第50話 創生のディストピア

「話せるんだろ?『蟲の王』」


 俺は蟲の王の眼前に転移し、彼との会話に臨んでいた。


「……オマエと話すことはなにもない『獣の王』」


 眼前と言っても顔がでかすぎるので、両目の真ん中辺りで宙に浮かんだまま話している。


「ビーストじゃねぇよ。葵有希人あおいゆきとが話したいんだよ」

「それなら余計に必要ない。さっさと殺せ」


 彼は自身の定めを理解している。その質量を以てしても、俺の中にいる『キング・オブ・ザ・ビースト』には天地がひっくり返っても勝てないという事実がわかっている。


「ま、とりあえずありがとな!」

「……ナゼ、礼を言う?」

「アンタだろ?軒下で俺を襲ったスズメバチは」

「……」

「デカいから最初わかんなかったけど、よく見たらハチっぽいもんな」


 そう。巨大で羽もなく、多足がうねっていてわかりにくかったが、この蟲はあの時出会ったハチだ。そして、軒下で刺された瞬間のスズメバチの顔を、俺は何故かよく覚えていたのだ。


「アンタのおかげでこっちの世界を楽しませてもらった。礼を言わせてもらうよ」


 まあ半分皮肉だけどな。


「オマエは、蟲の顔の違いが理解できるのか?」

「え?全然違うじゃん。てか俺は蟲が嫌いすぎて、逆に図鑑とか結構見てたから特殊なのかもしれんが」


 嫌いな生物の生態って気にならない?俺だけ?


「……そうか。何故、蟲が嫌いなのだ?」

「なんでって……なんでだろ。見た目?あと、ハチは特にダメだ。毒持ってるし」


 見た目気持ち悪くて死ぬリスクまであったらそりゃ怖いでしょ。


「……姿、形、そして毒を持つ生体。望んで我々も、そのように生まれているワケではないのだがな」

「……」

「仲良くしたいというコトではないのだ。ただ、ソコにいるだけで殺される蟲たちの運命が嘆かわしいだけだ」


 やはりそういう事か。この『蟲の王』が世界をひっくり返そうとした目的。それは……。


「ただ、食べるワケでもなく、無抵抗で歩いたり、走ったり、飛んだり。目障り、嫌いという理由で簡単に蟲の命を奪う人。そして獣」


 多分、遺伝子に組み込まれた抗えない定めなんだと思う。ほとんど自動的かつ反射的に、蟲を避けたり、殺したりしてしまう行動をとってしまうというのは。


「我はずっと許せなかったのだ。我が同胞達がオマエ達のよく言う『虫けら』のように無残に消費されていくこの命のサイクルが。確かに脳は卑小で思いはない。だが確実に、同胞達にも生活があり、皆生きているのだ」


 もはや彼に戦意はない。これは、遺言だ。


「アオイユキトも似たような存在だった。共感できると思った。彼も我の思いを組み、このゲーム世界から現実世界を侵略する計画を試みた。だが」


 大きな瞳の下から水滴が洩れる。泣いているのか……。


「所詮ヤツの掌の上。完全体の『獣の王』まで使役して対応してくるのだ。我にできることはもうない。もはやここまでだ」


 絶対的運命を司る、神。あのじいさんがよく言ってた因果律というものが世界中にあって、蟲の命が簡単に散るのもその一貫なのかもしれない。


 人の世界にもある理不尽と不条理。陽キャがいて陰キャがいる。


 そう簡単に割り切れるモノじゃない。なんで自分は、に生まれたのかってね。


「抵抗の意思はもうない。我はこのままただ消え去るのみ。しかし唯一心残り、そして願いがあるとすれば……」


 わかってる。その願いは受け取るよ。


「アオイユキトを、救ってやってほしい。あの男も、人に翻弄される運命を憎むもののひとりだ」



〇●〇●



「聞いてたよ。『蟲の王』が諦めたんじゃ、俺に勝ち目なんてない。さっさと殺せ」


 再び蟲の王のはらわたに転移した俺。

 アオイユキトが待ち構えていたが、完全に戦闘の意思はなかった。


「俺はお前を救ってほしいと言われた。その役目を果たしにきたんだ」


 役目を果たす。シュナのあの性格がビーストの根本にもあるようだ。


「救う?どうやって?」

「……」

「俺の救いは唯一、現実世界を征服することだけだった。その願いはお前に潰された。蟲の王と同じだ。あとはただ黙って消え去るのみ」


 どうやって救うか。確かにそうだ。


 今の俺には、絶対的な力がある。おそらくこのゲーム世界でビーストを凌ぐ力は存在しないだろう。


 でも、それだけだ。簡単に終わらせられる力。それしかない。


 ……って思ってた。さっきまで。


 だがよく考えるまでもなく、もっとはっきりしていることがあったんだ。


 俺は別にビーストじゃない。俺は、葵有希人あおいゆきとだ。


「……なあ、お前はどうして俺を仲間にしたかったんだ?」

「前にも言ったはずだ。現実世界を席巻するのに力が欲しかったから……」

「本当に、そうなのか?」

「……どういう意味だ?」

「寂しかったんじゃないのか、お前」

「!!」


 蟲の王は言った。アオイユキトも自分と似たような存在であると。


 聞いた瞬間意味は分からなかった。ただ、俺の中の仮説とこの言葉が補足する意味を足すと、アオイユキトの結論が見えた気がしていたんだ。


「俺が『創生のディストピア』をやらなくなったから……。あんなに長い時間遊んでいたのに、クリアしたらまた別のゲームをやり始めて……」

「やめろ……」

「次々と浮かんでは消え、消えては浮かぶ泡のように発売される新しい無数のゲームたち。一つが終われば、いや、終わればいいほうか。どんどんどんどん供給され、思い出にもならずに消えていく。それは、蟲の定めに似た……」

「知ったようなことを言うな!葵有希人あおいゆきと!!」


 ついにアオイユキトの感情が爆発する。


「寂しいだと?はっ!舐められたもんだな!寂しいのはお前のほうだろが!」


 なにぃ!?


「知ってるんだぜ、俺は!人の輪に入れず、いつも一人でゲーム三昧。相手してくれんのはネコとうさんくさい親友だけ」


 んだと、コラぁ!!


「陰キャぼっちの童貞野郎。誰も相手してくれないからゲームばっかやって紛らわせてたんだろ?逆だよ、有希人ゆきと!俺らがお前の寂しさを埋めてやってたんだよ!」


 調子に乗るなよ、ゲームキャラの分際で!

 やっぱやってやる!くっそー!!


「……なあ、忘れないでくれよ」

「ああ!てめぇ!言って良いことと悪いことが……え?」

「ずっと、陰キャぼっちでいてくれよ」

「ええ……え?」

「ほかのゲームもいいけどさ、たまには俺たちにも付き合ってくれよ」


 アオイユキト……泣いてる、のか?


 あ、なんかヤツの足元から光が……。


 あれって……。


「またお前のヘッタクソな操作で、俺らを操ってくれよ」


 すいませんね、ヘタクソで。もっとうまくなればいいんでしょ!


 でも24時間ぶっ通してやってもうまくならなかったからなぁ。多分『創生のディストピア』は俺には向いてないのかもしれない。


 そうだった。そのくらいハマってたんだった……俺。


「運命はクソッタレで、俺らはいつでも捨てられるタダのゲームキャラ」


 彼を包む綺麗な七色の光が増し、彼が流す涙に反射してキラキラ輝いてみえる。


 ……待て、ユキト!まだ話したい事があるんだ!


「わかってる。そうやって俺らは消費され、その都度刹那的な楽しみを与えるただの道具だってこと。わかってるんだ……」


 そんなことない!お前たちと一緒に冒険した日々を、俺は……まぁちょっとは忘れたけど!でも、心の底でいつでも繋がっているんだ!


 いや、そう思いたいだけか。実際自分にとってそのゲームにどれほどの価値があったのか。意味さえあったのかもわからない。でも!


「また必ずやるから!絶対やるから!!俺にとって『創生のディストピア』は……」


 アオイユキトが光の欠片になっていく。もう、声は聞こえていないのかもしれない。でも、これだけは言わせてくれ!


「最高のゲームだったんだ!!!」


 もっと話したかったな。俺は忘れてはいけなかったんだ。


 彼らと過ごしたかけがえのない日々。陰キャボッチの俺を本当の意味で救ってくれてたのは、彼だけだったのかもしれないのに。


「ユキトォォォォォォ!!!うわあああああああ」


 道具だなんていうなよ。


 俺たち、友達だよ。


 絶対。



 ブンッ……



〇●〇●



 唐突に意識が途絶える。ブラックアウトしてなにも見えなくなる。


 意識が混濁する。自分が何者かわからなくなる。



 ……あれ、目的は達成したはずなのに、死んだのか?俺


 


 


 


 

 

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