第473話 何の魔道具かしら?
ゼノビアさんにコイルスプリングマットレスを渡そうとしたら、余裕で拒否られた。
預けてあるマジックバッグの容量では、とても賄いきれない数があるからだ。
マットレス、嵩張るしね。
ザック一家の分だけ受け取って、翌日から随時客室のベッドに導入する予定で、客が出払った空き部屋にまとめて出して、従業員総出で入れ替え作業をするという事になった。
これがお土産といわれて、ジェシカはがっかりするかもしれないが、寝れば分かる!
そう思いながら部屋へと戻り、翌日、遅めに食堂へ向かい朝食を済ませる。
そろそろ客も出払った頃を見計らって、ゼノビアさんが声をかけて来た。
「エルくん、マットレスをお願いして良いかしら?」
「分かりました。 どの部屋に出しますか?」
「四人部屋にお願いするわ」
ゼノビアさんが先導して、チェックアウトが済んだ四人部屋へと導かれる。
「隣の四人部屋も使って構わないわ」
流石に宿屋一棟分のマットレスは一部屋には収まらないか。
すし詰め状態にすれば入りきるだろうけど、取り出し難くて効率が悪くなるから、ある程度の高さまで積み上げたら隣の部屋も使って、空き部屋をマットレス一色に塗り替える。
「こんな良い寝具を使っているのだから、宿代も上げた方が良いかしら?」
「王都の角猛牛亭は近隣の宿屋との兼ね合いで、かなり値上げをしているよ」
二度も値上げしていたから、元値の数倍になっていたしね。三年分を先払いしていて良かった。まあ、差額を請求されたら、きちんと支払うつもりではある。
「同業者のご近所さんとは仲が悪い訳じゃ無かったのに、ズワルトは虐められているのかしら?」
「そうじゃなくて、ズワルトの腕が良くて食堂が人気になり過ぎて、他の宿の客を取ってしまうから、ご近所さんと調整した上で値上げを決めたんだよ」
息子夫婦を心配した様子を見せるゼノビアさん。
ズワルトの名誉の為に円満値上げなんだと、理由をしっかり説明しておく。
ってか、家族への手紙に書いたりしていないのか?
「そうなのね、あの子一言もそんな事いってなかったのに……」
「王都の角猛牛亭も順調にやっているから、取り立てて書くような事じゃ無かったんじゃないかな?」
なんで俺が弁明しているのか分からなくなって来た。
「本人から説明するよう手紙を書いたら? 王都に向かう時に届けるから」
「エルくん、お願いできるかしら?」
「数日は滞在しているから、それまでに書いてくれたら良いよ。 ジェシカの手紙も届けるから、書くように伝えてもらえる?」
「そうね、ジェシカもお友達に手紙を出すでしょうしね。 でもよく泊まりに来るラナちゃんに手紙を預けていたから、定期的に送っていると思うわよ」
ラナがミスティオに配達に来た時は、やっぱりここに泊っているのか。
「これからはいつも使っている部屋じゃなくて、隣の鍵を渡してね」
「ラナちゃんはエルくんの部屋とは別にするって事かしら?」
そろそろラナも自分の部屋を持たせないとね。
成長してきたラナを、独り立ちさせるためには必要な区別だと思っている。
すらっとしたラナも、そろそろ大人びてくる年頃だし、いつまでも異性と同室って訳にはいかない。
「ああそれと、こういう魔道具があるから宿で使ってみて」
「何の魔道具かしら?」
「ここから暖かい風が出る魔道具で、風呂上りに髪を乾かすのに使えると思って持ってきたよ」
以前、グライムダンジョンで宝珠を開けた時にでた魔道具を二つ手渡した。
「魔石交換型だから使うのに料金を取るか、風呂代に含めるかは任せるよ」
「これも簡単に持ち運びができる魔道具ね。 わたしたちが見てる前で使うようにしないといけないから、その都度料金を支払う方式になるわね」
盗難防止に監視する必要があるか。
いっその事、あらかじめ風呂代に含めておいて、こちらで髪を乾かした方が良さそうだね。
前世で使っていたドライヤーと違って、モーターやファンが轟音を鳴らしたりしないから、シュコーっと風が吹き出す音はしても、機械の稼働音みたいな騒音は一切ないんだよね。流石魔道具。
そんな説明をすると……
「参考にさせてもらうわね。 使い方はおいおい決めるわ」
王都でも宿を切り盛りしていた経験のあるゼノビアさんに、取り扱いは任せた方が良いね。
宿の方はこれくらいにして、コッコ舎や菓子店の様子も見て回ろう。
そう思いルドルファイを探しに事務室へと戻る。
「ルドルファイ、ここに居たか」
「あ、オーナー?! お久しぶりです」
特に連絡も入れてないから、突然の登場に慌てた様子を見せている。
ゼノビアさんも人が悪い。昨日の内にルドルファイには伝えておけば良いものを。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者の依頼で立ち寄っただけだから、顔を見に来たのとコッコ舎とかの様子を聞きにね」
「そうですか、コッコ舎は頗る順調です。 菓子店も売り上げは大きくありませんが、赤字にはなっていませんし売り上げも徐々に上がっていますので調子は悪くないかと」
「問題無さそうだね」
ベルナデットに任せたお店も順調なら心配は要らないか。
コッコ舎は初期費用と人件費はかかっているけど、原価や維持費が相当低いから、卵や加工品の売り上げが少しでもあれば余裕で黒字になる。それに、当初から定期購入客が付いているから一切心配はしていない。
「人員や設備に不備は無い?」
「羽毛布団が常に枯渇しているくらいですね」
「コッコから無理やり羽根を毟ったりしてまで、羽毛布団の生産をしなくて良いからね」
「分かりました」
「コッコのすべてを理解している訳じゃないし、それで卵を産まなくなったら元も子もないしね」
ラッシュブルに村を荒らされてから、卵の生産量が戻るまで相当時間がかかったようだし、ここのコッコ舎も羽根を毟る事で、コッコが人間に恐怖を覚えて卵を産まなくなる可能性はある。
羽毛布団の生産強化より、主力の卵販売が消える方が怖いからね。
「そうなったら卸先にも迷惑がかかるので、羽毛布団の生産はこれまで通りに致します」
そうしてくれ。
たぶん卵を産むようにさせるには、フェロウ達の説得が必要になるだろう。俺達が来ない限り、コッコは卵を産み始めないと思う。
最悪の事態は避けるように、ルドルファイの方針も切り替わったようで一安心だ。
「羽毛布団の売れ行きは、そんなに良いの?」
「お忍びで食事に来られた貴族が角猛牛亭を気に入り、こっそり泊まりに来て羽毛布団を知ったようで、販売せよと迫る事があります」
お忍びで来たのに貴族風を吹かす連中がいるのか。
「どうやって対処しているの?」
「ご領主様に連絡を走らせ、到着されるまで時間を稼いでいます」
それは大変だな……
彼らを守るためにも、俺の権力が必要になるのかも知れない。
爵位を捥ぎ取って正解だったかも。
ルドルファイには伝えておくか。
ド平民のザック一家に伝えると身構えるかと思って、正式に授かってから報告するつもりだしね。
「これからは貴族がオーナーだといって突っぱねて良いよ。 もちろん領主にも協力は仰いでね」
と、近々爵位を授かる事を説明しておく。
「そういえば社交界のシーズンになりますね、参加されるのですか?」
「爵位を貰いに式典だけはね」
「そうですか、おめでとうございます」
「爵位を授かっても大して変わらないし、いままで通りで頼むよ」
「畏まりました、閣下」
「閣下呼びは止めてくれ、オーナーのままでお願い」
流石にそれは、背筋がむず痒くなるので止めてもらった。
ルドルファイに揶揄われたのだろうか。
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