白狐さんのお迎え
その日は午前はとても晴れており、雲ひとつないような青空が広がっていた。
しかし、午後の授業が始まってから段々と雲行きが怪しくなってきた。
結局、帰りのホームルームが終わった頃には土砂降りに変わっていた。
折りたたみ傘を常備しているクラスメイトも多く、そのような人は自分の折りたたみ傘を使って家へと急ぎ足で家へと帰っていった。
急な雨にある程度対応できるように学校の事務室でもビニール傘の貸し出しをしているのだが、運の悪いことに全て出払っているようで貸し出しをしてもらうことはできなかった。
スマートフォンを出して、親に傘を家に置いてきてしまっているから迎えにきて欲しいと連絡すると、母親は少し笑いながら少ししたら迎えを向かわせると言ってきてくれた。
今日は母親が仕事が同じくらいの時間帯に終わるのもあり、母親が迎えに来てくれるものだと思っていた。
しかし、その予想は別の意味で裏切られることになった。
校門の方で男子達の騒いでいる声がしたので何事かと奥の方を見てみると見覚えのある人影がこちらに向かってきているのが見えた。
それは明らかに母親とは違う影の形をしており、近づいてきたその姿で完全にわかった。
「こ、心菜!?何でお前が居るんだ?」
「何でって……哲也さんのお母さんに頼まれたので来ただけですけど、私が来るって聞いてませんでした?」
どうやら話を聞くと母親の仕事が少し長引いてしまっているようで家にいる心菜が代わりに行くことになったらしい。
「周りの方達がすごい見てくるので気になるのですが、哲也さんが濡れてしまうのはもっと嫌なので……。こっち側入ってください。」
そう言って心菜は自分のさしてきた傘の右半分を僕のために開けてくれた。
「2本持ってきたんじゃないんだな……。」
そう呟きつつも心菜が持ってきてくれた傘に入るしか濡れずに帰る方法がないのでそっと右側へと歩みを進める。
家にはもう少し大きな傘があるのだが、心菜が持ってきてくれた傘は家にある傘の中では小さめの方で、肩と肩が触れ合うような距離でないと、お互いの体が少しはみ出て濡れてしまうような大きさになっている。
「心菜、悪いんだが今だけは少し距離を狭くしないとみたいなんだ……。こんな言い方をするのもあれなんだが、少しお互いの肩を寄せ合った方が良さそうだぞ……。」
そういうと心菜はニコッとしてこう言ってきた。
「私もここまで哲也さんと距離が近くなったのですね……。あの時、最初は距離を取るものと言っていましたが、最近は哲也さんも私に対してフレンドリーになってきたと感じていたところでしたよ!」
そう言って心菜は傘の柄の方にスッと動いて、僕の方へと近づいてきた。
別にそういうわけじゃないと言おうとしてその口が止まった僕は小さく笑って心菜の方へと寄り、こう呟く。
「そうだな……確かに初めて会った時よりも距離が縮まった気がするよな……。この数十日は本当に楽しかった。」
そういうと心菜は少し俯いた後で目一杯の笑顔でそうですねと答えてきた。
普段目一杯の笑顔をあまり見せることのない心菜が急に見せてきた笑顔に俺は飛び上がりそうになるも、変な違和感を感じた。
心菜は普段からもう少しゆったりとしたような笑顔をすることが多く、顔全体が動くさっきのような笑顔はほぼ見せてきたことがない。
「心菜、大丈夫か?」
違和感を感じてもどこが変なのかは分からない俺はただそう声をかけることしかできなかった。
「大丈夫、ですよ。」
心菜はそう言って傘の端から垂れてきた雨水で濡れた顔をこちらへ向けてきた。
「そうか……まぁ、とりあえず顔拭いとけ。」
カバンの中に入っているタオルを心菜に渡す。
タオルを受け取った心菜は顔を拭くとそのままタオルを返してくる。
雨足、そして風が強くなっていき、水溜りのできているアスファルトの上をゆっくりと歩いて行っているうちにお互いに段々と全身に水滴が付着していき、灰色に近いシミを作る。
勢いの強くなった水滴はそのまま地面へとものすごい勢いで落下していき、大きな音をたてている。
「このままだと全身濡れちまうし、一旦雨宿りしないか?」
そういうと心菜は傘を自分の方へクイっと引っ張ってから小声で答えた。
「今はこのまま進みたいんです。だって、まだ哲也さんは気づいていないので……。」
何を気づいていないかは分からなかったが、こんな雨の中で置いていかれるのは大変なので何も答えずに心菜のさす傘の中へと戻る。
「気づいてないって、何をなんだ?」
早足で歩く心菜を濡れないように追いかけながら聞いても、この一言しか答えてくれなかった。
「分かる時になれば分かりますよ。その時になったら今の私のこの気持ちがよく分かるはずです……。」
それ以降、家に帰るまで心菜は一言も喋ることなく歩みを進めて行っていた。
家に着いた後で外を見てみるとさっきよりも雨足が強くなっていたような気がした。
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