第49話 また必ず会いに来るよ

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 大地が揺れ、地殻変動の兆しを感じる。


「ゴオオオオオオオオオオオ」


 『蟲の王』もといアオイユキトは自身の力を解放し、このゲーム世界『創生のアルカディア』に止めを刺すべく、全ての蟲達を呼び寄せていた。


 空気は張り詰め、それに呼応するかのように集まり始めた蟲達が空を埋め尽くし、世界はいよいよ終末の時を予感させる様相を呈していた。


「すまんのぉ。ワシや女神たんはここじゃあまり役に立たんでの」

「ごめんねぇ。別に都合よく利用させてもらったワケじゃないのよ」


 絶対悪いと思ってない神と女神が苦笑いで俺に謝ってくる。


 俺に?いや、俺の中にいる獣王『キング・オブ・ザ・ビースト』にか。


「アンタらの事情に付きやってやる義理はないんだがな。まぁ乗りかかった船だ。さっさと終わらせて、また眠りにつかせてもらう」


 意識ははっきりしている。だが、いましゃべっているのは俺じゃない。


 みんなの力を集め、本来の姿に戻った全能の獣。最強の野獣た。


 外見で特に目立った変化はないらしい。悪役令息レオ・ローレンハインツのままだと女神は言っていたので、まぁそうなのだろう。


「そうしてもらえると助かるのぉ。ワシ、もう眠いし帰りたいんじゃあ」


 これは絶対ふざけてる。ここで永遠に眠らせてやろうか?


「まぁ待て。どうせすぐ終わる。ただ、やるのは有希人ゆきと、オマエだがな」


 ビーストな俺が俺(有希人ゆきと)に言っている言葉に若干混乱する。


 え?やるの俺なの?ビーストさんが片付けてくれるんじゃないの?


 獣の王が俺の意識に直接語り掛けてくる。「力は好きに使え。どう終わらせるかはお前次第だ」と。


 ピカッ


 ドゴォォォォォォォォォン!!!


 一瞬激しい閃光がこの場を支配し、視界を奪われた。同時に蟲の王が口らしき部分から東の陸の彼方へレーザーのような熱エネルギーの集合体を帯のように放つ瞬間を見た。


 衝撃波のような空気の振動が耳をつぶしにかかる。


 レーザーが照射された地点の超爆発がこの場所からでも確認できた。膨大な熱エネルギーが局所的かつ急激に解放されたことによって生じた非常に強力な 上昇気流 が、禍々しい雲の形となり空に充満している。


「……」

「おい有希人ゆきと!なに目なんて閉じとるんじゃ!時間がないんじゃ!とっとと……」

「黙れよ!じじぃ!!!」


 今度は有希人ゆきとの言葉ではっきりと、神の言葉を断絶した。


 今色々準備してんだからいい加減うるせぇよ、マジいらつくわ。


 シャアア……ボフッ


 ただ、ちょっと叫んだくらいのつもりだったのだが、世界にとってはそうではなかったらしい。


 空や陸のほうまで埋め尽くされんほどの蟲が大挙していたはずなのだが……。


「へ?」


 押し寄せていたすべての蟲は、小麦粉みたいになって全員空へと舞い上がり、昇天していった。


 『蟲の王』はさすがに粉にはならなかったが、完全に動きが止まり口らしき部分から泡を吹いて沈黙している。


「あっぶね!オマエ、女神たんまで消し飛ばしそうじゃったぞ!」


 神の姿もいなくなっていた。いまは声だけが聞こえる。女神もいない。


 あのじいさん達は寸前で逃げたらしい。


「いや、なんだこれ。パワーバランスおかしすぎじゃないか……」


 規格外にもほどがある。これちょっとイラついただけで世界終わるぞ。


 逆に難しいわ!!でもチャンスだ!


 俺には『蟲の王』を倒す前に、どうしてもやりたい事があった。


 チチュが返してくれた情報探索の力、そしてオコジョの『以心伝心』。


 これを使えば、世界が見え、そして話ができるからだ。



〇●〇●



逸人はやと!無事か?」

「あ?なんか有希人ゆきとの声がするな……。幻聴か?」


 俺は能力を駆使し、遠く離れた北の辺境地で1人バロンとの戦いに赴いていた逸人はやとにまずは声をかけていた。


「直接脳内に話しかけてる。大丈夫そうだな」

「すげぇ能力だな。そんなことまでできるようになっちまったのか」


 逸人はやとの苦笑まで手に取るようにわかる。そして、周りの状況も次第に見えてきた。


「やったのか、あのバロンを」

「ああ。あの悪魔、力出し渋ってやがったから、無理やりぶんどってなんとか勝てたよ」


 頭と胴体が切り離され、黒い炎で燃え上がるバロンの亡骸が見て取れた。完全勝利の様相だ。


「よかった!逸人はやと、こっちももう少しで終わるから、ゆっくり茶でも飲みながら待っててくれ!」

「現実に、戻るんだな」

「ああ。色々あったけど、これで終わりだ」

「ちょっと寂しい気持ちは、あるけどな」

「わかる。でも、帰ったら……」

「ああ。またこのゲーム、やらなきゃだな!」


 お互いの感情は一致していた。もうこれ以上ここで話すことはない。


「じゃあ、ちょっと行って来る!」

「ああ。あとは頼んだぞ」



〇●〇●



「ロンさん!」

「おおう!なんだ、俺はついに死んだのか!?」


 ソラマ大聖堂の状況はどうだろう。

 ……なんか、どうなってんだ?これ。


「ええっと、レオだけど。わかる?」

「おおう!わかるとも!わかるけど、今それどころじゃ……ひぎぃ!!」

「シャアアアアアア!!!」


 えと、お取込み中のようでしたので、これで失礼しよう。


「なんか子供は見ちゃいけないトコロのようでしたので、もう行きますね」

「待ってぇぇぇぇ!!俺、死んじゃうぅぅぅぅ」


 さよならエロおじさん。色々ありがとうございました。


 正直ゲームでアナタと会った記憶はないけれど、次はちょっと、探してみるよ。



〇●〇●

 


「ハルバートさん!」

「む!なんだ、誰だ!!」

「よかった!生きてたんですね!」

「君は……レオ君、なのか?」


 アリスト城は正直、もうとっくに陥落していると思っていた。大聖女の襲来を受けていたのだから、あの戦力ではとても対処できなかったはずなのだが。


「直接語り掛けさせてもらってます!戦況は……なんか、大丈夫みたいですね」

「ああ。あのあと、さらに冒険者たちや帝国軍なんかも駆けつけてくれてな!総力戦でなんとか大聖女を倒すことができたよ」


 アリスト城自体はもはや原型がないし、周辺の地形もおかしなことになっている。ただ、確かにものすごい数の人が笑顔で、勝利の美酒を味わっている様子も伺える。


「君のほうは……どうなんだ?さっき東の方ですごい爆発が起こったようだったけど……」

「問題ありません!もうすぐ終わりますので、みんなで楽しんでいてください!」

「助けにいかなくていいのか?」

「大丈夫です!」

「そうか。ならば、君の勝利を信じてここで待たせてもらう。がんばれよ」

「はい!」


 この戦いが終われば、彼らも元のゲームの住人に戻ってしまう。いまは、勝利の余韻を心行くまで楽しんでください。



〇●〇●



「バルゴス兄様!」

「なんだ。レオの声が聞こえる……。直接、脳に語り掛けられているのか」


 さすがバルゴスだ。もう察してくれたようだ。


「パトリア城は、守りきれたみたいだね」

「ああ。エロンティーカ7世がかなりやってくれたみたいでな。俺が着いたころには特にやることもなかったよ」

「そう!ならよかった!」


 父とどんなことになっているのかは、正直気になるところだが。


 バルゴスもこないだ初めて知ったはずだから、内心は穏やかじゃないだろう。


「レオ。お前がいまどういう状況なのか、私は知らない。だが、おそらく世界のために戦っているのだろう」


 兄さん……。


「勝て、レオ!勝ってパトリア城にみんなと帰ってこい!これは命令だ!わかったな!」


 ごめん兄さん。その命令には従えない。


 でも、みんなと帰ってこいと言ってくれる兄さんの懐の深さ。俺は絶対忘れないよ!


「ありがとうバルゴス兄様!きっと元の世界に戻してみせるから、もう少し待っていてください!」

「了解だ!」


 嘘は言っていない。ちょっとごました言いぶりだったとは思う。


 でも本心だ。ありがとうバルゴス兄さん!


 もう話はできないけれど、また必ず会いにくるよ!



〇●〇●



「さて……」


 しばし別れの挨拶を済ませた俺。もちろん『蟲の王』の状況は注視していた。


 そろそろヤツが正気を戻しそうだったので、スキルを解いて心をここに戻した。


 ほかに声を掛けたい人もいたが、仕方がない。さすがにもう、時間の猶予はなくなっていたのだから。


「蟲の王。いや、アオイユキト……」

 

 俺は巨大な『蟲の王』とその先にいるであろうアオイユキトを真っすぐ見つめ、ひとり呟いた。


 いよいよ決着の時を迎える。実力的に俺が負けることはないだろう。


 ただなぜだろう。ここまで来て、彼らに対して込み上げてくる感情がある。それは怒りではなく、憐みのほうだった。


 ……いや、わかっているんだ。自身がなぜそんな思いを抱いてこの場に立っているかを。


 彼らの思いと彼らがやりたかったこと。それはきっと、悲しみと絶望が交差する、とても切実な願いなんだ。


 叶えてはやれない。でも、少しくらい話を聞いてあげても、いいんじゃないかな。



 


 


 


 


 



 

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