最終話 現実です。たぶん

「お母さんもお父さんも仕事溜まっちゃってて大変だから。あなたももう全然元気みたいだし、あとは1人で大丈夫よね!あ、お金とか鍵とかは金庫に入ってるから。帰ったらネコちゃんにエサあげてね~」


 俺は病院のベッドの上に腰かけ、母から送られてきスマホのライン画面を見ながら、1週間も入院していた息子に1人で家に帰れという薄情な両親にあきれていた。


 一応生死の境をさまよってたらしい俺に対して、せめて車で家まで送り届けるくれるくらいあってもいいと思うのだが。


「葵さーん。もう準備できましたかー」


 担当看護師の女性が俺の入院個室の入り口から明るい声をかけてくる。


「あ、もう大丈夫なんで。色々お世話になりました」


 軽く会釈をしながら、入院中ずっと看護してくれた綺麗な看護師さんに別れを告げる。


「元気になってよかったね!あ、清算はもう終わってるから、そのまま帰って大丈夫よ。あ、はーい!今行きまーす!それじゃあね」


 別れの挨拶さながらに、看護師さんはまた次の仕事に呼ばれパタパタとこの場を去っていった。


 みんな薄情だなぁ。


「ま、いっか。それじゃあ家に帰ろう……」

「つれねぇな。一緒に帰ろうや」


 帰路に着こうとベットから立ち上がった時、再び病室の入り口から聞きなれた声が聞こえる。


逸人はやと!なんでここに?」

「あれ、おまえ聞いてなかったのか?俺もここで入院してたんだぜ」


 ありえねぇ。教えろよ両親。絶対知ってたよね?


 ちなみに逸人はやとはもう蝙蝠のような男ではなくなっている。現実世界だから当然だが。いつもの短髪でちょうどよい背格好をした、ちょいイケメンくらいの逸人はやとである。


「俺の母も薄情でね。忙しいから有希人ゆきとと一緒に帰れだってさ。まあ片親で大変だからしょうがないがな」


 逸人はやとも元気そうだ。彼とは話したいことが山のようにたくさんあったから、ちょうどよかったのかもしれない。


逸人はやと、俺はお前と話したいことがいっぱいある」

「俺もだ、有希人ゆきと。どうだ?入院して体力も落ちてるし、リハビリかねて歩いて帰らねぇか?」

「そうだね。そうしようか」


 そう言って、俺たちは一緒に病院を後にするのであった。



〇●〇●


 

 俺たちは何事もなかったかのように、現実世界へ帰ってきていた。


 アオイユキトが消滅してすぐに視界が暗転したので、てっきり自分は死んだのかと思ったが、次に気が付いたときには父(43)の脂ぎった顔が目の前に迫っていて思わず殴ってしまい、ああ現実に戻ってきたんだなということを理解した。


 ずっと意識不明で入院していたことを母から聞かされ、俺はそのときようやく自分がスズメバチに刺されて死んだのではなく、重体であったことを悟った。


 いわゆる精神だけが神によって異世界に飛ばされた状態になっていたのだ。細かいことはわからないが、たぶんそういうことなんだと勝手に解釈した。


「でな、あの悪魔の野郎がな!」


 帰宅中はずっとその異世界のことを話しながら、逸人はやとと家路についていた。


 季節は春。新しい草花の芽吹きと、柔らかい太陽の光を浴びながら歩く帰路はとても心地がよかった。

 

 逸人はやとの話を聞くと、彼の場合は俺とは違って直接悪魔に殺されかけ、無理やり異世界に引きづりこまれたとのことだ。なんでも神を出し抜ける千載一遇のチャンスが『創生のディストピア』の中にあって、それを成し遂げるために逸人はやとが必要だったらしい。なぜそれが逸人はやとだったか?たまたまだそうだ。


 運命ってこわいよね。


「とにかくアホだったんだ。神のマネして色々やってたみたいだが全部うまくいかなくて、結局最後は協力してアオイユキト倒せって。まぁメチャクチャだったわ」


 俺のほうもまぁ大変ではあったが、話を聞く限り逸人はやとのほうがひどかったと思う。同情する。同情はするが……。


 とても大事なことを置き去りにしていた。まずはそれを聞くべきだった。


「そういえば逸人はやとさ」

「どうした?」

「なんで自分だけちゃっかり卒業しちゃってんだよぉぉぉぉ!!!!」


 そうだ。こいつは裏切り者だ。童貞同盟『チェリーの集い』の誓いを勝手に破りやがったんだ!厳罰!厳罰!


「まぁゲーム世界だったんだし、別にいいじゃねぇか!ノーカウントだ!」

「だめぇぇぇぇ!!裏切り者ぉぉぉ!!」

「だぁぁぁもう!お前だってチャンスいっぱいあっただろが!」

「いやまあ、それは……」

「またこっちで頑張ればいいじゃねぇか!なっ?あれは……まぁ、よかったぜ」


 なにちょっと思い出してニヤついちゃってんのぉぉぉ!!

 もう友達やめてやるぅぅ!!


「お、着いた」


 話に夢中?いや最後は怒りに任せていたら、俺の家の前に着いていた。


 結構病院から距離あったんだけどな。そしてまだまだ話は終わっていない!


「おい、逸人はやと……」

「なあ、有希人ゆきと!あのゲーム世界、たしかお前のデータが基盤だったよな?」

「あ、ああ。直接聞いたわけじゃないけど、主人公の名前がアオイユキトだったし、たぶんそうだと思う」

「……気にならねぇ?俺らがこっち戻ってから、どうなってんのか」

「俺はすぐに起動しようと思ってたよ」

「ちょっと俺も見てぇから寄ってくわ!」

「ダメだ。お前は汚れてしまった。お前に見せるゲームは……」

「おっじゃましま~す!!」

「あ、コラ。勝手に入るなぁぁぁぁ!!!!」


 汚れた男を上げてしまった。


 この罪はいずれ必ず、贖ってもらうからな!!



〇●〇●


 

「いやードキドキするなぁ!どうなってのかな、中身」


 逸人はやとが緊張の面持ちで俺の隣に正座し、真っ暗なテレビ画面を直視している。すでにテレビの電源は入っており、今はゲームをやるための入力モードだ。


 また、俺が部屋の奥から引っ張り出してきた『創生のディストピア』は起動直前の状態でセットしてある。ハードのスイッチを押せば、ゲームは始まる。


「ま、なんも変わってないっしょ!俺らも元に戻れたんだし」


 といいつつも、内心はドギマギが止まらない。


 俺ら、この中にいたんだよな?


 ゲームの前に座ると、なにもかわらない日常と異世界とのギャップで頭が混乱しそうになる。まだ正直、現実と異世界の狭間を行き来しているような感覚は残っている。


「じゃあ、起動するぞ……」

「……ああ」


 ドキドキ。ドキドキ。


 カチッ


 ブンッ


 電源がつながる音とともに、企業名のタイトルテロップが流れ……てこなかった。


 黒いテレビ画面に表示されたのは、白文字で強烈なインパクトを誇るとある文字列が刻まれていた。


 No Data


「うわあああああ!!」


 俺はその文字列を認識したと同時に恐怖におののいた!これは蟲のステータスを確認していた時によく表示されていたあの文字列だ!


「いやぁ、まいったのぉ」

「!」

「また手違いじゃ」


 背後から聞き飽きたしなびた声が聞こえたので、俺と逸人はやとは高速で後ろを振り返った!


「「神!!!」」

「よぉ、久しぶりじゃの」


 二人の声がハモり、振り返った先の人物を把握する!忘れもしない。くそじじいだ。


「なんだじいさん。もう用はねぇはずじゃねぇのか」


 逸人はやとが若干睨みながらじじぃ(神)にかみつく。


「あーそのはずじゃったんじゃがのぉ……」


 歯切れの悪い神。正直このじいさんの顔を見た瞬間から嫌な予感しかしていない。


「ちょっとテレビをつけてくれんかのぉ。チャンネルはどれでもよい」

「……なんでだよ」

「いいから、はよせい」


 なんだよ!こっちはゲームやろうと思ってたらヘンなことになってて、それどころじゃないってのに……。


 しぶしぶ俺はリモコンを手に取り、チャンネルを民放に切り替える。


 ポチッ


「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします」


 ん?臨時ニュースとかめずらしいな。地震でも起きたのかな?


「たった今、東京新宿区の都庁前に巨大な洞窟が出現し、現場は大きな混乱に包まれております!あ、たった今映像が届いたようですので、ご覧ください!」


 ……は?


 俺と逸人はやとが画面にくぎ付けになる。


 あれ、ダンジョンじゃん!しかも見たことあるし!!あれは……


「『創生のディストピア』の魔王城につながるラストダンジョンじゃ」


 はああああああ????


「お前らも疑問に思わなんだか?あっちで魔王に会っとらんじゃろ?」


 いやまあ、そうだけど。それとこれとどういう関係が……。


「ワシらがあれやこれややっとる間に、魔王のヤツが隙をついてこっちに逆転生しおったのじゃ!」

「なんだってぇぇぇぇ!!!!」

「色々やったんじゃがの。間に合わなんだ」


 おいおいおいおい。アンタなんも役に立たねぇじゃねぇかよぉぉぉ!!


「あのダンジョン、仕組みが異世界と同じでの。ワシも手を出せん」


 ……嫌や。ダンジョン攻略とかマジ嫌や。


「キミらでなんとかせい!」


 バカ言ってんじゃないよぉぉぉぉ!!ここ、現実だぞぉぉぉぉ!!


「もちろん、そのまんまじゃ無理なのはわかっとる!そこでじゃ!」


 おもむろに俺の部屋から窓の外を見る神。そこには、ハチに襲われ、この間捕まえ損ねたネコの姿があった。


「来い!ネコの化身よ!!」


 パアアアアアア


 パリィィィィン


「レオ様ーーーーーー!!!!」


 うわあああああ!!!

 窓割ってミーア、キターーーーー!!!!

 

「おいおい、ネコ女じゃねぇか。なんでこうなるんだ?」

「神の力じゃ!ああ、他の仲間もこっちに連れてきたぞい。ただどこにおるかはわからん!人間に転生しとるヤツもおるかもしれん!」


 じいさんがまた派手に笑ってやがる。


 笑い事じゃねぇぇぇだろぉぉぉぉ!!!


「レオ様!ミーアはまたレオ様と一緒に冒険がしたいにゃ!!」


 抱き着いて来るミーアの懐かしいおっぱいの感触もいいんだけど、もうなにがなんだかわかんねーよぉぉぉ!!


「さあ!いくのじゃ!葵有希人あおいゆきと!再び仲間を集め、あのダンジョンを攻略するのじゃあああああ!!!!」


 レオ・ローレンハインツもとい葵有希人あおいゆきとの冒険は続く。



 完



————————————————————


【●あとがき●】


最終話までお付き合いいただき本当にありがとうございます!!


このお話はここで一旦終わりになりますが、できれば最後ですので、☆や感想なんかいただけると大変嬉しいです!!


今後の作品作りの参考にしたいと思いますので、心優しい読者の皆様方!!


是非是非、よろしくお願いいたします!!




 

 


 

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

辺境伯の悪役令息に転生した俺。ゲーム知識はイマイチなので、神様にもらった『ザ・ビースト…』のスキルで主人公パーティを返り討ちにしてやります! 十森メメ @takechiyo7777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ