ソロの力
2回目の「ファ」の音がファンファーレのように頭の中で鳴った。身じろぎすることなく時を数えていたベッドから隣人に気付かれぬよう静かに降りると、最低限の荷物だけを持って部屋の外へと出た。
外は小気味いい静寂が広がっていた。街中の灯りはとっくに消されて夜空には満天の星が輝いていた。
12個の惑星もよく見える。まるですぐにでも落ちてきそうだ、と思うほどに大きい。「天球の音楽」と昔の哲学者は言った。12の始まりだ。惑星も12、音階も12、それならば世界は12でできている。調和の取れたキレイな理屈。
でも、「1を増やして13にすればいい」。当たり前のようにそう言ったソルダは、昼間のカフェの前で待っていた。
「ソルダ!」
僕の呼びかけにソルダは唇に人差し指を当てて応えた。
「だから、声を荒らげてはダメ。だけど、来てくれてありがとう。さあ、行こう」
「どこに? そして、何を盗むのか」
「そういうのは後回しって決まってるんだ。早く行かないとほら、
闇に紛れて僕らは進んだ。静かに響く足音はさながら2人のコンチェルトのよう。
「12の楽器は予告なんだ。のろまな警備隊は気付いていないかもしれないけれど、
「僕もそう思う。
ソルダは連なる柱の隙間を抜けるように市街地へと向かっていた。ここまで来れば狙いは何なのか、僕でさえなんとなくわかってきた。
「この街はいつも12でできている。12、12、12。調和を重んじ自由なんてなんにもないこの街はいつも12で支配されている。だから、盗むんだ。12をね。この街の象徴の12を盗む」
突然、眩い光が僕らを照らした。ソルダの手が僕の服を引っ張り柱の中へと入れてくれた。すぐ真横を銃弾が通った。
「
一斉に騒ぎになった。待ち構えていた警備隊は乱れるままに僕らを取り囲もうとし、
「うるさいなァ。どっちが不協和音だよ」
こんなときでも冷静に言ってのけると、ソルダは僕の手を引っ張り華麗に銃弾をかわしながら柱の中を走っていった。
乱雑な足音。街中に響く銃声。叫ぶ声。めちゃくちゃな音だけど、不思議と怖くはなかった。めちゃくちゃな楽譜だけど、楽しかった。
新しい音楽が、鳴っている。
「意外に楽しそうだね」
「うん。でも、この先どうやって──」
柱の上、星々の明かりに照らされた下に一人の男が立っていた。長身痩躯。
僕はソルダの手を振りほどいた。
「あそこに指揮者がいる。この街の指揮者が」
「指揮者じゃない。支配者だよ。12を厳格に守ることしかできない支配者。そして、私達の目的もあそこにある。行こう」
指揮者はこの街の支配者。警備隊をも指揮している。僕らの向かう先は。
「ソルダ! そっちは行き止まりだ!」
「大丈夫!」
ソルダは壁に手を当てるとコンコンと2つノックをした。
「例えばの話、ソロが
「どうって……今、そんな謎解きをしてる場合じゃ」
「答えて」
「……ソロはアンサンブルができない。奏でられる相手がいないから」
「正解」
ソルダは笑った。とても哀しげに。僕はその表情を知っている。
「だから私は何度も何度も願った。『誰でもいい、この世の誰でもいいからどうか誰か私と音を奏でて』って。そしたら応えてくれた。ほら、こんなふうに」
壁から光が溢れ出す。眩しい懐中電灯や穏やかな星の光でもない、優しく、でも力強い緑色の光がソルダを包み込んでいた。
驚く僕の手を引っ張ると、ソルダは壁を上り始めた。
「さあ、行こう」
壁が階段へと変わっていた。当たり前のように上っていくソルダの後ろをやっとの思いでついていく。
「『共鳴』って名付けた。私の能力。無敵の力。命のない物には何でも命を吹き込むことができて、私の意図を理解した行動をしてくれる。一時的だけど」
「それは、どうやって?」
「言葉で説明するのは難しいな。ソロの力ってとこ」
「ソロの力……」
階段を登りきった先は中心街のてっぺんだった。12の壁が合わさる真ん中には12の鐘が置かれている。この街の12を象徴する大きな鐘。でも。
「
「ここだよ」
注意を呼び掛ける前にソルダの背中が銃剣で貫かれる。
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