第474話 形に残る物……例えば?

 さて、きょうはロウレスの様子を見に行く予定にしている。むこうの都合は聞いていないけどね。

 冒険者パーティー【大地の咆哮】のメンバーとしての活動は続けているらしいし、日中は居ない可能性が高いから、空いている日を聞きに行くだけになるかも知れない。


 結婚祝いで三年間は家賃の面倒を見ているから、ロウレスの住居は知っている。その道順を思い出しながら通りを歩く。

 初めて訪れた街とあって、ノイフェスは興味深げに周囲の観察に余念がない。

 お上りさん丸出しだけど、王都から来たのだからお下りさんとでもいうのだろうか? いや、下り物だったか?


 俺も王都に初めて行った時は、こんな風だったのだろうか。

 人の振り見て我が振り直せじゃないけど、いま思うと恥じる気持ちでいっぱいになる。


 到着したロウレス夫妻の借家から、さっそく赤子が元気に泣いている声が、家の外まで聞こえてきている。

 その最中に悪いなと思いつつ、家の中へと声をかける。


 泣き止んでから声をかけても、それが切っ掛けで泣き出すかも知れないし、どっちにしろ迷惑になるのだから早い方が良いだろう。

 泣き止むタイミングを見計らうなんて、いつその時が訪れるか分からないしね。


「こんにちはー。 おーい、ロウレス」


 なぜか俺が声をかけると赤子の泣き声が止み、しばらく待つと元冒険者ギルドの受付嬢、フレデリカ夫人が赤子を抱きながら玄関を開けていた。


「はーい、どなたー?」

「こんにちは、フレデリカさん」

「あっ! 冒険者の……?」


 俺の顔を見て小首を傾げつつ、思い出そうと努力している様子を見せるフレデリカさん。


 うん、俺の名前は憶えられていないようだ。

 冒険者ギルドでも比較的目立つ方だと思っていたけど、興味の無い相手の事なんて名前すら知らないよね。

 まあ、その分ロウレスと子供に愛情を振り切ってくれれば良いけどね。

 ロウレスの幸せに比べたら、俺の知名度なんて些細な問題だ。

 たっぷりと時間を使っても思い出しそうにないので、改めて自己紹介をする。


「ロウレスの友達のエルです。 きょう、ロウレスは?」

「パーティーメンバーと一緒にダンジョンに行っているわ。 いつも通りなら、帰りは夕方になると思うけど……」


 留守だったか、まあ仕方がない。


「それならまた日を改めますが……、ロウレスが休みの日はありますか?」


 約束無しに会えるとは思っていなかったし、当初の予定通り約束を取り付ける事にしよう。


「何日かに一度休みを取るけど、これといって決まった日は無いわ」


 休日はその日の気分で決めているようだ。

 この日に約束というのも難しそうだな。


「それなら数日間は角猛牛亭に泊っているので、冒険帰りにでもエルが寄って欲しいといっていたと伝えてもらえますか?」

「ええ、分かったわ」


 ありがとうございますとお礼をいって立ち去ろうとすると、赤子が俺の方に手を伸ばして「あ゛あ゛ぁぁぁぁーーッ!!」と、火が付いたかのように泣き出した。


 ……なぜだ?


「急にどうしたのかしら? おー、よしよし」


 抱いている赤子を上下に揺らしながら、泣き止ませようと必死になるフレデリカさん。


「大丈夫ですか?」


 引き返して声をかけると、なぜか赤子の泣き声のトーンも徐々に下がり、次第にぐずぐずと収まっていた。

 赤子おみると思わず頬を突きたくなるのは人間の性なのか、例にもれず俺も反射的にプニプニとやってしまうと、赤子はその指をグッと掴んで離さない。


 振り解くのは簡単だけど、その後泣き出しそうな気がして下手に振り解けない。


 しばらくフレデリカさんがあやしながら、俺の指を握っているのに安堵したのか、赤子はいつの間にか夢の中へと旅立っていた。

 これでようやく解放されると指を一本一本慎重に剥がし、起こさないようにそっと指を引き抜いた。


「寝付くまで付き合わせて、ごめんなさいね」

「ロウレスの子だし良いですよ。 それより、この子の名前を教えてもらっても良いですか?」


 再会後の話題のネタにロウレスから聞き出そうかと思ったけど、この際だからフレデリカさんから聞いておこう。


「この子はレイラっていうのよ」


 名前からして女の子かな。


「いい名前ですね」

「二人に共通したの文字を入れたかったの」


 そう名前を告げたフレデリカさんは、胸の中で眠っているレイラに優しく微笑みかけていた。

 確かに、そういった名付けをすると二人の愛の結晶だとより認識できそうだ。愛情もたっぷり注がれていそうだね。

 現にフレデリカさんのレイラを見つめる目は、慈愛に満ちているしね。


 ロウレスは「レイラは嫁にやらん!」とか、親ばかっぷりを発揮しそうだな。


 因みにレイラちゃんは、どちらかというとフレデリカさん似で、ロウレスの遺伝子はどこに行ったのか探すのが大変そうだ。

 でもそのお陰で、将来は可愛らしい系の美人に育つのが保障されたも同然だ。


「伝言の件よろしくお願いします、それでは失礼します」

「ええ、お気をつけて」


 ロウレスには会えなかったけど、フレデリカさんとはレイラをあやした連帯感が生まれたな。おかげで伝言を快く受け入れてもらえたしね。


 取り敢えずフレデリカさんは、ロウレスの事を憎からず思っているようで、二人の仲は順調そうで安心した。

 ロウレスがおバカな事をいって、夫婦の関係に溝を作ってないか心配していたところだ。


 レイラが泣き出した理由が分からないけど、あやして寝てたから空腹やおしめではないとは思う。


 ほんとうに何だろうかと疑問に思いつつ、角猛牛亭へと引き返す。




「エル、領主様が来ているわよ」


 帰った途端にジェシカにそういわれ食堂を見ると、グレムスが席に着き水の入ったコップを傾けていた。

 確かにコスティカ様に依頼されて王都に向かうグレムスの護衛の仕事を受けて、出発日を確認しようとグレムスに渡りをつけたところだというのに、なんとういうフットワークの軽さ。当主自らお越しとは。


「お待たせしました」

「ああ、エル。 話は聞いている。 護衛の件だな?」


 以前、美容魔法使いでお邪魔した時と違い、落ち着いた雰囲気を見せるグレムス。ボーセル前伯爵じいさんから教育を受けた効果が出たのだろう。


「そうですね、出発はいつになりますか? あとそれに伴う編成も伺いたいです」

「以前のように少数で向かおうと思う。 騎士は六人程度を予定してくれ」

「帰りの護衛依頼はこちらの予定にないので、そのつもりで編成してくださいね」


 復路の護衛は自前で何とかしてくれと、あらかじめ伝えておく。


「出発は一週間後だ」

「分かりました、予定しておきます」


 軽く打ち合わせが終わると、真剣な面持ちになるグレムス。

 言葉にし難いようで顔を渋くさせているが、意を決したように口を開く。


「それと、エルに了承を得る事がある」


 重々しく開いた口からは、そんな台詞が飛び出した。


「何でしょうか?」

「ザック一家には商業権を発行する予定だ、いずれエル商会の中から独立させる予定だ」


 爵位を賜ったらミスティオに中々来れなくなりそうだし、エル商会から角猛牛亭を切り離すのは別に構わない。

 もともと宿屋を切り盛りしていた実績のある親子だし、俺の庇護下じゃなくても十分やって行けるだろう。


「ザックさん達が前向きに了承しているのなら、俺に否やはありません……が、どうしてそうなったんですか?」

「これだけの繁盛店が税金免除だとな……」


 税収の問題かよっ?!


 まあ、食堂は行列ができるほどだから売り上げは好調だし、そんな店から税金を徴収できないとなると、領主としては見過ごせないのか。

 コッコ舎にまでは言及していないから、良しとするか。


 あと、じいさんの教育の効果が、もう剥がれ始めてる気がするぞ?


「ザック一家の意向を確認しないといけないので、結論は待ってもらっても構いませんか?」

「ああ、打診はしてあるが色よい返事は貰えていない。 どうにか頼む」


 説得は俺がするのかよ?!


 完全に剥がれ落ちたな。

 まあ、そこまで話しが進んでいるなら、一応は確認してみるけど。


「話しがどう転ぼうとも、ザック一家に商業権は出しますよね?」

「まだ数年だが実績を積んでいるからな、それは確約しよう」


 無理に独立を薦める訳じゃないけど、一応話はしてみるか。

 変な貴族の客が来るっていうし、これを機に領主の家紋でも掲げさせてもらえるように交渉するかな。


「それとは別に相談があるのだが……」

「はあ、相談ですか……。 何でしょうか?」


 話しが進むにつれ、グレムスの評価がストップ安を限界突破して行く気持ちになる。


「これから社交界のシーズンを迎えるのだが、エルが話したようにミスティオに人を呼ぶにはどうしたら良いものか」


 王都から見ても北の端っこに位置するから、レージング湖の観光で訪れる人以外、ミスティオまで足を運ぶ人はいないんだろうね。街道周辺でも魔物が出て危ないし、気軽に旅行に行けるような場所じゃないからね。


「それなら、社交界で口頭で説明しても忘れ去られる可能性が高いし、形に残る物を用意したら良いんじゃないですか?」

「形に残る物……例えば?」


 少しは考えようよ……


「ここでしか食べられない物があるのだから、それを紹介した冊子を作るのはどうですか?」


 貴族同士が社交界でミスティオの良さをアピールしても、いままで殆ど立ち寄らなかったのだろうし、何か印象に残る物か後から思い出せる物を渡した方が良いよね。


「すまん、具体的に頼む」


 素直に聞けるのは良いところなんだけど、どちらかというと頼りなく思える。


「街にある評判の店を、読者が訪れたくなるように紹介した冊子。 その名も【ミスティオガイド】なんてどうでしょうか?」

「形に残る冊子【ミスティオガイド】か……試してみる価値はあるな」


 試すのは良いけど、出発は一週間後なのを忘れていないか?

 果たして間に合うのだろうか?

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