白狐さんの証明

神社へ向かう山を登り切ると、1週間前に見た境内と同じ景色が広がっていた。

 何も変わっていないからこそ少し怖い気持ちが出てくる。

 そんな中でも心菜はそんな時でも怯えずに鳥居の上の方をじっと見て、あの名前を呼ぶ。

 「桃伽様!私です、心菜です!証明をしに来ました!」

 その言葉を聞きつけた桃伽はあの日のように鳥居の上から姿を現す。

 「ほう、予定よりも早かったな。しかも、哲也とかいう人間まで連れて。よく心菜の姿を見ることができたものだ。」

 そう言って桃伽は俺の方をニヤリと見た後で心菜に問いかける。

 「では、心菜。お前が人間の世界で学んだことはなんだ?」

 その答えを心菜が答えようとした瞬間、体に謎の眠気がやってくる。

 俺はそのまま境内の地面で寝てしまった。


 *


 気づけば横にいた哲也さんは眠ってしまっていた。

 サポートしてやると言ってくれていた哲也さんがこんなことになるはずがない。

 すぐに私は桃伽様に問いただす。

 「桃伽様。哲也さんを今眠らせましたね?」

 そう聞くと桃伽様はこう答えた。

 「その通り。彼の力に頼って証明したところでそれは真の証明ではない。それをよく肝に銘じておくことだ。さぁ、答えるんだ。」

 

 私は哲也さんとそのお母さん一緒に学んだことを桃伽様に伝えようと頭の中で整理をする。

 初めて会った日に教わったこと、哲也さんのお母さんを手伝いながら学んだ様々なこと、哲也さんやそのお母さんと一緒に遊びに行った記憶、その全てをまとめた結果の言葉がこれだった。

 「愛です。この世界で学んだことは愛です。人間には誰にでも愛があります。それは私たちには足りなかったものだと私は思ってます。」

 もちろん、愛以外にもあるかもしれない。でも、今はそれよりも愛というものを大きく感じたのだ。

 

 「よくぞ言った……。それでこそ心菜だ。」

 聞き慣れた声がしたと思い、後ろを見るとそこには寝てしまったはずの哲也さんが立っていた。

 「何故だ。私は確かに眠らせる力を……!」

 桃伽様は確かに哲也さんを眠らせたはず。それは見習い白狐の私でもわかった。

 なのに、どうして哲也さんは今起きていられるのだろうか。

 「心菜、俺たちはここにくる前に何を買って行ったか覚えてるか?」

 「え、お稲荷さんですけど……まさか。」

 人間の世界ではお稲荷さんを神社にお供えをする習慣があると聞いたことがある。

 「そう、お稲荷さんは狐には効果抜群。確かに俺は眠らされてたっぽいが効果が予想より早く切れたみたいだな。」

 そう言って哲也さんが目の前に出したお稲荷さんのパックからは1つだけお稲荷さんが消えていた。


 「まぁ、効果を早く切らす代わりにここにあるお稲荷さんが一個ずつ減っていくんだけどな。」

 そう言って哲也さんはニヒヒと笑ってきた。

 「なるほど、そこまでしてでも心菜を救いたいのだな。その気持ちはよく伝わった。」

 そう言って桃伽様は私の方へと近づいてくる。

 「その思いに免じて少し私の力を分けてやろう。それから、人間の姿から解放してやる。」

 人間の姿からの解放は嬉しいが、それは逆に言えばもう哲也さんとは前のような生活はできないという意味でもある。

 

 「桃伽様、1つだけ無茶を言ってもいいですか?」

 桃伽様は少し悩んだ後で許可してくれた。

 「私は人の姿のままでいたいんです。それで、また哲也さんと暮らしながらここで桃伽様のお手伝いをしたいのです。」

 桃伽様は私を見た後ではぁとため息をつく。

 「全く、これだから……。手伝いをしたいというのは本望か?」

 桃伽様のその質問に私は強い目線を送りながら答える。

 「はい、本望です。」

 「そうか、ならしょうがない。人間の姿を一旦解除してからもう一度人間にする。こうしないとまたお前の体が消えてしまうからな。」

 そう言って桃伽様は私を一度人間の姿から白狐の姿に戻してくれた。


 *


 本当に一瞬だった。

 心菜の本当の姿が一瞬だけ見えたのだ。

 真っ白い体の美しい毛並みの狐の姿だった。

 真っ白い美しい彼女は俺の方へとやってきて元気に話しかけてくる。

 「哲也さん!これからもまた一緒に色々な場所に行けますよ!あ、でも土曜日だけはここの神社に来なさいって桃伽様が言ってたので……。その日だけは無理みたいです。」

 彼女のその笑顔だけで俺はもう満足なのに、これからもほぼ毎日一緒に暮らすことができるという。

 こんなに嬉しいことが他にあるだろうか。いや、おそらくはないだろう。

 「それにしても、意外だったな。まさか自分から人間でいたいって言い出すなんて。最初は元の姿に戻りたがってたじゃないか。」

 そういうと彼女は少しそっぽを向いた後でこう答える。

 「それも……愛っていうやつですよ。哲也さん。って、言わせないでくださいよこんなこと!」

 そう言って彼女は俺のことを追いかけ回す。

 境内の入り口の鳥居の上にいる白狐がそれを見ていたのか俺たちを叱る。

 ただ、その声は初めて会った時とはまた違う声だった。


 夕方、俺は神社を下る道を人間の姿で生きることを選択した彼女と一緒に降りていく。

 ふと、俺は彼女にこう聞きたくなった。

 「心菜、次はどこに出かけたいんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖狐のあなたと交わす1週間の約束〜人間に無理やり化かされた彼女が消えるまでの1週間を最大限の愛で俺はおもてなしする〜 ぽてぃ カクヨム金のたまご選出 @potty9828

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ