あなたの瞳に映る花火

あなたの瞳に映る花火

 ナルフェック王国、王都アーピスにて。

 この日は王太女ディアーヌ・ルナ・ガブリエラ・ナタリー・ド・ロベールの結婚式で一段と賑わっていた。

 今年十七歳になるディアーヌは、アトゥサリ王国の第一王子アルフォンス・ユベール・フォン・ハプスブルクと結婚するのだ。

 昼間はパレードや催し物、そして夜は花火が打ち上がるので、この日の王都や王宮は1日中盛り上がっている。


 そんな中、離宮は王都や王宮とは違い、静かで穏やかな時間が流れていた。

「ディアーヌとアルフォンスは今頃王宮のパーティーで忙しいでしょうね」

 ミステリアスで上品な笑みを浮かべ、黒のナイトを動かすのはルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌ・ド・ロベール。生前退位したナルフェックの前女王で、現在は臣籍降下し女大公の位を賜っている。しかし、領地を賜ることはなく、離宮で夫とのんびり暮らしている。それなりに年を重ねてはいるが、月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪にはまだ艶がある。そして神秘的なアメジストのような紫の目からは、女王として政治に関わった経験からか何でも見通せそうな雰囲気が漂っている。

「そうでしょうね。ルナ様と僕の結婚式の時も、挨拶に来る人が大勢いてその対応に追われていましたね」

 当時を懐かしむように微笑み城のルークを動かすのは、シャルル・イヴォン・ピエール・ド・ロベール。ルナの夫である。太陽の光に染まったようなブロンドの髪にサファイアのような青い目で、それなりに年を重ねているが溌剌として若々しい印象だ。

「十五歳で女王として即位、十七歳でシャルル様と結婚……あの頃は、色々と必死でしたわ。こうして今日、孫の結婚式を見ることが出来るなんて想像もしておりませんでし」

 ルナは懐かしそうにアメジストの目を細めた。

「ですが、ルナ様は全然そうは見えませんでした。いつも堂々としていて余裕がありそうに見えましたよ」

 シャルルは優しくサファイアの目を細めた。するとルナは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「ええ。相手にそう見せることや、化かし合いは得意ですから。はい、チェックですわ」

 チェスの駒を互いにどんどん進め、相手の駒を取るなど攻防戦は激しくなっていた。

「ルナ様は、色々と国にとって有益な政策を進めていましたが、やはり犠牲になってしまう方々はいましたね」

 シャルルはほんの少し悲しそうな表情だ。

「全てを選び取ることが出来る程、世界は甘くありませんわ。どうしても犠牲は出てしまうもの。ですが、シャルル様が犠牲にならざるを得なかった方々のフォローをしてくださったお陰で、この国の平穏は保たれているのですわ。わたくしはシャルル様にずっと救われておりましたのよ。本当に、ありがとうございます」

 ルナは真っ直ぐシャルルを見つめていた。

「ルナ様は狡いですよ。そんな言い方されてしまったら、僕は何も言えません」

 シャルルは苦笑した。

 その時、ルナは黒のビショップを動かす。

「チェックメイトですわ」

「あ! いつの間に……」

 シャルルは目の前の盤上を見てサファイアの目を大きく見開いた。ルナはふふっと上品に微笑む。

「またわたくしの勝ちですわね」

「いつかはルナ様に勝ちたいものです」

 シャルルは穏やかに微笑んだ。

 その時、花火が打ち上がり、夜空は明るく輝き始めた。

「始まりましたわね」

 ルナは窓の外を見て微笑む。

「ルナ様、外に出ましょうか。庭園で花火を見ましょう」

 シャルルがそう提案すると、ルナは頷いた。






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 左右対称、幾何学的で人工的な造りの庭園。これはナルフェック王国というより、その前身でこの辺一体を治めていた古代の神聖アーピス帝国の様式である。ナルフェック王国は神聖アーピス帝国時代の中心地であった。


 ルナとシャルルは、護衛を付けて庭園をしばらく歩き、花火がよく見える位置のベンチに座る。

 ヒュー、ドン! という音と共に、夜空には明るく色とりどりの花が咲く。

「美しいですわね」

 ルナは品良く微笑む。アメジストの目はキラキラと輝いていた。

「ええ、とても綺麗です」

 シャルルも嬉しそうに色とりどりの花が咲く夜空を見上げている。サファイアの目も、キラキラと輝く。

 二人は穏やかに花火を眺めていた。

 シャルルはふとルナの横顔を見る。ルナは穏やかで上品な笑みを浮かべながら夜空に輝く花火を見ていた。そしてアメジストの目にも、美しく色とりどりの花が咲く。

(ルナ様の瞳に映る花火も……美しい。……本当に、このお方が僕の妻で良かった)

 シャルルは眩しそうにサファイアの目を細めた。

「シャルル様、どうかしまして?」

 ルナはシャルルの視線に気付き、首を傾げる。

「ああ、いえ……」

 シャルルは再び夜空を見上げる。

「ただ、綺麗だなと思って」

 シャルルは口元を綻ばせた。ルナは何も言わず、上品な笑みを浮かべる。

 花火が打ち上がる度、シャルルのサファイアの目の中にも明るく賑やかな花が咲く。

(シャルル様の瞳に映る花火も、とても美しいわね。シャルル様がわたくしの夫で、本当に良かったと思えるわ)

 ルナは穏やかな笑みになり、再び夜空に目を向けるのであった。

 明るく賑やかな夜空とは裏腹に、ルナとシャルルの間には凪のような穏やかな時間が流れていた。


「お祖母ばあ様、お祖父じい様」

 不意に、声が聞こえた。ルナとシャルルにとってよく聞き覚えのある声だ。

 ルナは声が聞こえた方向を見て微笑む。

「あら、ディアーヌ。パーティーはどうしたのかしら?」

「この時間は休憩でございますわ。また新しいドレスにも着替えますし」

 ディアーヌは品良く微笑む。まだ十七歳の若さだが、王族としての風格がしっかりと出ていた。

 ルナと同じように真っ直ぐ伸びた、月の光に染まったようなプラチナブロンドの艶やかな髪。アメジストのような神秘的な紫の目。これはナルフェックの王族の特徴だ。そしてスラリとした長身の、彫刻のような美しい少女である。

 そして彼女の隣にいるのがアルフォンス。

 星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪に、タンザナイトのような紫の目。これらはアトゥサリの王族の特徴である。彼はディアーヌより1つ年上で、優しげだが頼り甲斐のありそうな顔立ちの少年だ。

 2人の後ろには護衛もいる。

「アルフォンスくん、この国にはもう慣れたかな?」

 シャルルはかつて王配として迎え入れられた自分と同じ立場のアルフォンスを気にかける。

「はい。国王陛下と王妃殿下、そして女大公閣下と大公配閣下を始め、皆様が私を受け入れてくださり感謝しております。これからは、いずれ女王となるディアーヌ様を支えて、共にこのナルフェック王国を発展させていきたいと考えております」

 ビシッと真面目な表情で、タンザナイトの目を輝かせるアルフォンス。

「アルフォンス様は真面目ですわね」

 ふふっと悪戯っぽく微笑むディアーヌ。

「それだけが私の唯一の取り柄です」

 明るい笑みを浮かべるアルフォンス。

「では、ディアーヌ、アルフォンス、一つ良いかしら?」

 ルナはディアーヌとアルフォンスを真っ直ぐ見つめる。

「はい、お祖母様、何でしょうか?」

 ディアーヌは不思議そうに首を傾げている。

「これはディアーヌには何度も言っておりますが、清廉潔白なだけでは王族や貴族の役目が務まりませんのよ。時には狡猾な手段を取ることや、手段を選ばないことも必要ですの。清廉潔白なだけなら、野心を持つ他国や国内の貴族に潰されてしまうこともありますのよ」

 ルナのアメジストの目は真剣だった。そしてかつて女王として国を治めた風格もある。

「はい、わたくしはその覚悟も出来ております」

 ディアーヌのアメジストの目は強く輝く。いずれ女王となる覚悟が感じられた。

「私も肝に銘じておきます。ありがとうございます、女大公閣下」

 アルフォンスも覚悟を決めた表情である。

「それなら安心ですわ」

 ルナは優しげにアメジストの目を細める。

「そうだ、ディアーヌもアルフォンスくんも、少し時間があるのなら、ここで花火を見ると良いよ」

 シャルルは優しくサファイアの目を細める。

「ええ、そういたしますわ、お祖父様」

「お心遣い、感謝いたします」

 ディアーヌとアルフォンスは嬉しそうに微笑んでいた。

 こうして四人で離宮の庭園から、夜空に咲く明るく色とりどりの花を目に焼き付けるのであった。

 それぞれの瞳に映る花火は、とても美しかった。

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