第476話 なんで伯爵令嬢様と婚約できるんだッ?
ザック一家の方針が決まった昼下がり、夕食の仕込みを始めようと厨房が稼働し始める頃合いに、一階の食堂で注文した果実水を飲みながら休憩している。
柑橘系の果物の甘みに包まれて酸味が顔を出すと、口の中がサッパリとして喉ごしも心地よい。
そんなゆったりとした時間を過ごしていると、前触れもなくロウレスから声がかかった。
「エル、いたか! 久しぶり!」
角猛牛亭に入ってすぐ俺を見つけたロウレスは、威勢よく挨拶をしてきた。
これは聞かなくても分かるやつ、相変わらず元気そうだな。そんな感想が思い浮かぶ。
「わざわざ悪いね、来てもらって」
片手を上げながらロウレスに返すと、その後ろから胸に赤子を抱えた女性が付いて来ていた。フレデリカさんとレイラだ。
「一家で来たのか」
「稼ぎは悪いけどダンジョンは午前中で終わらせて、ついでにレイラを紹介しようと連れて来た」
「それは悪い事をしたな」
そしてレイラの顔は既に見ている。プニプニのほっぺも突いたしね。
「ノイフェスはこっちへ」
「ラジャーデス」
対面に座っていたノイフェスを俺の隣の席に移し、代わりにロウレス夫妻が対面に着席する。
足元にはフェロウ達が我関せずと、伏せた姿勢で寛いでいる。
「フレデリカが抱いているのが娘のレイラだ。 このふくふくとした頬にプニプニの手足! 世界一可愛いぞ!」
目に入れても痛くない。
心の底からそんな声が聞こえてそうなくらい、慈愛に満ちた目で愛娘を見つめつつ、過剰なまでに褒め称えていた。
「へ~。 それならフレデリカさんは何番目になったんだ、一番はレイラなんだろ?」
早くも親バカっぷりを発揮しているロウレスに、俺が何回転か捻りを加えた返事をすると、ハッとしたように二人で顔を見合わせる。
「ど、どうなのかしら?」
フレデリカさんも気になったようで、答えを急かすように問いかけていた。
返答に困ったロウレスは、「う……」とか「むー……」など、声にならない音を口から漏らしていた。
「どっちも世界一で良いんじゃないのか?」
と、助け舟を出すと、「そう! それだそれ!」と、天啓を得たかのように目を輝かせて思わず立ち上がるロウレス。
フレデリカさんは
因みにロウレスはその視線に気づいていないようだ。
帰ってから夫婦喧嘩をしないようにね。頼むよ。
「ぎゃーーーーんッ!!」
フレデリカさんの不機嫌な感情が伝わったのか、突如レイラが大声で泣き始めた。
「急にどうしたのかしら? お腹空いたの? おしめかしら? おー、よしよし……」
元気な子らしく鳴き声も大音量。
迷惑にならないよう食堂の外に出ようとするも、鳴いている子を抱きながらだと上手く立ち上がれずにいた。
「お母さんは落ち着いて! 他の客はいないから気にせずあやしていて良いよ!」
流石に気になったのか、受付に座っていたジェシカが声をかける。
それを聞いて落ち着きを取り戻したフレデリカさんは、ジェシカに向かい軽く頭を下げ、ゆりかごのようにレイラを揺らし始めていた。
あらゆる泣き止ませた手段を使いあやすも中々泣き止まず、眉を落とし瞳を潤ませるフレデリカさん。
隣に座るロウレスは、「どうすればいい?」とか「何手伝えばいい?」と質問攻めで逆にフレデリカさんを追い詰め、慌てふためくばかりで役に立たない。
そういえば、この間は頬をプニっとしたら泣き止んでいたなと思い、物は試しとテーブルに身を伸ばし、人差し指を一本突き出しレイラの頬へと近づける。
その様子を見てフレデリカさんは、揺らしていた動きを止め、背中をトントンと軽く叩きながら待ち構えていた。
再び赤ちゃんの柔らかい感触に触れると、レイラはそれを待っていたかのようにピタリと泣き止む。
何でだ?
「なんで頬を突いて泣き止むんだ?」
「俺にも分からん」
ロウレスの疑問には明確な回答を出せずにいた。
「あ、ありがとうございます」
フレデリカさんはレイラを抱えながら、首から上で頭を下げお礼をいうも、不思議そうな目で俺を見ていた。
だが新米とはいえ母親らしく、我が子の背中を叩く手は止めていない。
試行錯誤しながら頑張って子育てをして下さい。
そんな事を考えていたら、いつの間にかまた指を握られていた。
テーブルの向こうから身体を伸ばしているから、ずっとこの姿勢を続けるのはキツイんだけど……
「レイラを宥めるのが上手くたって、娘はやらないぞ!!」
と、嫉妬に駆られてロウレスがお冠だ。
零歳児相手に、可愛らしい以外に何の感情を抱けと?
そういいながら俺の指を掴んだ手を、剥がし始めるロウレス。
ロウレスが嫉妬しているし、やっと剝がれたと思いさっさと指を引っ込める。
「ぎゃーーーーん!」
指を引っ込めた途端に大号泣。
二人の視線は俺に注がれる。
仕方なくロウレスを見ると、諦めたように肩を落としたロウレスは、場所を譲ろうと静かに席を立つ。
俺も席を移り、レイラの頬を突く係りに専念する。
またもやすぐに泣き止むと共に、俺の指を握りしめるレイラ。
本当に何なのだろう。
また泣きださないようにと指はそのままにし、フレデリカさんは寝かしつけようとレイラをあやす。
「な、泣き止ませるのが上手くても、レイラはやらないぞ!!」
テーブルの脇に立ち、俺に向かって指差したロウレスが、そんな告白をしてきた。
何の宣言だよ。
女性とはいえ、流石に乳幼児に興味はない。断じてない。
「そもそも俺は婚約したばかりだ」
「それは本当か?!」
娘が取られないと理解したロウレスは、その言葉が希望の光にでも思えたのか、レイラロスの無い世界に目を輝かせていた。
だが残念ながらいつかは嫁に行くだろう。挫けるなロウレス!
「その報告をしようと思って、ロウレスに会いに行ったんだ」
友達には伝えておくべき内容だからね。
トーアレドまでは行かないから、フィールズ達には手紙でも出しておくか。
「相手はその隣の人か? でも使用人みたいな服着ているしなあ……」
他人の恋愛話に興味があるのかフレデリカさんの食いつきも良く、一言一句漏らさないように前のめりになっている。
フレデリカさんの興味が移ったという事は、レイラはすでに寝ているようだ。大泣きしたせいか、寝付くの早いね。
「彼女はノイフェス、パーティーの一員で服装は趣味みたいなものだ。 俺の婚約とは関係ないよ」
「でしたらお相手は?」
ロウレス以上に気になっているようで、フレデリカさんも口を挟んできた。
「ウエルネイス伯爵令嬢、キャロル様」
「「えええぇぇぇぇーーーー?!」」
大げさすぎると思えるほど、二人はこれ以上ないくらいに声を上げていた。
「なんで伯爵令嬢様と婚約できるんだッ?!」
「理由が知りたいです!!」
思わず声を荒げてしまうくらい、二人には衝撃的な告知に聞こえたようだ。
テーブルに身を乗り出すように前のめりになり、言葉は違うが二人して聞き出そうとする。
うん、二人は仲が良さそうで安心したよ。
因みに眠りについたレイラは、テーブルに柔らかい敷物を敷いて寝かせている。いつまでも抱いていたら、赤子とはいえ重たいしね。腕も疲れる。
隠す事でも無いし、詳しい経緯を説明する。それが目的だったしね。
説明を受けると、なぜか怯えたように肩をすぼめるロウレスが疑問を投げかける。
「な、なあ、お貴族様になるんだろ? だったらエル様って呼ばないといけないのか?」
「それは止めてくれ、いつも通りで頼む」
ロウレスに畏まられたら、なんだか鳥肌が立ちそうな気がする。
それ以外にもお互いにどんな生活をしていたかを報告し合い、レイラが目覚めるのを切っ掛けにお開きにする事にした。
帰る前に渡す物があると、コイルスプリングマットレスをお土産に二つ取り出す。流石に嵩張る荷物だからとロウレスの自宅の玄関先まで届けに行き、そこで解散となった。
「赤ちゃんは可愛らしいけど、泣き声が凄かったね」
「なかなかの音量デス」
ダンジョンで赤子を見る機会など無いから、ノイフェスは一言も話さず人間観察に取り組んでいた。視界からレイラがいなくなったから、ようやく口を開いたようだね。
そういえばザック一家には貴族になるとは伝えたけど、婚約の件は話忘れていたかも。
転生冒険者?~ぼっち女神の使徒に~ 黄昏 @T-T----
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