第475話 ゼノビアさんはガチだった?

 あくる日。


 ザック一家に話しがあると前もって伝え、遅い時間帯に朝食をいただく。


 宿の客に提供している朝食時間が終わり、昼の営業に向けて仕込みが始まる時間帯となる。

 その仕込みを他の料理人に任せてたザックさんが、食堂へと顔を出す。

 俺が座っているテーブルの空いてる席に、ドカリと腰を落とし話しを切り出す。


「エル、話があるって領主さまから聞いたのか?」

「独立の話しを促せといわれたな」

「オレは反対だ!!」


 強い意志を込めて、威勢良く言い放つザックさん。


「わたしも反対するわよ。 経営面からいっても、エルくんの商会から抜けるのはあり得ないわね」


 そう言いながら現れたゼノビアさんは、椅子を静かに引いてザックさんの隣に座った。


「エルの商会に世話になってなきゃ、いまでも屋台で肉を焼いていただろうしな!」


 縁も所縁もないミスティオでラッシュブル肉を料理したいからと、心機一転、屋台で資金調達から始める予定だったしね。

 そう考えると、まだ店舗を購入する資金を集めている頃か。


「食堂の評判だって、エルくんに調理法を教えてもらった人気料理もあるし、宿に至っては数々の魔道具を併用しての売り上げよ。 それが無い状況での再出発は考えれないわ」


 俺の魔道具無しでは生きていけないような発言はどうかと思うけど、ゼノビアさんは合理的に考えてエル商会の参加から抜け出せないと考えているようだ。

 まあ、俺がダンジョンで集めた魔道具を売りに出す予定は無いし、自分たちが借り受けている物だというのはしっかりと認識しているようだ。


 そうなると最後の一人の意見はどうかな?


 全員の視線がジェシカに向かう。


「わたし? わたしはどっちでも良いかな」


 開いてる席が一つしかなく、俺の隣に座りなが応えるジェシカ。

 何とも言えない回答だが、売り上げが赤字になったり苦労をしていないからそんな台詞が出るのだろう。


「ジェシカはもっと苦労した方が良いかも知れない」

「エルくんのその意見には賛成だわ」

「えぇーーッ?! ちょっとお母さん、やめてよね!」


 ゼノビアさんが賛同すると、ジェシカが不満の声を上げる。

 それを聞きつけたゼノビアさんは、「甘やかせすぎたかしら」と、小さな声で愚痴を零していた。


「ジェシカは置いといて、ザック夫妻は独立反対でいいね?」

「ああ、これだけ世話になっておいて、裏切るような真似はできん! オレは最後までこの店の厨房を預かるつもりだ。 何度も断っているのに、なんて話をエルにするんだ!」

「そうよねえ~。 移住早々に住む所まで用意してくれたのに、恩を感じない訳が無いじゃない」


 かなり前から打診が何度も行われた様で、ザックさんは大層ご立腹な様子。怒りを露わにしていないけど、ゼノビアさんも似たような表情を見せている。

 ジェシカだけが、何処か他人事のようにお気楽な様子が伺える。


「分かりました、この宿は独立しないとグレムスには伝えますし、了承させますね」

「おう! 是非そうしてくれ!」

「お願いね、エルくん」


 俺が切り出した話だけど、断ると決めると二人の憤りもおさまったようだ。独立話が無くなれば、怒る理由もないのだろう。


「ただ、独立を見越したのもあるけど、ザックさん一家に商業権は渡す事は決定してます」

「そうなのか?」

「そうなんです。 せっかくだからザックさんではなく、その次の世代を独立させるのはどうですか?」


 そう提案するも、すぐには理解が出来なかったようでキツネにつままれたように唖然とした表情を浮かべていた。


「それは良いわね! ジェシカにも成長の切っ掛けになるわ!」


 いち早く理解したゼノビアさんは機を見るに敏といった様子で、先ほどの甘えを削ぎ落す良い機会と捉えたようだ。


「え? えぇっ?!」


 安堵したのもつかの間、突如、自分の名前が挙がって狼狽えるジェシカ。


「ヨアヒムも下地があるから呑み込みも早い。 すぐにでもとは行かねえが、一端に厨房を任せられるくらいには育っている!」


 賛同するようにザックさんも、ゼノビアさんの援護をする。

 ザックさんがそういうなら、他の庶民向けの店で料理長レベルはあるのではなかろうか?


「それなら近くで宿にできそうな物件を探しましょうか」

「良いわね。 客の取り合いにならないよう、こちらは高級志向に切り替えましょう。 冒険者向けの値段設定だったけど、お風呂も用意されているし羽毛布団にマットレスも導入していて、宿の質はかなり高いのよねえ」


 ゼノビアさんの基準からしても、相応の値段にする良い機会と考えたようだ。

 この流れだと、ジェシカは宿の看板娘から女将にジョブチェンジしそうだ。


「でもまたエルくんにお世話になっても良いのかしら?」

「まあ、角猛牛亭の独立が領主の依頼ですから、それを叶えるためですし労は惜しみません」

「ここほど凄い物件じゃなくて良いわよ。 まずは食堂を切り盛りできるか試してからよ」

「あらかじめそれなりの物件を用意して、宿の開業は折を見て。 で、良いんじゃないですか?」

「それなら焦らなくても良いわね。 人を雇って育てる必要もあるし……」


 冗談交じりで別店舗を構える流れに乗っかると、ゼノビアさんは本気で意見を述べているように思える。


「宿だと洗濯物は多いし、それならここの魔道具を利用するのは?」

「どちらの従業員が荷物を運ぶのか決めて、利用契約を結ばないとね」


 そんなやり取りを見て、次々と決められていく自分の将来に、ただただ戦々恐々とするジェシカ。


「えぇ―――――ッ?!」


 年若い乙女の絶叫が食堂に響き渡った。




 茫然自失な様子で聞き流していたように見えたジェシカは、気を取り直して自分の意見を押して来た。


「お風呂も借りられないかな?」

「ダメよ。 高級宿の売りだもの」


 にべもなく断るゼノビアさん。


「ジェシカ個人が貰い湯に来る程度なら良いよ。 お客はダメかな」


 少しだけ助け舟を出してやる。


「ヨアヒムといつか産む子も良いのよね?」

「それはもちろん」

「そ、それなら良いわよ」


 なぜか納得したようだ。

 ここで生活している内に、お風呂好きになったのかな?


 俺が許可を出すと、一家で貰い湯くらいは良いと判断したようで、ゼノビアさんからも反対の声は上がらなかった。


「それでゼノビアさん、どこまでが本気なんですか?」

「全部よ。 これから物件を見に行きましょうか」


 俺に向けてニコリと微笑みかけるゼノビアさん。まぎれもなく目が本気だ。


 ゼノビアさんはガチだった?!




 その後、商業ギルドに物件を見に行くもちょうど良い物件は見つからず、少し離れた場所にある、食堂に向いている物件を購入してきた。


 そして商業ギルドの職員に笑顔で圧力をかけるゼノビアさんは、領主の意向という言葉を巧みに使い(実際そうだから問題ないとは思うけど)、角猛牛亭の近所の賃貸物件の契約更新を断らせて、その土地を買い上げる計画を立て始めた。


 広い土地を確保して宿に立て直すつもりらしい。

 その間に人材確保や教育を行う計画を立てていた。



 冗談ではなく、本気でジェシカの独り立ちを目論んでいるようだ。

 所有者が俺になるから、賃貸物件として家賃を取るけど、そこは流石のゼノビアさんも手加減をするようで、「家賃が低くてごめんなさいね」と頭を下げている。

 貸す相手はジェシカだし、異論はない。ゼノビアさんの気の済むようにやってくれと応えておいた。

 まだグレムスから商業権を受け取っていないし、ジェシカが代表に慣れないから手続きの上でも仕方のない事。


 娘を世間の荒波に揉ませるつもりみたいだけど、親として手放せない部分もあるようだね。

 だが俺経由の調味料がある事を話題に上げなかったのは、ゼノビアさんの厳しいところなのかな?


 あとはこの内容をグレムスに了承させるだけだが、ゼノビアさん曰く、そこは俺の役割らしい。



 最後は丸投げかいっ。




 因みに、角猛牛亭ミスティオ店の将来はどうするのかというと、ジェシカが二人以上子供を産んだら、一人をこちらの後継者にするつもりらしい。


「わたしも二人育てているし、ザックもまだまだ現役でやれるわよ」

「おう! 任せておけ!」


 ゼノビアさんも精力的に活動をしているし、ザックさんも腕を磨き上げた料理人として、厨房で辣腕を振るっていて頼もしい限りだ。

 せっかくザックさんの元で修行をしたヨアヒムが、俺の商会の下で雇われ店長になるくらいなら、ジェシカと一緒に独立して、一国一城の主として腕を振るった方が張り合いもあるだろう。

 エル商会の宿部門は、将来の見通しも明るいようだ。


 グレムスとしても、領外から人を呼び寄せる計画だから、食堂が増えるのに反対はしないだろう。納得するかは別だけどね……


 一抹の不安が胸によぎる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る