夢の中の白狐様と現実の白狐さん

「ずいぶんと尽力しているようだな。」

 1週間ほど前に聞いたような声で夢の中から切り離される。

 「え、桃伽……?どうしているんだ?」

 目の前に見えるのは間違いなく桃伽だった。

 しかも、寝る前に見えていた景色とは打って変わって大きな御神木のある周りが水で囲われたかのような青い景色が広がっている。

 「はぁ、貴方は目上の人に様をつける習慣が無いのですか?まぁ、いいですけども。人間の世界ではペットを呼び捨てにする方もいるそうですし。」

 そう言った後で桃伽は白狐の姿から着物を着た人の姿へと変わる。


 「この空間に貴方を呼び込んだのには意味があります。こんな神聖な場所に意味も無く誘う私でも無いですが……。」

 そう言って桃伽はゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 「数日後でも言うことはできますが、お礼というものをしておこうかと。」

 桃伽はそう言った後でゆっくりと頭を下げ、少しした後で元の姿勢に戻り、また白狐の姿へと戻る。

 どうして急にお礼をと聞こうとした時にはもう既に夢から覚め、外は朝日が昇り始めていた。


 お礼というからにはいいことなのだろうが、彼女に対してこてんぱんに言っていたような白狐なので何を企んでいるかはわからない。

 ただ、あのお礼が嫌味のあるようなお礼では無いことをだけを祈るしかなかった。


 夏の日が昇る時間が速いというのと、桃伽と夢の中で会話したということもあってかあまり寝た気分のしなかった俺は、そのまま数時間後にタイマーをセットして二度寝をすることにした。

 タイマーが鳴って起きるといつものように一階からは朝食を作る音が聞こえてくる。

 だが、最近はよく聞こえていた2つの音ではなく、彼女が来る前の音に似ていた。

 だが、その肝心の誰かが思い出せない。


 一階へ降りて母親にそのままの状況を伝えると少し心配したような顔をされた後でこう言われた。

 「そんな人うちにはいないわよ?昨日ちゃんと冷房つけて寝た?熱中症でおかしくなったとかじゃ無いのよね?」

 明らかに何かがおかしい。

 その存在はどこかにいたはずだ。

 一階の色々な部屋をくまなく探したが、その存在を見つけることはできなかった。


 「残るはあとこの部屋しかないな……。」

 普段生活している部屋の隣の父親の部屋。

 今は海外派遣で誰も居ないはずのこの部屋しかありえない。

 そう思い、ドアを開けるとそこには昨日までは名前をスッと思い出せていた、半透明になっている彼女の姿があった。


 「心菜っ……!すまない、お前の存在をなぜか忘れてしまっていてそのまま……。」

 そう謝ると心菜は落ち着いた声でこう返してきた。

 「しょうがないですよ。あと3日ですもの、そろそろ消滅の時も近いので体の色が薄くなってきているのでしょうね。普通なら思い出せないような仕組みになっているのですが、よく思い出すことができましたね……。哲也さんに忘れられるくらいなら、てっきりこのまま消えてしまおうと思っていたのですが。」

 いつもの天真爛漫な心菜とは真逆な事を驚いたが、その後で今朝話したあの会話の意味がやっと分かった。


 「なぁ、心菜。今から少し出かけた後で桃伽のところに行かないか?一発かましてやらないと気が済まねぇんだ。こんな大事なことをあの一言で終わらせるとか、許せないんだよ。」

 お礼の言葉はプラスの意味などではなく、心菜を今日から視認できなくなるということを知っていての負の言葉だったのだ。

 間に合わなくなる前に桃伽に心菜の成長した姿を見せてやるのが一番いいと考えた。

 「どの一言かも、哲也さんがどんなことを今思っているのかも分かりませんが私も少し桃伽様に言いたいことがあるので丁度いいです。行きましょう。」

 とは言っても手ぶらで行くわけにもいかないという結論に至ったのでまずは商店街へと向かう。


 向かう先は寿司などを売っているお店。

 そこで俺と心菜はお稲荷さんのパックを購入し、そのまま神社へと足を進める。

 途中で心菜と初めて一緒に行ったゲームセンター、それから当初行く予定だったプールを通過する。

 「ところで、おそらく周りの人から私の姿は見えていないんですけどそれなのに私と手を繋いでいていいのですか?変な人だと思われますよ……?」

 「今更そんな心配すんのかよ。そんなの心配するまでもないだろ?こんなに何日も一緒に過ごして思い出作ったやつが消えそうになってる事の方がむしゃくしゃするんだよ……!」

 心菜を引っ張ったまま神社へ向かうための坂道の手前まで到着する。


 「ここを登って少し早いけど、もう今日で成長した姿を認めてもらおう。申し訳ないが、明日になって俺が覚えていられる確証もない。でも、今日なら何かあっても俺はずっと心菜の味方として手伝ってやれる。」

 心菜の味方でいるというのが最初に決めた事だったからこそ、こんな大胆な行動に出ているのだろう。

 「哲也さん、いきましょう。どうせならギャフンと言わせるくらいの成果を見せてやりましょうよ!」

 そういう心菜と共に坂道を一緒に登っていく。

 まだまだ今日は暑くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

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