父さんの作ったチャーハンの味

間川 レイ

第1話

 1.

 仕事終わりに寄ったスーパー。特売で安くなっている粗挽きウインナー2袋298円を見つけ、私は決めた。そうだ、今晩は久々にチャーハンにしよう。晩酌のおつまみを探すも見つからず、手を伸ばしかけていたお酒の棚からも、今日はやめておこうと手を引っ込めウインナーだけを抱えレジに並ぶ。表示されている328円の文字に思っているより高いなと思いながら帰路に就く。ただいまぁと返事をする者のないリビングと廊下しかない室内に呼びかけパンプスを脱ぎ散らかす。冷蔵庫からキンキンに冷えた水のボトルを取り出し一気飲み。ストックしてある卵が残っていることを確認する。冷凍庫にはミックスベジタブル。よし、と頷く。今日はチャーハンの日だ。


 2.

 チャーハンの日。それは、私が実家暮らしの時にもあった。大体が日曜日で、チャーハンが出てくるのは昼食の時だった。その時だけ、父さんはキッチンに立った。日曜日の昼だけ。なぜ日曜日の昼だけか。答えは簡単。元々は、あまりに父さんが家事をしないものだから、怒った母さんがせめて一週間に一食ぐらいは作ってよといったのが始まりだったから。父さんがキッチンに立つとき、出てくるのは決まってチャーハンだった。なんでも、中学校のころから家族のために料理を作っていて、その時からの得意料理がチャーハンなんだとか。そんな話をチャーハンづくりを手伝わせながら毎度のように語った。私は、中学校のころからだなんてすごいね、なんて口先では合わせながらいつも思っていた。そんなに料理が得意で家事に慣れているなら、もっと母さんを手伝ってあげればいいのに、と。そうすれば母さんも今ほどはイライラしなくなるだろうし、私や妹に当たることも減るだろうから。


 私の家族仲は、端的に言って悪かった。父さんは根っからの仕事人間で、いつでもどこでも仕事のためのパソコンと向き合っていた。それは家族旅行先でもそうだったし、家の中でもそう。そして、何よりも仕事を優先した。朝早くに仕事に行って、夜遅くに仕事から帰ってくる。休日ですら仕事場に詰めていて、珍しく家にいるとしても持ち帰ってきた仕事のために書斎に詰めている。それはいいとしても、転勤の引っ越し前日、荷物詰めのラストスパートをかける母さんと私を尻目に職場の送別会に出かけたりもした。こういう顔つなぎが大事なんだ、とか言って。その時般若のごとく怒っていた母さんの姿をよく覚えている。


 一方で母さんは根っからの気分屋だった。喜怒哀楽がしっかりしている、といえば聞えはいいものの、基本的に何かに怒っている姿しか覚えていない。それはまだ小さな妹に対する育児疲れや思春期真っ只中、絶賛成績低迷中の私との衝突というのもあるだろう。それを差し引いても、基本的にいつだって何かに怒っていた。父さんの洗面台の使い方が悪い、妹が習い事をさぼろうとしている、私の成績が悪い。いつだって母さんの周りはピリピリとしていたし、誰彼構わず嫌味を言った。それこそまだ小さな妹にさえ。なんでそんなことも出来ないの。それが母さんの口癖だった。


 そして父さんと母さんの中は壊滅的に悪かった。父さんが仕事から帰ってくると大体母さんの怒声が響いた。何でそんな大事なこといまさら言うのよ。いまさらそんなこと言われても間に合わないよ。そんなことはもっと前に言ってよ。大体父さんが必要な連絡をしないのが原因だった。それでいて父さんも父さんで地味に負けん気が強いから、手を挙げることこそないものの、何かしらを言い返す。いや、言った筈だ。聞き逃したんじゃ無いのか。忘れてるだけなんじゃ無いのか。だからこそ母さんが更にヒートアップする。そんなわけないでしょ。カレンダーにも書いてないじゃない。必要なことはお願いだから事前に言ってよ。巻き込まれないよう逃げ込んだ寝室まで母さんの怒声が響いてくる、それが我が家の日常風景だった。


 母さんとの論戦でたまった父さんのフラストレーションは私へと向かう。大体母さんとの論戦が終わり書斎に戻った父さんは私を呼び出しのたまう。成績表を見たぞ。また成績が悪かったんだってな。一体どうしたらそんな低い成績をとることができる。お前は何を遊んでばかりいるんだ。もっと勉強しろ。父さんが学生時代の頃はもっと真面目に勉強したものだ。そんな趣旨のことを馬鹿とか屑とか多様な罵倒とともに大声で怒鳴りつける。時に私の髪の毛を引っ張り、あるいは私の身体を打ち据えながら。この時間違ってもよくも殴ったなと睨みつけてはいけない。そうした時は酷かった。なんだその目はと髪の毛を鷲掴みにされ何度も何度も柱に頭を叩きつけられたことをよく覚えている。


 そして私のフラストレーションはどこへと向かうかといえば可哀そうなことにまだ小さな妹へと向かう。といっても私が何か積極的にするわけではない。父さんとの話がすんだと思った妹が、気づかわしげな顔をしながらおねーちゃん、遊ぼう?とやってくるのを断るだけだ。ただ、必要以上にすげなく、そっけなく。ごめん、今は忙しいからと。普段ならいつでも手を止めて一緒に遊んであげているのに。ボール遊びとか一緒にラケットの素振りとかをして遊んでいるのに、冷たく断る。ちょっと待っててね、またあとでね、とも言うことなく。それはただの八つ当たり。妹は全く悪くないのに。私が嫌な思いをしたから、痛い思いをしたから。ただそれだけの理由で。妹は何も関係ないのに私は妹に八つ当たりする。まさか妹に助けて欲しいとでも思っているわけでもあるまいに。そして傷ついた顔をした妹は母さんに泣きつき、今度は母さんの怒声と罵声が私に降り注ぐ。八つ当たりしてんじゃねえよ、と。それが、我が家の日常風景だった。


 我が家に笑顔なんてどこにもなかった。常にだれかがイライラや怒声を振りまき、常に誰かが誰かに怯えている。雰囲気はいつだって険悪だった。家族がそろう食事時だって、いつだってピリピリとした雰囲気が張り詰めていた。お互いがお互いに敵意を向け、アラがないか探しているような毎日。万が一アラが見つかった日には大変だ。母さんはずっとネチネチと嫌味をいい、父さんは憤怒を私に向け、私は妹に八つ当たりする。妹は母さんに泣きつき、母さんのネチネチとした嫌味や罵声は私にやってくる。父さんは我関せずとばかりにそれを眺め、そんな様子が癇に障ったのか父さんにも飛び火する、そんな毎日。


 だから、父さんにとって日曜、昼の昼食を作ることは父さんなりの歩み寄りだったのかもしれない。普段家事を任せっきりにしている母さんの負担を軽くし、普段仕事ばっかりでろくに話もできない子供たちと向き合う機会として。家族団欒の機会を作ることで、今の険悪な雰囲気を少しでも和らげようと思ったのかもしれない。それは果たしてうまく行ったのだろうか。少なくとも私の覚えている限り、2度の離縁騒ぎがあったし、私は数えきれないほど殴られたし罵られた。家出未遂も起こしている。それでも完全な離縁も家出も一回もなかったのだから、一定の効果はあったのかもしれない。


 3.

 そんなことを思いながら私は輪切りにしたウインナーを軽く焦げ色がつくまで炒める。ついで、硬めに炊いたご飯を投入。溶いてあった卵とご飯を満遍なく絡めて炒めるのがコツだ。湯気がたってきたところで冷凍のミックスベジタブルを入れる。程よく火が通ったところで仕上げに醤油をフライパンに2周ぐらいいれ、全般に塩コショウをまぶしてさらに炒める。全般的に茶色くなったら完成だ。適当な皿に盛り付けテレビをつける。ちょうどテレビではバラエティーがやっていた。昔家族と父さんの作ったチャーハンを食べながら見ていたような。


 一口チャーハンを頬張る。塩辛くて、しょっぱい。でもご飯の進む味。久々に作ったチャーハンからは、父さんの作ったチャーハンの味がした。

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父さんの作ったチャーハンの味 間川 レイ @tsuyomasu0418

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