4-14


タロウの背後で、由美子が顔を出す。海斗はディープキスのトラウマで一瞬ぎょっとしたが、大和は目を大きく見開いていた。その目からは、感情が溢れていた。


見る限りは嫌な感情ではなく、愛おしい人を懐かしそうに見るような目だった。


「どうして。なんでここに」


由美子は気まずそうな表情で小屋の中へ入り、ぽつぽつと事情を話した。


大和はなにも知らないのだ。話を聞き、時々顔をゆがめ、頭の中でひとつひとつを理解しようと噛み砕いている様子だった。


「ツモの人たちがグァルにやってきたあとで、大和に会いたくて頼んでみたの。そうしたらさっきこの方からの迎えが来て。今まであなたを騙してきたの。ごめんなさい」


大和は一度目を伏せ、それから由美子の瞳を見て、落ち着いた口調で言った。


「怪我も病気もせずに生きているならそれでいい。謝るのなら、ここの人たちにも謝って」


由美子は我に返ったのか、ルルとリョクを見つめ、黙って深くお辞儀をした。


「私は攫われたチェルムの人々の脳解析をしていました。罰は受けます」


リョクは由美子をじっと見つめていた。


「お嬢さん、あんたがこのチェルムを襲う首謀者、というわけではなかろう。君はただ、自分の家族のために頑張り、グァルという星の提案に巻き込まれただけだ。違うかね」

「そうです。ですが。ですが――」


リョクは立ち上がり、由美子の周りを一周する。ちょっとだけ痛々しい表情をした。


「我々の同族の嘆きが、君の記憶の中から微かに聞こえる。だからこの地に立つことを許すこともできない。だが、君は大和を大事に思うか」

「はい……」

「星や国や家族のことよりも、大和を優先したいのかね」


由美子は泣きそうになりながら、首を縦に傾ける。


海斗は複雑な気持ちに駆られた。グァルであんなことを言ってしまったから、咄嗟の衝動に駆られてここへ来てしまったのではないだろうか。


大和を選べば星と家族を裏切ることになる。そうしてまた命が狙われることになったら。あるいは、ここの人たちからスパイだと思われる可能性もあるかもしれない。


「チェルム侵攻第三計画は失敗し、第二のチェルムを得ることになって、今グァルやトゥアの上層部で混乱が起きています。その混乱に乗じて、私はここへやって参りました。ここへ立ち入ることは、今後しません。でも大和には会っておきたかった」


ルルとリョクの視線が大和に向けられる。


おまえはどうしたいのか。そういう視線だった。大和は、強い眼差しで言った。


「俺はここへ残り、ここで生きていきます。桃京からいつもこうした世界を夢見ていた……逃げなのかもしれません。でも、あそこにいたら俺は潰されてしまう。ここで色々なことを学べた。ここでの現実を生きていきたい。もう桃京へは戻れない。グァルの人々はまだあそこへ残っているでしょう。グァルの人々は、俺たちにまだ、このチェルムの情報を得ようとするかもしれません」


由美子は悲しげに大和を見遣った。大和はリョクとルルの前で正座をし、頭をさげた。


「その上で、どうか二人でいることを許していただけないでしょうか。許されないのであれば俺たちはこの集落を出て、この地のどこかでひっそりと生きていきます」


ルルとリョクは戸惑ったように顔を見合わせる。


「顔をあげて」


大和は正座をしたまま、言われたとおりにルルを見つめる。


「条件があります。そちらの彼女に、自分の生まれ故郷のことを全て教えて頂きましょう。グァルのことも。私たちだけではなく、中央の人間にも。そしてツモの人々にも情報を渡していただきましょう。そうして、彼女が全て忘れ去って生きていくというのならば、私たちも、これ以上のことは申し上げません」


由美子は大和と同じように正座をし、頭をさげる。床に、涙が滴っていた。


「心配いらんよ」


小屋の入口にいたタロウが口を挟んだ。


「グァルの王は、第二のチェルムを得た代わりに、このチェルムと桃の都、東京には手を出さないと誓った。そうしてトゥアのへの支配をなくし、貧しさを理由にグァルに手を貸していた志願兵やその家族の命も保障すると言った。裏切れば即刻我々が赴くことになるさ。だが、送還された一万五千人の人々は今のところ無事だ。あの星は我々とやりあったところで勝てはしない」 


トゥアには近々、皇帝が赴くことになったという。独立を促し、グァルから離れて、第二のチェルム以上の、豊かな土地を与えるための同盟関係を結ぶという。だから、由美子の家族も殺されることはないだろうと言った。そして、ディア共和国にもツモの人々の使者をやって、友好的な話を進めるつもりだと言った。


「我々はずっと見守っているさ。この世界と、君たちを」


声は春風のように暖かく、優しかった。


ルルは大和と由美子に立つように促す。


「さあ、ひとまずなにもかも忘れて。チェルムが落ち着いたことと、お客様を迎えるために今日は宴会をしましょう。これまで亡くなった人へは、後日追悼を行います。今日の夜だけは楽しんでください」


だから外で支度をしていたのだ。お客様、とはタロウのことだ。


食べ物の匂いが室内にも漂っていた。

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