白いポメラニアンの女
烏川 ハル
白いポメラニアンの女
夕方トイプードルを連れて近所を歩くと、同じく犬を散歩させている人たちに遭遇する。
特に、住宅街から大通りへと抜ける真っ直ぐな道。俺が勝手に「わんわんロード」と呼んでいる付近だ。
片側は民家が並んでいるけれど、反対側は川の土手みたいに盛り上がった草地で、その状態が200メートルか300メートルくらい続いている。ちょうど犬の散歩に適しているようで、俺も定番のコースにしているのだった。
犬を連れた人に出会えば「こんにちは」と挨拶するし、お互いの犬同士が道端で遊び始めれば、軽く立ち話もする。話題は当然、それぞれの犬に関することが中心だ。
そもそも「近所を歩く」といっても、ひとつふたつ隣の町会あたりまでは足を伸ばすし、例えば「わんわんロード」も既に別の町会だ。また俺自身が元々、あまり近所付き合いしていなかったせいもあって……。
相手の名前もどこに住んでいるかも知らないけれど、その人が連れている犬の名前や年齢などは把握している。そんな顔見知りが増えてきた。
俺が犬を散歩させる「夕方」は、だいたい5時か6時頃。ただし犬がそれまで我慢できなくて、うるさく催促する場合は、4時くらいに出かけることになる。
要するに、毎日微妙に散歩の時間は違うわけで、そうなると出会う相手も変わってくる。犬の散歩なんて短ければ10分か15分、どんなに長くても1時間以内だろうし、たとえ散歩コースが同じでも、それぞれの散歩時間が重ならなければ、会う機会は
だから「毎日会う」なんて相手はいないはずなのだが……。
不思議なことに、ほぼ毎日――正確には週に5日か6日――出会う者がいた。白いポメラニアンを連れた女性だ。
――――――――――――
年齢は30歳くらいだろうか。
つばの広い麦わら帽子を
背中まで伸びた長い黒髪や清楚な白いワンピースも、いかにも美人に似合いそうなイメージだ。おそらくワンピースは、愛犬のポメラニアンに色を合わせているのだろう。
その格好がよほど気に入っているらしく、彼女はいつも同じ服装だった。いや俺がファッションに無頓着な男だから「同じ服装」に見えてしまうだけで、実際には別の服。同じ一枚のワンピースを使い回すとは考えにくいし、似たような白い服を何着も持っているのだろう。
俺はそう思っていた。
うちのトイプードルは人懐っこくて物怖じしない性格のため、どんな犬や飼い主と出会っても大はしゃぎするが、中でも麦わら帽子の彼女は特別らしい。
彼女に撫でてもらったりすると、俺や家族が同じことをした時以上に凄く喜ぶ。よほど彼女は犬扱いが上手なようだ。
彼女が連れているポメラニアンもよく遊んでくれて、うちのトイプードルが興奮のあまり飛びかかっても、全く嫌がらないほどだった。
初めて彼女と会ったのは、ちょうど今みたいに暑い時期。だから最初は、麦わら帽子や半袖のワンピースも季節感にマッチしていたのだが……。
10月や11月になり、少し肌寒い季節となっても、彼女は同じ格好を続けていた。
少し奇妙に感じたものの、だからといって問いただすほどの話ではないし、そんな仲でもない。それまで通り「犬の散歩で出会う顔見知り」という関係の付き合いを続けて……。
ある時、ひょんなことから夏服の理由が判明する。
うちのトイプードルが彼女や彼女のポメラニアンと
彼女たちは、どちらも画像に写っていなかったのだ。
――――――――――――
スマホの写真を見て、最初に思い出したのは「吸血鬼は鏡に映らない」という話。有名なのは「鏡に映らない」だが、吸血鬼を扱った映画や小説の中には、確か「写真にも写らない」設定にしている場合もあったはず。
続いて頭に浮かんできたのが「宇宙人が人間に化けている」的なSF映画。肉眼では人間そっくりに見えるけれど、写真機やビデオカメラなど、機械を通すと正体が見えてしまう……みたいな物語だ。
吸血鬼にしろ宇宙人にしろ、どちらも人外の化け物だろう。今までは空想上の存在、単なるフィクションに過ぎないと思っていたが、もしかすると、この麦わら帽子の彼女は……。
そこまで考えた段階で、自分の考えの誤りに気づく。
もしも画像に写らないのが彼女だけならば、吸血鬼や宇宙人という解釈も可能かもしれないが、そうではなくて彼女の犬も同様なのだ。
人外の化け物とはいえ、吸血鬼も宇宙人も
ならば……。
ここでようやく別の可能性に思い至る。
幽霊だ。
考えてみれば、彼女たちと初めて出会ったのは、ちょうどお盆の頃。それこそが、幽霊という何よりの
そもそもお盆とは、あの世の霊が一時的に現世に戻ってくる時期。麦わら帽子の女性と彼女の愛犬は、おそらくお盆でこちらへ来たものの、あの世に帰りそびれた霊たちなのだろう。
幽霊だから、もはや疲労を感じることもなく、夕方の散歩も長め。毎日何時間も歩き回っているに違いない。
――――――――――――
「わん! わん、わん!」
うちのトイプードルは今日も、麦わら帽子の彼女とポメラニアン――白色の幽霊コンビ――を見かけると、嬉しそうにそちらへ駆けていく。
「こんにちは。ありがとうございます、いつも遊んでいただいて」
「いえいえ、こちらこそ。メルちゃん、元気ですものね。本当に可愛らしくて、連れて帰りたいくらいですわ」
「ははは……。それはさすがに勘弁してください」
最初の頃はお互い「こんにちは」だけだったが、今では軽い冗談も交わす間柄だ。
正直、自分でも驚いている。相手の正体が幽霊だとわかった上で、それでも普通に接することが出来る自分自身に。
もちろん俺には特別な霊感なんて
こうして実際に出会うまで、そんなものいるはずないとか、もしも実在するとしても恐怖の対象でしかないとか思っていたが……。
百聞は一見にしかず。事実は小説より奇なり。
うちのトイプードルが懐いている以上、俺も怖さは感じないのだ。おそらく彼女たちは、下手な人間よりも良い人だったり、良い犬だったりするのだろう。
(「白いポメラニアンの女」完)
白いポメラニアンの女 烏川 ハル @haru_karasugawa
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