4-16



また朝が来る。

タロウと共に、みんなに見送られながらチェルムを離れることにした。


「いつでも歓迎いたします。また来てください」


リューズとルルが、言った。タロウがみんなに少し離れるように言った。


「楽しい宴会だった。ありがとう」

タロウは明るく言って、つむじ風を起こす。みんなは驚いた声をあげながら、離れた。


集落で出会った人々が、全員で手を振っている。


この二日で、ちょっとだけ成長した。震えるばかりだった学生から、少しは抗うことのできる人間になれた。そう自信を持って、笑顔を浮かべた。


風の威力が増し、チェルムの景色がすっと遠くなっていく。

 

気づくと、タロウと津茂井神社の地へ立っていた。静寂に包まれている。


「気分はどうだ」

「色々なことがありすぎてね。疲れたよ」


これから先、タロウとの関係はどうなっていくのだろう。


「もう、会えないのかい」


訊ねると、タロウはいつものように笑った。


「あの時と同じ顔をしているな」


あの時。少年の頃に訊ねたことと、同じことを言ったと気づいた。


「しかしあの時と状況は随分違う。私の正体がばれてしまったしまだチェルムは落ち着いていない。なにかあった時は、協力を頼むかもしれん」

「この神社は」

「まだ残っているさ。けれど、遠い未来には消えるかもしれない」


遠い未来。幼い頃、ここでイメージした「友達」は、もしかしたら大和だったのかもしれないと思えてくる。


「さて、まだやることがたくさん残っている。それを片付けに、私はしばらくここを去る。それまでのサヨナラだ」


また会える時は来るのだろう。


タロウは笑顔のまま、すっと消えていった。結局本名は聞けずにいた。聞いてしまうと、今までと関係が変わってしまいそうな気がした。


チェルムでの余韻を心に残しながら、海斗は夜の神社の階段を、ゆっくりと下っていく。


空には流れ星が一筋の光を帯びて走っていく。




大学に戻り理沙に怒られ、でもその顔を見て安心した。


海斗が三日間いなくなったことで理沙や家族や知り合いが混乱していたが、ちょっとした旅に出ていたと言うと、周囲はなんとか落ち着いた。それでも両親からこんこんと説教をされてしまった。




一カ月が過ぎ、いつもの日常生活に戻りつつあった。足の違和感はまだ残っている。痛みはないのだが、なにかの拍子に少しだけ、動きが悪くなることが稀にあった。

念のために医者に診てもらったが神経に異状はなく気にするほどのことではないと言われたので、放っておくことにした。


下手をすれば歩けなくなっていたかもしれないところを、ルルに治

してもらったのだ。


もしかしたら、チェルムや桃京で過ごした数日間を忘れるな、という合図なのかもしれないと考えている。痛む時は現に、チェルムのことをすっかり忘れている時だ。


神社へは欠かさず行っている。しかし今のところ、タロウに会える様子もない。


グァルやトゥア、チェルムや桃京は今頃どうなっているのだろう。


海斗は忘れないうちに、日記をつけた。古いノートを取り出し、書き変えていく。


特に桃京。もう行く機会もないかもしれない。変わっても、変わらなくてもいい。でもできれば、イメージどおりに変わってほしい。


これから就職をして、あの日々のことをすっかり忘れてしまうときが来るのだろうか。いいや。きっと足に刻み込まれた違和感と共に思い出す。だから遠い未来に、誰かに話せるときがきたら、話してみよう。


創作風に書きとめておくのもいいかもしれない。


海斗は手書きで、最初の一文を書き始める。パソコンではなく手書きにしたのは、十三歳の頃の気持ちを大切にしたかったからだ。


部屋に、都会の風が吹き抜けていった。


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