エピローグ
東西南北のあらゆる街や村が酷い傷を負ったが、今はその復興作業に入っている。
時折南風が吹いてくる。寒い地域にも、暖かい風が吹くものだな、と大和は思った。
マツになにかと気にかけてもらいながら、ルルのところで手伝いをし、生活をしている。チェルムでの言葉にも、なんとなく慣れてきた。日本語や英語を知らない人と出会っても、通じるところはある。
ミッカの村での、日々の生活は落ち着いていった。集落が襲われてから帰ってきた人もいれば、帰ってこなかった人もいる。東にテレポートさせた子供はルルが連れて帰ってきた。
母親は亡くなってしまったが、父親と二人で、のどかに暮らしている。
海斗が帰ってざっとひと月ほどが経っているが、由美子はまだ、中央に拘束されたままだ。知っている限りの情報を全て伝えているという。拘束されているといっても、酷いことはされていないようだ。
ルルが定期的に由美子からの手紙を運んできてくれる。
文面は、桃京にいる時より楽しそうにも思える。監視はつくが、日々体感時間にして三、四時間訊ねられたことを素直に答えれば、あとは自由な様子だった。
由美子が帰ってきたら、ガナの村に戻ろう――。そういう話をマツが持ちかけていた。焼けた村を復興させて、墓を作ろう。
そんな話し合いが、ガナの村の人々からなされている。ケインの墓も、形だけでも作ろうと思った。
大和は一度だけ、また自力で桃京へ戻り、そして津茂井神社を経由
して東京にも行った。御守りは握りすぎて、ぼろぼろになっている。
タロウには会えなかったけれど、どうやら、空気の歪みを使って自力で行って帰ってこられる妙な癖が身についたようだ。
空気の歪みを感じるときは体に負担がかかる。しかしなんとなくこの辺からなら行ける、帰ってこられる、という妙な勘が働くのだ。しかも、ちゃんとグァルの人々がいないほうのチェルムに戻ってこられる。
東京へは、ホテル代の支払いと自分の荷物をひきあげに行った。
そうして、桜の種を入手しようと思ったが、スマホで見た日本の桜並木は、ほとんどが接木や挿木らしい。ソメイヨシノという桜が代表花らしいが、種から育てられないと聞いたので、諦めることにした。
代わりにチェルムのどこかに咲いているかもしれない桜を探しに行って、一本貰って来ようかとも考えている。種類はこの際こだわらない。
帰りに海斗に会おうかと考えたが、まだ会わないことにした。彼には彼の生活がある。もうなにも起こらないだろうけれど、短期間のうちに再び巻き込んでしまうのは、悪いような気がした。
桃京では会社に退職願を届けに行った。千田がいなくなって騒然としていたようだが、それが好都合だった。UNステーションのことを誰も訊ねなかったのだ。
親には少し旅をして世界を見てくる、とだけ伝えた。
海外へ旅行をしに行くだけなら、あの社会も許される。尤も、桃京でやり残していることもなく、戻る気もなかった。しかしおそらく自力で戻ることもできるのだろう。
ここでの穏やかな生活を、みんなと守っていければそれでいい。桃京から離れた地方へ行き、桃畑を見てきた。素直に美しいと思えた。桃の種も手に入れて、帰って来たのだ。
澤部に会うこともなかった。彼は相変わらず、職務を全うしているのだろうか。
桃京にいる間に、何森や鈴田に出会うこともなかった。狙われる危険をまるで感じなかったので、いきなり譲り受けた第二のチェルムを使うことにしたのだろう。
千田が集落へ来てにこやかな顔で一連の出来事を話し始めた時は、憤りを通り越して頭に血が昇った。大和が殺されかかったところをタロウたちが助けてくれたのだが、あの頭に全ての血流がいく感覚に陥らなければ、アイディアが閃くこともなかっただろう。
今はもう、千田のことはどうでもよかった。
ガナの村へ帰ったら、あるいはなんらかの事情により帰ることができなくても、みんなに桃色の花を見せたい。
チェリーブロッサムがチェルムの由来ならば、やはり桜のほうが適任だろう。しかし桃も綺麗なので捨てがたい。どちらにしても、人々が集まり満開の花の下、楽しんでいる姿を見てみたい。
それはでも、もう少し未来の話だ。
リョクは色々な小屋を訊ね、他愛のない会話を色々な人として回っている。それが楽しいのだとか。時々桃京の話も訊ねられたので、よく話した。
馬の鳴き声が遠くから聞こえた。
出かけていたリューズとルルが帰って来たのだ。
ルルは心なしか、いつもより軽い足取りで小屋に入ってくる。
そうして大和ににこやかに言った。
「明後日、由美子さんが帰ってくるそうですよ」
夜、桃色の空気に埋め尽くされた花のことを、みんなに話してみよう。
とりあえず、今晩は食卓に笑顔の花を咲かせよう。
そう思いながら、大和は笑顔でルルにお礼を言った。
「ガーウーアーオ(ありがとう)」
「了」
遥か遠く、雲の上で 明(めい) @uminosora
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
おすすめ深夜帯アニメ/明(めい)
★14 エッセイ・ノンフィクション 完結済 34話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます