめん。痛かった……?」

「ち、違うの! そ、そうじゃなくて……あ、あ、あ……た、って、る……」

「ん? ん、あ……」

 顔を真っ赤にして、視線を真下に落とす。

 見ると彼女と自分の間で元気になっている部分があって、ずっと彼女を抱き締めていた手でそっと、ゆっくりと彼女を離した。

 恥ずかしそうに一度頭まで潜り、鼻頭まで上がって来る。

「ぼべん……」

「い、いいの……いいのよ……ただ……や、優しく、してね?」

 理性崩壊、及び蒸発。

 山奥にポツンと立つ一軒家だったから助かったが、周囲に人家があれば人々はそそくさと通り過ぎただろう喘ぎ声が、朝から昼まで度々聞こえてきたのだった。

「ごめん、ユキナ。手加減出来なかった……」

 シーツに包まりながらびくびくと体を痙攣させるユキナは、許さないと訴える眼差しをミーリに向ける。

 が、色欲の齎した悦と楽とに体が震え、何度も真っ白になった頭で行為の最中を何度か思い返しては、恥ずかしくなってまたシーツの中に包まった。

 が、それだけヤればと同時に思う。

 敵と呼べる相手はなく、平穏と幸せの中を生きる二人だったが、一つだけ叶わない願いがあった。

「原因は不明です。ですが、二人の魂の圧……霊力の圧とでも呼ぶべきものに、精子と卵子が本来持つ機能が圧し潰されてしまっているような状況です。とても言いづらいですが、子供は非常に出来にくいと思います。もしかしたら、一生出来ない可能性もあると、御覚悟下さい」

 医者はそう言っていた。

 何度行為をしても、二人の間には子供が出来なかった。

 どちらかの体に異常があるのかと思って検査したが、常人に見られる異常はない。

 奇しくも神と戦う術を得て、自分達の体を作り変えるような形で人間よりもずっと高位の存在に至ってしまったが故の、運命さが

 どれだけ願っても、強請っても、抗おうとしても、授かる事の出来ない授かり物。

 公園。デパート。水族館。

 いろんな場所にデートして、いつも出会ってしまう。

 何で自分のところには来ないのだろう。どうして自分じゃダメなのだろう。どうして自分には――自分は、彼に相応しくないんじゃないのか。そんな事を考えた事もあった。

 大家族特集のTVが嫌いだった時期もあったし、今だって苦手だ。

 でも彼は、そんな自分でも良いと言ってくれる。そんな自分が良いと言ってくれる。

 いつしか授かるかもしれないし、授かれなくても、二人きりで過ごすのもいいし、何処からか不遇な環境にいる子を引き取ってもいい、と。

「ユキナだけが抱えて、苦しんで、悲しむ必要はないんだ。俺達は、あの戦いを乗り越えた。だからいつか、乗り越えられるよ。そう、信じよう」

「うん……」

 神々との大戦さえ乗り越えた二人でさえ、乗り越えきれない運命がある。

 だがそれは、全知全能の神々ではなく、彼らがまだ欠如した部分を持つ人間である事の証明とも言えた。

 女神は、彼らに神になって欲しかった訳ではない。ただ、幸せになって欲しかった。

 出来る事なら、この運命さえ乗り越えて欲しい。そのためにも、そのためにも――女神は、夢から醒める。

「あぁミーリ! 来てくれたのね?! そうよ私を狙って! 私を殺して! 私を愛してくれる限り、私もあなたを愛し続ける! だから一生、私はあなたを愛してます、ミーリぃ……」

 彼女の皮を被り、戦いに臨む。

 全ては二人の幸せのために。

 神々の戯れによって歪まされた、二人の親愛を成就させるために。

 黄金に彩られた夢を、実現させるために。

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