お母さんのスマホ
ニュートランス
お母さんのスマホ
私の名前は香川 姫。今年小学生に入ったばかりで、まだ若い。
そんな私には一つ、使命があった。それは大人である事。
3年前、私の誕生日前日に姿を消したお母さんとの約束だから、必ず守らなければならない。
だから私は言葉遣いも大人でないといけないし、立ち振る舞いも、身の回りの事も自分で行えるよう心がけている。
テストで100点を取っても、大人である私は喜ばない。
しかし年に一回だけ、私が喜べる日がある。
それは姿を消したお母さんと電話の出来る日。姿を消した日から毎年、私の誕生日にお父さんのスマホから電話がかかってくる。
その日が今日なのだ。今日は私の7歳の誕生日。
今回の電話で、私はとある目標を掲げている。
お母さんに、いつ帰ってくるのか聞く事。
去年、初めてお母さんからの電話があった時、私は泣いてしまった。
私の心が弱いせいで、泣いて、泣いて、いつ帰ってくるのか聞く事ができなかったのだ。
しかし今年の私は違う。何故かって? それは小学生になったからだ。
かつての
「──姫〜。今何してたんだ? 」
「くまさんに、今日の作戦について話してたの」
「作戦? どんなのだ」
「秘密〜」
「秘密ならしょうがない。それより、お母さんから電話が掛かってきたぞ! 」
「本当!?」
私は今いる子供部屋から隣のリビングへと移り、お父さんからスマホを渡されるのを待った。
「いいかい? お母さんは特別な場所から連絡をとっているから、30分だけしか話せない。準備はいいね? 」
「大丈夫だから! 早く! 」
私はお父さんからスマホを渡されて直ぐ、耳に当てて喋った。
-「もしもし! 」
-「もしもし」
-「おかあざん……」
お母さんの声を聞いた瞬間、目から大粒の涙が溢れ出す。実に1年ぶりの再会。泣くなという方が無茶な話だ。
-「元気にしてた? 」
-「わだじね、お母さんの言う通り大人だったよ……」
-「姫は凄いねえ。身の回りの事は1人でちゃんとできてる? 」
-「当たり前だよ、私は大人なんだから……」
-「本当に凄いね」
-「テストで100点も取ったんだ、でも大人だから喜ばなかったよ……」
-「……100点取れてすごいねえ。でも、喜ばないから、冷静だから大人ってわけじゃないんだよ。大人だって100点取ったら喜ぶ。後でいいから、お父さんに褒めてもらいなさい」
-「分かった……」
-「幼稚園はどう? 友達と仲良くやってる? 」
-「お母さん、私、もう小学生だよ」
その言葉を言った後、お母さんは暫く無言になった。
-「そ……そうかあ、もう、小学生なったのか……」
-「お母さん? 」
-「ご、めんね、話すのが遅くて。姫のランドセルは何色なの? 」
-「赤だよ」
-「赤かあ、赤好きだったもんね……。友達はもうできた? 」
-「うん。3人できたんだ」
-「そうかあ、本当、大きくなったねえ……」
-「あのさ、お母さん」
-「なあに? 」
-「お母さんはいつ帰ってくるの……? 」
-「──そ、うだよね……気になるよね……」
電話の向こうのお母さんは何故か喉を潰したような喋り方をする。ああでも、私も同じか。
-「姫、お母さん今ね、うんと遠くの場所にいるから、帰るのに時間がかかりそうなの。それまで良い子で入れる……? 」
-「それまでって、いつまでよ……」
-「…………」
-「寂しいの! 私は大人のつもりだけど、まだ小学生なの! 」
-「姫、寂しいのは私も同じ。大人だって寂しいの」
-「大人でも? 」
-「ええそうよ。そして大人はどんなに寂しくても、前を向かなければならない」
-「そんな……」
-「でも貴方はまだそんな大人にはならなくてもいいのよ。寂しくなったら、お父さんを頼ればいい。それよりなるべき大人は、自分の事は自分でやって、自ら考えて動ける大人になる事よ」
-「もうできてるもん……」
-「やっぱ姫は凄いね。それじゃあそれをこれからも続ける事。貴方は私の自慢の娘だから、絶対に出来るわ」
-「分かった……」
-「それとね、姫。貴方の事、愛してるわ」
-「私もだよ。おがあざん……」
それからも時間いっぱい私は話し続け、また一年後電話しようと約束した。
「電話、終わったかい……? 」
ただ近くにいただけのお父さんも、何故か泣いている。
「うん……」
私とお父さんはリビングで、溢れる涙を腕で拭う。
そんな時、家のインターホンが鳴った。
こんな時に誰だろうと、玄関から入って来たのはお母さんのお姉ちゃんだった。
「お邪魔します」
「久しぶり、お姉さん」
「今日はありがとうございました。どうぞ、中に入って」
お姉さんの顔をよく見てみると、目が赤くなって目頭が腫れていた。
「お姉さん、目が腫れてるよ」と私が指摘すると、「ああ、ごめんね! 花粉のせいかも。それよりケーキ買って来たから食べよ! 」と笑顔で言った。
お姉ちゃんの声はお母さんにどことなく似ていて、大好きだ。
お母さんのスマホ ニュートランス @daich237
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