週末
自分が気づいたときには重傷者治療用ベットの上だった。
ここからは人伝に聞いた話だ。
結論から言うと、カツェン派はまんまと逃げおおせたらしい。里のめぼしいものを奪った後、ほとぼりを見て転移陣で一斉にどこか遠くへ逃げた。里はカツェン一派によって蹂躙された後だったから追跡することも難しく、クーデターは完全に成功した形となった。
里の被害は甚大だ。まず責任問題。事前にこのクーデターを認知できなかっただけでなく、若年層を中心に多くのクーデター賛同者がいたにもかかわらず、それを見抜けなかった学校の指導担当や上層部の責任は大きく、責任を取らされた人物がかなり多かったそうだ。内通者や職務怠慢の人間が処刑されたとも聞く。そうでなくとも、更迭されたり謹慎を言い渡されたりして上層部の顔ぶれは大きく変わった。
次に人的被害。どうやら人手確保のため一部の幼児などが誘拐されたらしく、死亡者、逃亡者、誘拐、その他行方不明者を合わせて、里の一割の人口が消えた。これは若年層を中心に深刻で、同い年に限れば半数近くが里から消えた。まあクーデターの首謀者が出たのだから当然だろう。
物的被害。里の貴重な装備や魔具が多く盗難され、建造物の多くが損壊。魔法があれば再建自体はそこまで難しくないが人々の心には強く傷を残すだろう。
傷といえば。僕の傷もかなり重傷だったらしく、一時的に心肺停止状態になったのだとか。カツェン派に殺されなかったのは、カツェンが重傷な中でアイツの治療を優先したこと、こちらが瀕死の状態だったためひとまず無視しても良いと考えたからではないかとのことだ。
「本当に運が良かったのですね」
治療担当の里の人間(なんと同い年らしい)はそう言った。
本当に運は良かったと思う。人の分の運を奪ったのではないかと思ったくらいに。
フラーデベルの家族は一族皆殺しにされていた。アイソ―トル家に残っている沢山の希少な魔具が目当てだったらしく、大量の魔具を納めた蔵の中は空だった。
後になって自分が爆風を喰らって生きていたのはフラーデベルのお陰だと気づいた。渡された髪留めだ。
あの髪留めの水晶から、微かにフラーデベルの魔力が残っていた。視たところ、髪留めを装着している人の魔力を少しずつ溜めていざという時に放出する仕組み。いざという時、などという曖昧な条件で使用者を守る髪留めというのはかなり貴重なものだ。元々自分は装着していなかったし(手に握っていただけだ)、そこも含めて臨機応変なのだろうからフラーデベルが自分に渡したお守り、のようなものか。すぐに使ってしまったが。
霜が降り、冬の冷たい風が里全体に吹き始めた。
その風は傷に、よく刺さる寒さだった。
結局、自分にとってフラーデベルとはなんだったのだろうか。
一言でまとめるなら、「数年間の同居人」だ。あえて形容詞を加えるとしても「仲の良かった」が関の山だ。友人か、と正式に聞かれると答えに窮すことになるだろう。同居人だったが二人で家にいた時間は短い。お互いに任務も忙しかったし、あまり雑談をした気もしない。その割には、肚を割って様々なことを話すことができたと思うが。
同居しているといっても、所詮その程度の関係だった。
ある初冬。
一族が全員死んだため、フラーデベルの墓碑には知己の人が一筆書く必要があると治療担当から言われた。
「僕がですか」
「同居人だったそうなのでちょうどいいかと思ったので」
……気が利いてるんだか、利いてないんだか。
墓碑か。まず、里で墓が残ることが凄い。生死不明になって遺体が回収されないということもあるし、それ以前に名前がなくて墓を建てられない人もいる。
そこらへんは、フラーデベルが里の中では上流階級の人間だからだろう。自分が死んだとして墓なんか建つとも思えないし、墓参りもしてくれるかどうか。
あれこれと悩んだ上で、
「友」
というなんの捻りもない単語でいいと伝えた。
「『友』ですか、里で生ける者なのに?」
「いいんだ、彼女は死んだんだから」
死んだ以上は、誰も問い詰めないだろう。
自分がその思いを無視したとしても。
沈黙の反乱~若き二人は散っていく~ 紺狐 @kobinata_kon
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