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 明日の夜は何を食べたいか。そんな風に聞いてもらえることが多い。

 だいたいの場合で僕は、すぐには浮かばない。

 ぱっと思いつく解答としては、唐揚げ食べたいとか、鍋どうかなとか、それくらいの回答しかできない。

 ついさっきもそんな質問をしてくれていた。

 それはそれで重要な検討事項なのだけど、その前にひとつ僕の話を聞いてほしい。


 これはどうか、例えばの話として聞いてほしい。

 もし今、仮に僕と君が何らかの理由で離れ離れになったとしたら。

 そうしたら僕はきっと、長い長い夢から覚めたみたいになるのだろう。

 そんなことを最近はついつい考えてしまう。

 もちろん、そんな風になってほしくはないけれど。

 発生しうる『離れる要因』は主に以下の三つがある。


①不仲となり離婚

 世間的にはよくあるパターンだ。性格の不一致とか、そういうことだろう。

 僕らは世間的にみて仲が良く、気の合う二人だと思う。

 だが喧嘩がないわけじゃないし、つい最近も、世間を騒がせたニュースに対する見解の不一致で気まずくなることはあった。

 幸いそれほど時間をおかず関係性は修復できているが、もし不可逆的なほど致命的な喧嘩をしたとしたら。

 その時は離婚という選択肢も二人の中で浮上しはじめるのだろう。

 今の住まいからどちらかが出ていくのか、それともどちらも出ていくのか。

 そのあとの暮らしはどうなるのか、それは分からない。

 けど可能性のひとつとしてはある。


②外的な要素での別居(恒久的、ないし半恒久的の場合)

 僕は一人っ子の長男で、老親の面倒を見なければならない立場だ。

 その立場を放棄すると他の親戚たちが迷惑するだろうし、堅いことをいうと両親は僕の扶養扱いとなっており、面倒を見ることを放棄した末に病死や餓死などした場合、何らかの法律に抵触する可能性もある。

 今は父母ともに顕在で支え合い生きているから、僕は実家を出て二人で暮らすことが出来ている。

 しかし父母のどちらかが今後欠けたりした場合、今の生活は変わってくる。

 三日か四日に一回、食材等の買い出しで実家に寄る。それ以外では町内会関係の用事があるときは実家に行く。それに関しては了承してもらえていると思っている。

 当然今は、軸足は僕らの生活に置いているわけだが、片親がなくなった場合、軸足を実家側に置かなければならないかも知れない。

 その場合は、これまで通りの結婚生活とはいえない。

 そのような状況では話が違う。婚姻関係を解消して欲しいと言われても、文句はいえないと思っている。


③事故や病気などによる死別

 これについても最近よく考える。

 どんなに気を付けていても車に乗っている限り事故に巻き込まれない可能性はゼロではない。

 また病気というのに関しても、最近僕が人間ドックの結果が芳しくなく、その悪い状態のまま年月を経たら、早晩病死するということにもなりかねない。

 幸い、食生活の見直しを協力してもらったことや、定期的な運動をすることで改善されつつあるが、人はいつ何時、病気になるか分からない。

 どちらかが、どちらかを看取るような事態になる可能性は、ゼロではない。


 ざっと可能性を列挙してみた。

 ①と②は離婚という事態となったとしても、相手はこの世のどこかに存在はしている。復縁という展開もあるだろうし、生きているだけで行幸という考え方もある。

 しかし③は再会する可能性がない。

 きっとその時は正真正銘、長い長い夢から覚めたみたいな気持ちになるのだろう。

 夢から覚めてもしばらくは夢をひきずり、文字通り夢遊病のように過ごすだろう。

 やがて夢の記憶が少しずつうすらぼんやりとしてきた頃、ようやく遅れて悲しみに気づき、ひとつの夢が終わる。そんな気がしている。

 実は僕らが関わり始めて2,3か月は、長い夢を見ているのではないかと思っていた。嘘ではなくそんな時期があった。

 これまでの生活から劇的に変わり、大事な人と関わりながら向かい合って生きていく。これまでの人生でついぞ無縁だった事態だった。

 端的に言ってとても幸せな時間だった。

(だった、なんて言うと過去形だが、今も進行形でその幸せは続いている)


 ただ、いつかは夢から覚めるのだろう。

 年を取れば人は死を逃れることはできない。

 願わくばその時を迎えるまで、ずっと夢を見ていたいと願ってやまない。



 そんなことを考えていると、夜勤中のパートナーからメッセージがあった。

『鍋もいいけど、野菜と鶏肉で煮物はどうかな。辛鍋か煮物、どっちがいい?』

 そんな内容のメッセージだった。

 ごくたまに自分が食事の準備することもあるが、大半はパートナーに準備してもらっている。準備してもらう身で注文をつけることはしないのだが、意見を求められたら答えることはする。

 僕はしばし考えてメッセージを返す。いつも準備をしてくれてありがとう。夢のように幸せだよ、と


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ふたりは40代 佐原 @tkynzt

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