佳境②

「ハハハ、滑稽だ。本当に滑稽な劇だね。いやはや、気づかなかったよ。まさか君に対して」

「黙れ」

 宿したのは純粋な殺意、憎悪。息なきフラーデベルの身体を壁に寄りかけて、前を見た。髪留めは握りしめたまま。

「分かるな」

 回答は待たなかった。先程のダガーをそのまま間合いの内側に滑り込んで、刺す。刃渡り的には胴体を貫通するくらいの長さはある。

 カツェンの反応は早かった。腰に差していた長剣を抜いて、器用にいなした。

「僕たちには刃渡りの長い獲物なんかあっても意味ないだろ。貴族の真似事か?」

「もう暗殺者の真似事もしないで済むんだ。これくらいは許される。どころかむしろこれこそ正しい姿だ」

「寝言は寝て言え」

 再び切り込む。いなす。返しで長剣を振り上げるのを避けながら回って背後から切り込む。半身だけ動いて防ごうとしたカツェンに合わせて自分はさらに回る。

 回転は上手くいって背後を取ったが、首筋をかすっただけだった。

 カウンターを食らう前に間合いの外に出る。

 今の数手で、近接戦が泥仕合だと気づいたはずだ。自分自身も、切先が当たって額が僅かに切れた。獲物の特性と場所を考えればやむを得ないことだ。室内の近接戦では選択肢が限られるし、長物とダガーの組み合わせでは出来ることが限られる。

 カツェンは手を前に出して、魔獣を呼び出す。四肢の先から炎の出る、黒い狛(こま)だ。

 一瞬で眼前まで迫ったそれをすぐに勢いよく壁に叩きつける。狛の胴が勢いよくひしゃげ、壁面が黒く染まる。

 狛を突っ込ませている間に人魂型の魔獣を何体も呼び出していた。

 炎で焼き払おうとして、止めた。多分死ぬときに自爆する仕組みになっているのだろう。攻撃するのはまずいと悟り、わずかに攻勢が弱まる。

 その一瞬の躊躇の間にカツェンは勢いよく外に出た。

「チッ」

 外に出れば天覚も含めた手数の多いカツェンの方が有利になる。自分の天覚は直接の戦闘能力が上がるわけではない。戦闘する上で自分の立ち回りを助けるだけ。

 自分の強みとは、天覚を駆使した予知能力のような戦闘能力、一時の防御が意味を成さない素早い攻撃。それをカツェン相手に通すのは簡単ではない。

 それでも、やるしかないのだ。

 距離をとったカツェンは、不用意に距離を詰めることはしない。複数種の魔獣を同時に出して、量で疲弊させる作戦だろう。

 余裕そうな笑みが遠くからでも分かる。

 空に張る雲が増えてきて斜陽が隠れて陰に入っているというのに、その存在感が消えることはなかった。

 人と同じ大きさ位の鳥を召喚しながら、自分自身はその一つに乗りこんで高みの見物だ。偉そうに、胡坐をかいてやがる。

「ビビってないで降りてこいよ」

「頭が高いな、誰に向かって指図してるんだ」

 そんなやり取りをしている間に飛んできた鳥を蹴りで沈める。そのまま、強化した脚力で鳥を踏みつけにしながらすぐに空まで駆け上がる。

「お前を地面に叩きつけてやるよ」

 垣間見えた顔は、あくまでも冷静だった。

 ゴッ。

 直接殴ったと思ったが、岩の魔獣が阻みフワッと地面に着陸された。

 お返しと言わんばかりに、氷柱の槍が今まさしく自分のいる空中めがけて飛んでくる。一、二、三、四、五、六、七本。それを一点に集約しようというのだから、殺意の塊だ。

 ならばこちらも返してやる。氷柱そのものを魔法の対象として運動ベクトルを反転させればいい。氷柱の制御権を取れるかはカツェンとの勝負だがどうにかなるだろう。

 氷柱は両者の中間地点で止まって動かない。

 空中で小刻みに震えながら静止する。

 動かない。

 自由落下を魔法で止めて、自分の身体を空中に浮かしながら制御する時間を稼ぐ。

 まだ動かない。

 そよ風が吹く。その瞬間、僅かに氷柱の運動方向が戻った。

 それを皮切りに制御権を操った。皮肉なことに、斃さんという殺意の込もった氷柱が、今度はその創造主に襲いかかる。

 柱のように太い氷柱を全て防ぐなんて出来るはずもない。案の定、三本の氷柱を防ぎきれないことが視えた。その好機を逃すはずもない。

 首を折るつもりで、空から一気に飛び降りて蹴りつける。

 流石にこれは決まった、という確信があった。そのまま頸椎をへし折れる自信があった。

 つまるところ考えることは同じなのだろう。お互いに一種の極致に達した人間として思想や理念、性根が違おうと。

 とても単純だ。魔獣を呼び出して、自爆する。

 先程の人魂をもう一度召喚して。

 ただし魔法で爆発に指向性を持たせたようだ。

 カツェンの首筋近いところで爆発したはずの魔獣は、主に自分めがけて爆風が広がった。



 肋骨は何本か折れたな。派手にやけどしたからか足の感覚も怪しい。

 が、それくらいだった。

 明らかに致命傷となる爆風を喰らったが、数本折ってやけどだけで済んだことに朦朧とした頭の中で驚きに包まれていた。事実周りの木々はへし折れ、大きく開けたクレーターのようになっていた。

 身体の周りに硝子のような感触を感じる。だとすると、これはフラーデベルの魔法?

 ……どうして。

「……無様だな」

 それは何に対して言っているのだろうか。

 倒れたまま横に目をやれば、同じような惨状となっていたカツェンがいた。目はほとんど開けていないが身体の右半分は爛れ、頬は肉がむき出しだった。すぐに外傷を消す魔法でも使わない限り、跡は未来永劫消えないだろう。

「カツェン様!」

 似通った背格好の集団。カツェン派か。この状態で戦うのは無理だろう。

 詰んだかな。

 そう思っている間に、プツンと堰が切れたかのように倒れこむ。気が付けば意識が途切れていた。

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