アド・リビトゥムとソルダ・カンタービレ
「ソロの力なんてない。身に沁みてわかっていると思ったが、我が息子。いや、アド・リビトゥム」
倒れたソルダの背から銃剣を抜き取ると
「まさか、この小娘が泥棒だとはな。確か
冷たい目。よく知っている。ジュニアスクールのときから僕は一人だった。でも、それまでは一人じゃなかった。家族がいた。おじいちゃんとおばあちゃんを入れて全部で12人の家族だ。だけど、あるとき僕のお母さんが急死して11人になった。割り切れない11人では同じ家の中では暮らせない。だから、僕はソロになったんだ。マエストロは厳格にルールを守っただけ。優しかった眼差しは冷たく変わり、僕は家を出ていくしかなかった。
「愚かな。家族の誰かの音が消えれば、いずれはお前も同じ家に暮らせる。そのためにアパートを用意した。学校にも行かせてやり、新譜もたくさん送った。何不自由ない生活を送らせていたはずだ。なのに、こんなこと」
「
「何?」
「ソルダが言っていた。この街には自由がないって。僕は知っている。みんな予定調和の楽譜通りに動いているだけだ。ここでは誰もアドリブができないし、
マエストロは銃剣を僕の目の前に突き付けた。
「ハーモニーは上手くいっている。今までもこれからも。この街では誰もいらない音などなく、何かの組織に組み込まれている。はみ出たお前達が
心臓が早鐘を打つ。命の音が聞こえてくる。不協和音でもなんでも構わない。僕だけの音だ。覚悟を決めたそのとき、ソプラノの口笛が確かに聞こえた。
「不協和音とか和音とかソロとか──関係ない。私達はみんな違う音を出してるんだよ!」
顔を上げると巨大な鐘がマエストロを捕まえた。ソルダはどこから出したのか大鎚を構えると、その鐘をやたらめったら打ち付けた。
「どうだ! これが不協和音だ! 嫌か! うるさいか! この! この! この! この!」
鐘の音が響き渡る。不格好な音。12の音階から外れた13番目の音。その音が街中に響き渡っていく。
「これで、
最後に叩き付けた音は一際大きく鳴り響き、空気を伝って建物を揺らしていった。街の全てを決めていた12の音も一斉に鳴り響き、高らかな音が自由なハーモニーを創り上げていた。12の音は確かに1プラスされて13の音になった。街全体を覆っていた12の不協和音がソルダによって盗まれたんだ。
「さて。
「でも、どうやって?」
ソルダは硬い石床に手を当てた。すると、いつの間にかその手に縄が握られている。
「運んできてもらったんだ。この子にね。ついでに言うと、この大鐘と大鎚はスミスの鍛冶屋の工具達に造ってもらった。12の楽器を材料にね」
「銃剣は? ……刺さったんじゃ?」
「ああ。それはこれ」
背中から何かを取り出す。それは分厚い楽譜だった。
「これはね。双子のもう一人の楽譜。私の家はお腹の中の子を入れて12人だった。お母さんは音楽家で、生まれてくる子どものために曲を作っていたんだ。だけど実際には双子が生まれてしまって13人に。追い出されたのは私。でも、残った子はすぐに死んじゃってさ。私を連れ戻しに来たんだけど、勝手過ぎるだろ、ってこの子の楽譜だけ持って逃げてきたんだ。だからこれは私のお守り。分身だから。──もしかしたらソロの力も、私の願いに応えたこの子が叶えてくれたものかもしれない」
ソルダはまた、哀しい笑みを浮かべて目を瞑った。けれども、やがて開いた瞳はキラキラと輝いていた。
「さあ、逃げよう。明日からこの街は大変なことになるよ。自由が一気に押し寄せてきたんだから」
「でも、これこそがハーモニーだよ。だって不協和音がない音楽なんて面白くない」
ソルダは手を差し出した。僕はその上に手を置いた。ソロの力はきっとある。もともと音は一つ、孤独な音しかないはずなのに。
世界は音楽でできているのだから。
◆◆◆◇◇◇
最後までお読みいただき本当にありがとうございます!
アドとソルダの泥棒譚、いかがだったでしょうか。
個人的には、この二人のキャラ、なかなか気に入っていてもう少し長く二人の泥棒稼業を見てみたいなと思ったりしています。
他のまた変わった街で泥棒に訪れてほしいですね。
もしよろしければ、★評価や感想、レビューなどいただけると大変嬉しいです。
最後まで本当にありがとうございました!
僕はハーモニーを知らない フクロウ @hukurou0223
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