第8話

 陽が落ちた砂漠はしんと冷え、夜空には数え切れぬほどの星が冴え冴えと瞬いている。

 白い月が笑う下で、ノアンは火を焚いた。メメの金のまなこと額の石に、炎の影が揺らめく。ノアンはそのすぐそばで、ローブの上から毛織物にくるまっていた。


「迷惑をかけた」


 ぽつりと、メメが言う。

 ノアンは「全然」と首を横に振った。


「僕は何もできなかったもの」


 そう言って笑うが、メメは俯いたままだった。


「私は、私のことが何もわからない。」


 メメはぎゅっと自らの膝を抱えた。


「今日のように、事が起きてからやっと少しわかるだけだ。どう生きるべきかも、どう死ぬのかも。同胞がいないのだから。私は君よりも長く生きているが、いつまでこの幼い姿のままなのやら。こうして違う時間を生きるなら、いずれナルアもヌイも死に、私は一人きりになるだろう」


「突然終わりが来ないとも限らないがな」と、メメは弱々しく付け加えた。


「それでも、やっぱり、僕はメメにいてほしいよ」


 ノアンが必死に絞り出した言葉に、ようやくメメの表情が少し緩む。それから気分を変えるように、努めて明るい声で尋ねた。


「ノアンの故郷は港町だと言ったな」

「うん」

「どんなところなんだ。私は、海を見たことが無いから」


 ノアンはじっくりと考えて、こう答えた。


「砂漠と逆さまなところ、だと思ってたけど、そっくりなところもある」


 目を閉じて、故郷の町を思い出す。まだ、ちゃんと思い出せる。


「ファルメリアは、潮の香りがするんだ。ええと、しょっぱくて、少し生臭い感じの。海から風が吹いてきて、涼しいけど肌がべたべたする。港はいつも船が出入りしてて、すごく騒がしいよ」

「ほう、確かに真逆だ」

「でもね、夜の海はとても静かで、波の音は少し、草が揺れる音に似てる。真っ暗闇で、どこまでも続いていて、晴れてたら遠くの星まで見えるのは同じ。夜明けがとってもきれいなのも」


 そう言って、ノアンは空を見上げた。その横顔を、メメがじっと見つめていた。


「見てみたいな」

「うん。メメにも見てほしい」

「しかし私は、この砂漠を出られない」

「……メメが半分、“砂人すなびと”だから?」

「そうだ。一度出ようとしたことがある。砂漠の果てに足を踏み出した瞬間、体が引き裂かれるように痛んだ。私は永遠に、砂漠に縛られている。でも───」


 メメはそっとノアンの手を取った。


「君が『ここにいて』と言ったから、私が私としてここにいる理由が一つできた」


 ノアンはわけもわからず赤面したが、メメが嬉しそうなことだけはわかった。

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