やってくるつげ義春風の何か

朽木桜斎

味と癖のある話

 里中さとなかは会社からの帰宅途中、道の向こうからつげ義春風の何かがやってくることに気がついた。


 空は暮れなずんでいて、つげ義春風の何かは、ちょうど周囲の色に溶け込んでいるように見えた。


 たそがれどきとはよく言ったものである。


 そんなふうに考えている間にも、つげ義春風の何かは、じわりじわりとこちらへ近づいてくる。


 次第にぼやけ気味だったものも、はっきりとしてきた。


 やはり名状しがたい、つげ義春風の何かだ。


 俺に何か、する気なのか?


 里中は戦慄を禁じえなかった。


 とうとう、つげ義春風の何かは、すぐ目の前までに。


 すっと歩みを止め、つげ義春風の何かは、やにわにこんなことを口走った。


「ワカメ、いりませんか?」


 あの出来事はいったい、なんだったのか?


 つげ義春風の何かは、確かにいた。


 よく、思い出せない。


 しかし、何となく気がついていた。


 里中の人生には以前よりも、味と癖がついてきていたのである。


 張りではなくて。


(終わり)

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やってくるつげ義春風の何か 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki

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