缶コーヒー、君の手元の
御厨カイト
缶コーヒー、君の手元の
空は白く濁り、気圧は昨夜よりもまだ重い、そんな平日のとある朝。
二月上旬という事もあり、肌が凍てつくような風が頬を掠める。
そんな中、高校生の俺と幼馴染の凛は眠い目を擦りながら学校へと向かっていた。
「いやー、なんか急に寒くなったねー!」
「そうだな。天気予報によりゃあ10年に1度の寒波らしいぜ」
「……ふーん、そう言われると一気に興味が冷めた」
「なんでよ」
「だって、テレビの『○年に1度!』って表現あんまり好きじゃないし」
「まぁ、こういうのは大体テレビの誇大表現だからな。仕方ない」
そんないつも通りの会話をしながら、俺たちは学校への道を歩いていく。
今日は珍しく雪が積もり一面銀世界の中、サクサクと。
ここまでの寒さに慣れてないからか隣にいる凛も俺も手が赤くなっている。
「あっ、自販機あるよ。何か温かいの買って行こ?」
「眠気覚ましに缶コーヒーでも買うか」
「いいね!」
そう言い、俺たちはお互い缶コーヒーを買う。
苦みが好きな俺は微糖で甘党の凛は加糖の缶コーヒー。
以前「そこまでして缶コーヒー飲むぐらいなら別の飲めばいいのに」と言ったが彼女曰く「これが良い」らしい。
ガタンッと大きな音を立てながら、缶コーヒーが自販機の口に落ちてくる。
俺はそれを取り出して、凛にほいっと手渡した。
温かい缶は俺たちの手をじんわりと温めていく。
そして、そのまま俺はカチッと開け一口。
ホッと一息ついたところで凛が口を開く。
何か深刻な話でもするのかどこか逡巡している様子だ。
「そういえば……君、引っ越すんだってね」
重々しく彼女が切り出した話は彼女は知らないはずの話だった。
動揺している心をひた隠しながら俺は答える。
「いきなりだな……知ってたのか」
「うん、君のお母さんがウチのお母さんに話してるの聞いちゃった」
「そうか、そうか……」
「今更『何で言ってくれなかったの』と責めるつもりは無いけど……少し寂しいな」
少し目を伏せ、落ち込んだ表情でそう言う彼女に居た堪れなくなった俺は「ごめん」と零す。
「あっ、謝って欲しかった訳じゃなくて、えっと……」
「分かってる。でも、言えなくてごめん。ずっと……一緒にいたこの関係を壊したくないって思ったんだ」
「ふふっ、変な所で心配性。まったく……君らしいや」
「それに……」
「うん?」
「いや……何でもない」
口を閉ざし、間が空く。
そこから先を言う勇気は俺には、無かった
「……ねぇ、寒いから君の缶コーヒー、一口頂戴」
言い出せない俺の心情を知ってか知らずかそう言いながら、彼女はこちらに手を伸ばしてくる。
嬉しいのか悲しいのかよく分からない表情。
そんな彼女に「俺の苦いし、自分のあるだろ」と言うのは何だか野暮な気がした。
「ほい」
「ありがと」
受け取り、彼女はそのまま一口ゴクリと飲み込む。
飲んだ後に吐いた白い息がさらーっと冷たい冬の空気に消えていった。
「……うへー、やっぱ苦いや」
「うげっ」と顔を歪ませ、舌を出しながら彼女は缶コーヒーをまた俺の元へ。
俺も躊躇も戸惑うこともなく戻ってきた残りのコーヒーをただ流し込んでいく。
……想いまでも飲み込んでしまったかもしれない。
空になった缶を持ち、少し手が冷たくなってきたところで
「よしっ、行こっか!」
今度こそ笑顔になった彼女が足早に学校の方へ歩いていく。
結局言えなかった想いをひた隠すように、俺は手元の缶をゴミ箱に投げ捨てて彼女の後を追うのだった。
缶コーヒー、君の手元の 御厨カイト @mikuriya777
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