第9話

 どこまでも続くように見える砂漠にも、限りはある。


「私が行けるのはここまでだ。この先を真っ直ぐに行けば農村が、その更に先にトゥカットの港がある。そこで白い月の印を探すんだ。ザタの縁者がいる。ナルアとメメの名を出せば悪くされないはず。駆竜ヤントは連れていけ。ナルアには私から言っておく」


 メメの声は砂漠の風のようにからりとしていた。


「君は優しすぎるから心配だ。それで少し、私は過保護だっただろうしな」


 口を開けば涙がこぼれそうで、ノアンは何も言えないままメメを抱きしめた。メメはほんの少し目を伏せて、ノアンの背をそっと撫でた。

 そうしてなんとか落ち着いてから、ようやくノアンが口を開いた。


「ありがとう、本当に」

「大変なのはこれからだ。君は一人で海を渡らなければならないのだから。泣いたら塩と水がもったいない」


 それを聞いたノアンには、ふと思い出したことがあった。やはり泣いては駄目だと、どうにか笑顔をつくる。


「あのね、メメ。まだ漁師だった頃の父さんがよく言ってたんだ。僕の目は海の色に似ているんだって」


 メメは目を見開いた。それから困ったように眉を下げて、しかししっかりと、ノアンの目を覗き込んだ。照り付ける太陽の下で、瞳は深いあおに輝いていた。


「嗚呼、ノアン、私はきっと忘れない。君の海の色を」

「うん、僕もメメを忘れない。助けてもらってばかりだもの。いつか必ず返しに来るから」




 この後について砂漠に伝わる話はいくつかあるが、広く信じられているのは概ね次のような物語である。

 砂漠を彷徨える少女の元にある日、遊牧民が客を連れてくる。それは白い肌に碧眼を持つ漁師の青年で、海の音が聞こえる貝や海水を詰めた瓶、珊瑚などを対価に砂漠の案内を頼んだ。以来その青年は砂漠から最も近い港に住んで、足しげく砂漠に通った。老いた漁師は海ではなく砂漠でその最期を迎え、それを看取ったのは額に赤い石を飾った美しい女だったという。

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砂上に紅き陽は昇る 灰崎千尋 @chat_gris

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