4-15


日が落ち、宴会が始まる。


タロウは主賓として迎えられ、酒をふるまわれていた。リューズやスーダが集落のみんなに紹介したあとで、北方民族の踊りや歌が始まる。


海斗は集落の人々に混ざって、遠くからタロウの姿を見ていた。こうしてみると、遠い存在のように思える。タロウは、みんなを驚かせてしまうからと姿を変えようとはしない。  


そういえば、本当の名前はなんというのだろう。


セトが飲み物を持って海斗のところへやってきた。色々な人とちょっとずつ話して回っているようだ。


「やあ。噂のタロウさんは、いい人だね。どこかの星の偉い人らしいけど、気さくに話せる。君とは友達だと聞いたよ」


長い付き合いだけど、正体を知ったのはつい最近だ、と話すとセトは誰にでも胸に隠し持っている気持ちがあるんだね、と笑った。


「そういえば馬は大丈夫だったか。馬だけは、君がタロウたちに貸してくれたんだね」


「ああ。彼らの意思を、初めて聞いた。『育ててくれてありがたいけど、過保護にしてくれちゃ困る』ってティアに怒られたんだ。僕もびっくりしたさ」


海斗は笑い、少し黙った。自分がいなかった時の間のことを聞いてみたい気もしたが、それは話せる雰囲気ではなかった。他愛のない話をした。すると、ちょっとだけ気が楽になった。グァルでのできごとや今朝までの恐怖心が、傷となって残っていたようだ。


もう大丈夫。大丈夫なのだ。ここの人々だってたくさん傷ついたのだ。


女性たちの輪から華やかな笑い声が聞こえた。夜の闇に爆ぜる炎が、耳に聞こえてくる歌が、人々の活気が、さようならの時間が近づいていると告げているような気がして、少しだけ寂しくなる。タロウにも、もう会えないかもしれないのだ。


「君は帰ってしまうの」


察したのか、セトは言った。


「僕には僕の世界での生活が待っているから……」


帰ったあとのことを考えると憂鬱だった。


セトも少しだけ寂しそうな表情をして、それから笑顔を作った。


「きっとまた会えるよ」


そうだね、と返すと、セトは手を振って大和のところへ行く。


大和の隣には由美子がいる。彼もまた炎を見つめ、これまでのことを思い返しているような表情をしていた。二人がこの地でどうなっていくのか、見届けることはできるだろうか。


今度はマツがやってきて海斗に挨拶をし、隣に腰をかけた。深くお辞儀をする。


「このたびはどうもありがとうございました」

「いえ。僕はなにも。その」


娘と婿、そして孫まで失くしたのだ。ダクの挨拶を思い出して、熱いものが込みあげてくる。


「ダクとご縁があって……私の娘も幸せだったでしょう」


マツは目を赤くして、呟く。


「本当に。優しくて凛々しい、男でも憧れる男性でした」

「大和はカナやナツが死んでいるのを見た時、激怒したと聞きます。ダクが死んだ時も。もし大和がここに残るのなら、私はあの二人がここで生きていく方法を教えていきたいと思っています。ダクやカナの代わりではないですが、そうした目で末長く見守っていこうかと。それが私に残された役目なのかもしれません」


海斗は頷いた。一時チェルムにいることと、長く住む、ということは大きく異なるのだろう。大和も心強いかもしれない。


「彼女のことは許せるのですか」


由美子に目をやった。目は虚ろだったが、明るく振る舞っているように感じられる。


「心根は純粋な女のかたなのでしょう。治癒能力はなくとも、人を物理的に治癒する心得はあるようです。もしかしたら、役に立ってくれるかもしれません。いえ……」


マツはこんなことが言いたいのじゃない、と首を振って続けた。


「私はあなたの隣で敵を前に、カナとナツの仇だと憤った時、自分の心が醜さで溢れていることに気づきました。悲しみが癒えることはありません。ですが、もう、憎しみでエネルギーを使いたくないのです。たった一人の娘さんの前で、敵意をむき出しにするのもなにか違うような気がしています。できれば、優しく迎え入れたいと」

「そうですね……」


トゥアの人間の一味として、チェルムを襲うことに加担した。だから由美子にも非はある。しかし、それで新たな地で生きていこうとしているたった一人を責めるのは筋が違うのだろう、と海斗も思った。何森なんかはもっとしぶとく生きていくに違いない。


でもやっぱり、カナとナツが殺されたのは自分の責任でもあったのかもしれない、とまだ感じている。村に伝わる秘儀、という設定を作ったばかりに狙われることになったのだ。


そう思うのは、驕りなのだろうか。


マツは読み取ったのか、言った。


「チェルムがなければマツやカナやダクにも出会えなかったのです。これもまた、自然の中の大きな流れのひとつにすぎないのでしょう」


北風が吹き抜け砂を舞い上げていく。空を見上げると、星たちが変わらず輝いていた。


マツは微笑み、挨拶をして別の女性のところへ行く。背中は枯れ、泣いているようにも思える。それでも前に進もうとしている。大和がマツを含め傷ついたみんなに、いい変化を起こしてくれることを願った。きっと彼なら大丈夫だろう。


酒に酔った。人の少ない場所へ行って風を仰ぐと、大和がやってきて隣に立った。


「その、ありがとうございます。いろいろと」


大和は頭を掻いた。


「お礼なんてなにも必要ないですよ」

「いえ。あなたがチェルムを作ってくれなければ、俺はきっと桃京という場所にとらわれたまま、身動きがとれなくなっていた。あそこで本田さんに会ったのも、なにかの縁だったのかもしれません」

「もう、一生戻らないつもりですか」


ゆっくりと、空を見上げた。


「一度くらいは戻りたいと考えています。会社もどうなっているか。ああ、でも、東京で花見というのもしてみたいですね。俺の世界にはそういうのがまるでなかったので」


大和の目は輝きに満ちている。きっとこの世界が本当に、大和にあっているのだろう。


「いつか桜の咲く頃に、東京に来られることがあったら案内しますよ」


言って握手をし、チェルムの由来を伝えた。大和は感心したふうに驚いていた。

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