4-13

冷えた風が、頬を吹き抜けていった。


ティアが体を揺らす。気づくと、見覚えのある北方地帯の集落にいた。場をかき乱していた馬たちもいる。セト達の馬は、敢えて第二のチェルムに赴くことに協力してくれたのだろう。共にテレポートをして戻ってきたようだ。ツモの人々は、人ごとテレポートしたところで、禁忌にはならないのだ。


破壊された小屋を、人々が修理している。なぜか外で、食事の用意を始めている人もいた。もともとあった場所から別の宇宙空間へとチェルムが飛んでも、空気も景色も、なんら変わらない姿で存在している。空は青く、太陽もある。


ティアから降りて、タロウと一緒に様子を眺めていた。極限の緊張状態がとかれ、頭がぼんやりとしている。ここはミッカの村で、もうなにもない。なにもないのだ。そう思うと、一気に疲れが出た。


「これからグァルの人たちはどうなるんだ」

「知らぬよ。四方全てに力を持った五万ほどの軍を置いてきたから、太刀打ちはできんだろう。まぁ、星に戻って立て直すのではないか。土地は望み通りやって、グァルも降伏したのだ。あの世界で、好きに生きていける。問題はないだろう……今後また、殺戮さえ好まなければ」


領土を侵略すると意気込んでいた人々の前で、突然「領土をやる」と言われたのだ。


しかも、模倣された世界だ。彼らはどう思っているのだろう。


嬉しいのか嬉しくないのか。きっと腑に落ちない感情が芽生えているに違いない。


タロウの目に、金色の光が宿っていた。改めて立ち姿を見ると、背が本当に高い。


気づいたのか、タロウは回転して耳と尻尾のある姿に戻った。


「このほうがいいか」

「そうだな――そのほうがタロウらしい」


ルルが小屋から出てきて海斗に気づき、駆け寄ってくる。


「無事だったのね。よかった。ああ、本当に良かった。怪我をしているじゃない」


母親のように言って一度抱きしめると、右足に手を当てる。痛みが鈍く慢性化してい

たが、嘘のようにひいていく。ちゃんと神経が通い始めるのがわかる。


「消毒はしておかないと。うちに来なさい」

「ありがとうございます。みんなは無事ですか。あの時ダクが」


ルルは一瞬表情を変え、目を閉じる。なにかをこらえているような表情だ。


「あの時のこと、ダクのことはもう、なにも言葉が出ません」


こうしてなんとか助けられた命だ。一生懸命に生きる他ないように思える。


「傷の手当てをしてもらっておいで。私はちょっと出かけてくるよ」


タロウが去ろうとすると、「おぉ」と呻いた。子供たちがタロウのもとへ集まり、尻尾を掴んでいたのだ。珍しかったのだろう。払うのに苦戦している。


ルルの家に戻り、ちゃんとした手当てをしてもらった。目の前の家は全て壊され、更地になっている。ルルの家の外壁にも銃弾のあとがあり、扉は新しいものに変わっている。


リョクが相変わらず、テーブルの上でお茶を飲んでいる。


「よかった。おまえさんは戻ってくると信じていたよ」


静かに言った。聞くところによると、敵が自爆したあとさらにセッツア率いる敵がやってきて酷い混乱に陥ったが、直後にタロウの一軍がやってきてセッツアの首を刎ねたそうだ。だが、チェルムの人々はタロウを敵だと思ったらしい。


人々は警戒を解かず、怯えきっていたそうだ。タロウたちの記憶には、しっかりとブロックがかけられていた。崩すこともできたが、それをするとなにをされるかわからないという恐れから、人々はなにもできなかったそうだ。


タロウたちと最初に会話をしたのは大和だった。本来の姿であったため最初はわからずにいたらしいが、話すとすぐに正体を見抜き、チェルムの人々に説明をしたことで、その場にいた全ての人の警戒心が解けた。


「最初に協力を求めようとしたルルの判断は正しかった。私は内心で反発していたのだが。彼らが来なければ、今頃されるがまま、途方に暮れていた……小屋を破壊されるのも恐ろしかったが、空から飛んでくる物体も恐ろしいものだった」


リョクは体を震わせる。あの時瞬時にテレポートした人は、まだ帰ってこないという。


ルルは「ふふ」と笑った。


「タロウさんたちの模倣技術は、見応えがありました」

「おお。あれは凄かった」


場の雰囲気が明るくなった。リョクが海斗に模倣の説明を始めた。誰かに話したい思いもあったのだろう。リョクの話を聞きながら、見てみたかったな、と思う。


包帯をきっちり巻かれると、海斗は動けるようになった。足が若干、思うように動かない違和感もあったが、仕方がなかった。かなりの無理をしていたのだ。


テーブルについてリョクの正面に座ると、ムガ茶の入ったコップが瞬間移動をして目の前に差し出される。海斗もようやく一息つける気がした。


「でも、よかったのですか。大和の発案とはいえ、星ごとテレポートして」

「迷っている暇などなかった。それに、宙(そら)のことは我々にはよくわからんのだ。青い空と日のさすところで、争いなど起こらず暮らせればそれでいい。みんなそんな気持ちだった。もちろん中央の人間の承諾はあったが」


タロウとその側近だけ、やってきたその日にスーダに連れられ中央へ行ったそうだ。会議でテレポートが決まり、先にタロウたちだけ瞬間移動で帰ってきて、グァルという星の説明を始め、対抗策をみんなで考えだしたという。


窓から当たる日差しを見つめ、タロウが言っていた「太陽系の惑星はひとつではない」ということを思い出した。ここは地球のない太陽系の惑星なのかもしれない。


ノック音が響き、大和がやってきた。怪我をしていると聞いて様子を見に来た、と言った。そういう大和はもうすっかり調子がよさそうだ。


彼が存在しなかったら、チェルムは救えなかったかもしれない。仮にタロウたちが協力していたとしても、「惑星ごとテレポート」という発想がなければ、チェルムにもっと強烈な傷跡を残した可能性もあった。大和とタロウがいてこそできたことだ。

「桃京を少し見てきました。UNステーションにも行きましたよ」


言うと大和は笑った。


「どうでしたか」

「桃はとても美味しかったけれど……とりあえず、澤部さんに文句を言っておきました。あの人はただの国家公務員です」


さらに笑い転げ、急に真顔になる。ケインのことを考えているのだろう。今なら言えるチャンスかもしれない。海斗と同時に、大和もその名を口にした。そうして、悟ったようだった。


「力になれず、申し訳なかったです」


大和は悲しそうな表情をしたが、ゆっくりと首を振った。


「いえ、仕方がありません。協力ありがとうございました」


そうして続ける。


「グァルという星に捕えられたとも聞きました」

「危うく人間爆弾になるところでしたよ」

 

海斗は言い、遭ったできごとを話した。

ルルもリョクも、じっくりと話を聞いていた。時々慰めや励ましの言葉をかけてもらった。グァルとトゥアはディア共和国と繋がっているのだ。ディア共和国は、今回の件でツモの存在も知っただろう。懸念はまだ残っている。ディア共和国とグァルの動向がどうなっていくか、「模倣された第二のチェルム」を知って、ディア共和国はどう動くか、注意を払っていなければならない。


「チェルムは当分安全でしょう。タロウたちが背後にいるから」


海斗はみんなを不安がらせないように言った。


「ええ。ツモの方々がしばらく力を貸していただけるのなら、心強いです」


ルルが頷く。ツモとディア共和国がどういう関係になっていくか。


いいや。もう関係がないのかもしれない。再びこの地を襲ってくることは、ないだろう。本当のチェルムにかかわるときは、ツモを通さなければならないからだ。そしてツモの人々は、海斗個人にしてくれたように心優しくチェルムを見守り、これまでと変わらず支配することもないように思える。


ノック音が再び聞こえる。タロウが笑みをたたえて入ってきた。


「大和、お客さんだ」

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