白狐さんの不安

自分が学校に行っている間に心菜は母親の手伝いなどをして、様々な家事や言葉などを覚えていった。

 「哲也さん、お帰りなさい!部活動お疲れ様です!ご飯はお母さんと一緒に作っておきましたよ!」

 部活動が終わり、家に帰ると玄関から心菜が出てきて、俺に向けて元気にそう伝えてきた。

 心菜の人間界への適応度はこの数日で一気に上がっていき、基本的な会話などはつっかえたり、分からない単語があったりする事がなくなった。


 しかし、あの雨の日以来ここ数日ずっと気になっている事がある。

 「心菜、最近無理してないか?」

 「い、いえ。全くそんなことはないので安心してください。私はいつも通りですよ。」

 そう言って心菜はいつもよりも不恰好な笑顔でそう答えてきた。


 「本当に大丈夫なのか?」

 半信半疑でそう聞くと心菜は少し俯いた後で何もないですと答えてきた。

 今の状態では本当のことを言ってくれないと判断した俺は、一旦そうかと言って追求しないことにした。

 心菜も一安心したようでそれから夕飯の後まで普通に話しかけてくれたりと、いつも通りのように生活をしていた。

 しかし、心菜自身でも何か引っ掛かる事があるようで夜中の0時頃に心菜は部屋の扉をノックしてきた。


 「哲也さん、起きていますか?」

 俺は起きてるとだけ返事をして心菜がどう出てくるかを様子見することにした。

 しばらくして心菜は入りますねと言って部屋のドアを開けてきた。

 「そこら辺座りなよ。何か相談事があるんだろ?」

 そういうと心菜は枕の上に座って、こっちをじっと見てから口を開いた。

 「怖いんです……。」

 その言葉を心菜は何度も繰り返して言ってきた。


 「本当に桃伽に認めてもらえるかってことか?」

 そう聞くと心菜はこくこくと頷き、また話を続けだした。

 「そうです。こうやって哲也さんに色々教わってはいますけど、いざ桃伽様に人間界の学んだことについて話すときに大丈夫か心配になっちゃって……。」

 そう言って心菜は俯いたまま、腕の方へと顔を寄せてきてこう小声で呟いた。


 「まだ哲也さんと、とても親しい間柄かは分かりませんが、今だけはこうやってくっつかせてください……。」

 心菜は教えた接し方について気にしてこのような言葉を口にしたのだろうが、今はそんなことを気にすることはないと思った俺は腕に顔を押し付けている心菜に声をかける。

 「もう十分親しいだろうがよ……。思う存分くっついて愚痴を吐けよ。その分だけ俺はお前のために全力を尽くすからさ。」

 そう言うと心菜はピッタリとくっついてきて辿々しく言葉を綴り始めた。


 「初めから怖かったんです、本当に認めてもらえるのか……。最初の2週間どれもそう言うのじゃないって言われて。だから今回もダメなんじゃないかって。怖がっている自分がいて。」

 心菜の3週間という人間の期間の中で2週間は棒に振ってしまっていたからこそ出てきた悩みなのだろう。

 「その時は俺も一緒に交渉してやるよ。だってここまで心菜は普通に生活できるようになったんだぞ。それを否定されたら俺だって流石に怒るぞ。」

 桃伽に認めてもらうために尽力してきた心菜の悩みはよく分かる。

 だからこそ全力でサポートしたいと思っているし、もしダメなら直談判をしに行く覚悟もできている。


 「私が今まで哲也さんと過ごして見てきた色々な人は無自覚のうちに色々な人間のルールを覚えてきていて、当たり前のようにそれを使っていました。でも、私にとってはそれは当たり前じゃなくて。その当たり前ができるのが本当に羨ましくて。だからあの雨の日も、私は変に哲也さんを突き放そうとしちゃったんです。失望させたくなくて。」

 そのうち分かると行っていた心菜の心境というものがわかった後でその心配は無用なものだということも同時に頭の中を巡る。

 「そりゃあしょうがないだろ。心菜は手探りでこっちの世界に入ってきてるんだ。ルールなんか分からなくて当然なんだよ。俺だって逆に、心菜のいた白狐の世界に急に行けって言われたら何も分からない自信がある。そういうもんなんだよ。」


 そういうと心菜は初めて少し笑った後でそうですねと答えてきた。

 そして、少し離れた後で振り向いてまた話を続け始めた。

 「少しは楽になりました。でもやっぱり少し怖いです。でも、残り数日でその怖さを吹き飛ばすくらい色々と教えてくれるのを期待してますよ。」

 そう言って心菜は部屋のドアを閉めて出て行ってしまった。


 「全く……返事をする暇も与えてくれないのかよ。まぁ、いっか。」

 心菜が桃伽に成果を見せに行くまであと数日。

 残り数日で心菜に別れを告げなくてはいけないのは寂しいが、その分残り数日を目一杯楽しむ事を大事にしていこうと思い、そのまま布団へと潜り眠りについた。

 その夜、夢の中で俺はとある会話をすることになる。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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