はるあられ

藤泉都理

はるあられ




 大小様々な国の王の頂点に君臨する『楓林ふうりん』国の皇帝、暁露ぎょうろの寝室兼私室に入室できる、極々限られた人数の中に、秋霜しゅうそうという男性の菓子職人と春霰はるあられという少女の掃除屋が居た。




(よし!今日こそは!)


 菓子修行という名の下、あちらこちらの菓子を食べ歩く秋霜に、或る一軒の菓子屋で丁寧な仕事ぶりを見込まれ、暁露に掃除屋として紹介されて以降、春霰は常々意気込んでいた。

 掃除屋とは言え、皇帝の直近で働ける自負と何よりたくさんのお金を貰えているのだ。

 仕事ぶりを認めて紹介してくれた秋霜にも、仕事を与えて私室への出入りを許可してくれた暁露にも、恩返しをしたいと。


(でも与えられた仕事を丁寧にやり遂げる事しかできないのよねえええ)


 暁露の私室の掃除仕事を与えられて、三か月後。

 暑い日差しの中、暁露の布団を外に干していた春霰は、しくしくと涙を流した。

 そもそも、二人に全然会えないのだ。

 そりゃあそうだ。

 春霰は暁露の私室の掃除屋だ。暁露の私室以外は、掃除道具部屋と春霰の私室、そして洗い物を干したりする庭以外は、めったに出歩く事は許されない。

 秋霜は菓子職人だ。仕事場が厨房なわけで会えるわけがない。

 暁露は皇帝だ。春霰が仕事を終えた頃に私室に戻って来るので会えるわけがない。


(まあ。仕事を毎日毎日丁寧にやり遂げる事が二人への恩返しに繋がるって、信じるしかないわよね!)


 春霰は洗い終わったシーツも干し終えると、暁露の私室へと戻ったのであった。


「秋霜さん!」

「おー。春霰。久しぶりだなー」


 暁露の私室に戻った春霰を出迎えたのは、とてつもなくやつれている秋霜であった。


「秋霜さん。夏痩せですか?」

「あー。そうだなー。ちょっと菓子を毎日毎日毎日毎日作りまくってるからなあ。どっかの誰かさんの命令でなあ」

「菓子職人なのだ。菓子を終日作る事がそなたの仕事であろう」

「皇帝陛下」


 春霰は秋霜の隣に立つ暁露から五歩ほど退いて、手を合わせた両腕を前に出し頭を垂れたが、暁露は仰々しい挨拶はいいからその態勢を解けと春霰に言った。


「はい」

「あーあー。怖がらせちゃだめだろーが」


 秋霜は皇帝である暁露に気やすく話しかけるも、暁露は咎めもせず、顔を顰めてすまないと春霰に頭を下げた。

 春霰はその場で飛び跳ねては、腕が取れるのではないかと危惧するくらい両腕を振った。

 皇帝に頭を下げさせるなんて!


「いえいえいえ!怖くないです!全然これっぽっちも!あ!秋霜さん!見た事がないお菓子ですね!」


 分かり易い話題替えに気を悪くさせたかと肩を縮めた春霰だったが、杞憂だったようだ。

 ああと、秋霜は後ろの円卓に置いていた菓子を皿ごと手に持った。


「クレープって言うらしい。海外の菓子だ。本当は生クリームも一緒に巻くらしいが溶けるからな。果物とジャムだけな。ほれ。おまえの好きな苺尽くしだぞ。感謝しろ。あ。春霰にも作って来たからな」

「一緒に食そう」

「はい!」


 いえいえそんな貴重な休憩時間に私如き掃除屋が一緒に食べるだなんてあってはならない事です失礼します。

 そう言って、本当は脱兎の如く、けれど行儀よく退室すべきなのだろうと、春霰は思ったが、皇帝の誘いを断る事の方が不敬だろうと、かちんこちんと固まった身体を何とか動かしながら、円卓に備わっている円椅子に腰を下ろした。




「ふわあああ!美味しいです!秋霜さん!とっても!」

「おう。ありがとな。当然だけどよ」


 ふわふわもちもちの生地に、甘酸っぱい多種多様な苺たちがたっぷり包まれている円筒のクレープは天上に舞い上がるくらいに美味しかった。


「本当に!本当に!美味しいです!」

「おう。すげー褒めてくれてありがとな。どっかの誰かさんも見習ってほしいわー」

「美味い」

「そんな無表情でしかもたったの一言でさらに無味乾燥に言われてもなー」


 もくもくもく。

 じっとり視線を暁露は無言で受け流しながらクレープを三個食べて緑茶を飲み干すと、立ち上がって執務室に戻ると言った。

 春霰も立ち上がり見送ろうとしたが、そのままでいいと暁露に制された。


「気に入ったのなら、残りは全部食べていい」

「ありがとうございます!頂きます!」

「秋霜。行くぞ」

「………へーへー。わかりました。じゃあ、春霰。ここを紹介したのに全然様子見に来れなくて悪い。時間が取れたらまた来るからな。頑張りすぎるなよ」

「はい。ありがとうございます」


 春霰は座ったまま深々と頭を下げて、退室する二人を見送ってのち、ほわあと息を吐くと、クレープに手を伸ばした。

 残りは三個だった。


「………全然恩返しできてない」


 春霰はしくしく泣いた。

 悲しさと嬉しさで。










「よく食べるの我慢できたなー。すぐに作ってやるから待ってろよ」

「………もう少しすれば、落ち着く。ので。それまでは身体を壊すなよ」

「へいへい。おまえもな。んで、また春霰と一緒に食べような。今度は外にでも行くか」

「ああ」












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