かごめかごめ。
山谷灘尾
第1話 かごめかごめ
平安時代中期、藤原氏が権勢を誇っていた京の大路。
かごめ かごめ かごのなかのとりは
いついつでやる よあけのばんに
つるとかめが すべった
うしろのしょうめん だあれ
公卿の屋敷を覆った白壁に靠れてひとりの弊衣破帽の僧侶が子供たちに童歌を教えていた。
「よいか、ここから牛車で出てくるのは関白様じゃ、お通りになったらこの歌を大声で歌い、今しがた教えた鬼探しの遊びをするがよい。」
「お坊様、この歌は何やら怖いのですが、どういった意味があるのですか?」
十歳ぐらいだろうか、悪戯そうな目をした利発に見える少年がきいた。
彼もまた僧と同じような破れて汚れた膝丈の着物を着て、紐のような帯を締めている。蓬髪で烏帽子すら被っていない。
「かごめ、とはな、カゴの目のことじゃ。罪人が乗せられて刑場へ運ばれるのさ。そこでな、十字になった磔台に載せられて、両方から槍で突かれるのさ。
それまでは立派なお屋敷でな、豪奢な調度でお食事をいただいていたお家来衆が
みんなみんなじゃ。」
「怖い、こわい、お坊様、やめてくださいまし、夜眠れません。」
小さな背丈の六、七歳の少女が目に涙を浮かべる。
「すまぬのお、だがじゃ、これはその昔、わしの一族に起こった本当の出来事じゃ、聞いてくれ、お前たち無辜の民だから言うことじゃ。」
「お坊様は一体どなたなのでございますか?」
先程の少年が真剣な目を向けて尋ねる。
「遠い遠い昔、まだ都がここより遠い飛鳥の地にあった頃じゃ。わしらの一族、蘇我は今の関白様の一族と同じくらい権勢を誇っておった。そして唐や新羅の国と商いをしてな、国を富ませておったのじゃ。
わしの一族の中には天子様と繋がるお方もおられてな、この日の本の国を一等国にしようと、憲法という決まりを十七条作り、官位を十ニに分けてな、仏を信心し、法隆寺というお寺をお建てになり人々に尽くされたのじゃ。
ところがその方が亡くなると、百済という国から来た鎌足という男が、ワシの一族を滅ぼしたのじゃ。まず、天子様に繋がるその方のご子息一族が自害させられたのじゃ。そして、その罪を蘇我入鹿一人に着せたのじゃ。
まず仲間を雇って、蘇我氏の氏の長者、その入鹿を殿中で斬り殺したのじゃ。丁度、百済や新羅、高句麗の大使が貢物を天子様に捧げる儀式の折、天子様は女性であった。
皇極帝という方よ。その天子様の御前で入鹿が殺されたため、天子様も退位されてしまった。夜明けのばん、とは儀式が行われる朝、様子を伺い仲間に斬り込ませようと後ろで番をする中臣鎌足のこと、鶴、とは皇極帝、亀、とは殺された入鹿よ。
そして後ろの正面で殺害の模様を見物していた鬼が、中臣鎌足、今の関白様の一族の初代じゃ。
だからのう、落ちぶれたわしらの一族は、辻辻に立って、童にこの歌を教え、
歌わせたのよ。藤原のお公家様に対してわしらの恨みを教えるためにな。」
「お坊様、お話承りました。大声で歌わせていただきます。でも、それでは余りにも望みというか、希望がないではありませぬか、先程、ここのヤエが申した通りこのお話を聞いた後では夜、おそろしゅうて寝つけませぬ。」
一番歳上の声変わりしたばかりであろう背の高い少年が言う。
「ひとつ良いことを教えて進ぜよう。このかごめ、というは籠の目じゃ。この籠の目をこう繋げるとな、星になろう。」
僧侶は地面に六芒星を描いた。
「かごめ、というは、この星よ。この星を冠するものは選ばれし氏じゃ。
西洋のな、遠い大秦国という国にあった小さな国が己が国を独立させようと
ダビデという王に託したのじゃ。この星はダビデの星、と呼ばれておる。
それから幾許の年月が経ち、そのユダヤの地に、人々を救おうとする神の子が降り立った。
しかしな、その神の子はあらぬ疑いをかけられて、十字架の上で処刑されたのよ、丁度 ワシらの一族と同じ運命じゃ。しかし神の子は数日後蘇っておられたのよ。そして天に召された。その後、数百年して、神の子の教えは大秦国の
国教となり今に至っておるそうじゃ。
天子様の子息であった蘇我一族の聖徳太子様は、神の子と同じような奇跡を起こし、仏法を広め、今でも摂津国、四天王寺を建てられた方としてお祀りされておる。その聖徳太子のご子息一族を殺した首謀者もこの鎌足という男よ。
蘇我、というのは「蘇る我」とも読めるであろう。いつの日か、太子様は蘇り、ふたたびこの日の本をお照しになることであろう。それまでの辛抱じゃ。藤原が衰え、太子様が蘇るその日まで、この歌を歌ってくれ、それがワシの切ない願いじゃ。」
童たちは一斉に僧侶にうなづいていた。
僧侶は敗れ傘で顔を隠すように都大路を消えて行った。
終
かごめかごめ。 山谷灘尾 @yamayanadao1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。かごめかごめ。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます