エピローグ[5章]-後編-


 かくして、ルシエラは魔法学校に戻ってくる。

 アルマに取り込まれた魔法少女達は、ひとまず魔法学校敷地内の寮で保護されている。マジカルペットの影響と薬物が抜け次第、元の世界に帰還してもらう予定だ。

 とは言え、元の世界で魔法的な治療が続けられる少女ばかりではないため、簡単に片付く問題ではない。他の後始末同様、コツコツと進めていくしかないだろう。


「差し当っての処置はこれで終わりですわね。後はナスターシャさんやシャルロッテさんに経過観察をして貰って、何かあれば駆けつけるだけですわ」


 少女達の治療を終えて自らの部屋に戻ったルシエラは、私物を整理して部屋の扉を閉める。


「本当はルシエラさんが寮に居続けられればベストだったけどね」

「……仕方ないですわ。女王不在をいつまでも続ける訳には行きませんもの」


 校舎の方へと向かいつつ、ルシエラは自らの部屋だった場所を見る。

 シルミィに破城槌で空けられた穴は綺麗に修理されていて、まるで遠い昔の出来事のようだ。


「ルシエラさん、本当に名残惜しそう」

「カミナさんやシャルロッテさんのみならず、ミアさんまでそう言いますのね。わたくし、そんなに未練がましく見えますの?」

「うん」

「むむ、即答ですの。まあ、未練がないと言えば嘘になりますけれど……」


 校舎の廊下を歩きながら、ルシエラは短い学校生活を想起する。

 魔法列車でのネガティブビースト襲撃から始まった学生生活、あれやこれやと厄介なトラブル続きだったが、それでもお別れだと思うと一抹の寂しさを覚えるのは事実だ。


 ──なんだかんだ、わたくしも学生生活を楽しんでいましたのね。


 こんなにもセンチメンタルな気分になるのは、晩夏の風の中に秋風が混ざり始めただろうか。


「大丈夫、私はずっとルシエラさんと一緒だから、ね」


 後ろからぴとりとルシエラにしなだれかかり、ついでに下からがっぷりと胸を鷲掴みにして揉みしだくミア。


「ひあっ!? ミアさん、学校でそんな大胆な行動は止めてくださいまし! 生徒指導物ですのっ!」

「大丈夫。皆、浮遊島に行ってるから、ね」


 自らのたわわな胸を押し付けながら、胸を揉む手を更にエスカレートさせていくミア。


「全く、お前等は心底ハレンチな生物だにゃ」


 そんな二人を見て、トラベルバッグを抱えたセラが呆れ顔を作る。


「あ、セラさんもどこかにお出かけ?」

「お出かけっていうか、お前等同様お帰りだにゃ。暫く家に帰ってないし、一度両親に顔見せておこうかと思ってにゃ」


 放蕩娘にも程があるだろ、と自嘲するセラ。


「そう、きっとそれがいいね。でも少し寂しくなるね」

「ハッ、お前がそんな感傷的なタマかよ。それにアンゼリカの奴が言うには、もう少し往来しやすくなるらしいにゃ」


 そこでようやくルシエラが解放され、三人は話しながら中庭へと向かっていく。

 そこには大きな白いアーチが設置されていた。


「いつの間にか、大きい物できてるね」

「あれは異界門ですわね。アンゼリカさんが建てたのですかしら」


 アーチの先が中庭の向こう側ではなく、別の所に繋がっているのを見てルシエラが言う。

 異界門は安定した別世界への接続口を作り上げるための物。本来は渡航先の異世界に同型の物を設置して一対にするのだが、繋がる先を見るにこれは転移時の消費魔力軽減を目的しているようだ。


「はい。いちいち次元転移で魔法少女帰還のお手伝いするのも面倒なんで、さっくりと建てちゃいました」


 白いアーチの先から猫飾りの杖を持ったアンゼリカがやってくる。


「アンゼリカさん、水臭いですわ。言ってくだされば手伝いましたのに」

「いえいえ、ルシエラさんも忙しいのは知っていたので! 引っこ抜かれた魔脈の正常化、予定よりも大掛かりになったってエズメさん言ってましたよ」

「魔脈からアルマさんが居なくなった分、巡る魔力の総量が減りましたから。その影響を出さないように手を加えただけの話ですわ」

「それに比べればこんな異界門の一つや二つ軽いものですからね。頼もしい嫁を頼ってくださいって」


 言って、アンゼリカが自らの胸を叩いた。


「でも、学校の中庭に建てるより、邪魔にならない場所の方がよかった気がする」

「将来的には魔法の国に対の異界門を設置して、往来しやすくする予定ですからね。監視の目が合って人が多い場所の方がいいんです」

「ん、なるほど。先のこと、見越してるんだね」

「そういうことです」


 アンゼリカは白いアーチの横にある水晶球に手を当て、くるくると水晶球を回転させる。

 それに合わせ、白いアーチの先にある風景が次々と切り替わっていく。


「はい、セラさん。ご実家はここでいいですか?」

「文句なし、ウチの近くだにゃ。じゃあ、ちょっくら行ってくるにゃ」

「適当な所で迎えを寄こしますんで、里帰り楽しんできてください」

「悪いにゃ。私が居ないからって、真っ昼間からルシエラと盛るのは程々にしとけよ」


 セラは振り返らずにひらひらと手を振って、白いアーチを通って消えていく。


「……ミアさん、わたくし達も折角ですから門を使って行きましょうか」

「ん、そうだね。アンゼリカさんは?」

「同行したいのは山々なんですけど今日は予定があるんですよねぇ。御三家は同格でないといけないので、イニシアチブとか、面子とか、面倒なことがあるんです」


 面倒そうに猫飾りの杖を振りながらアンゼリカが言う。


「御三家の赤緑が揃ってこっちで活動してますものね」

「ご本人方の後始末兼ねてますって言っても、事情を知らない人間には通じませんから」

「そう」

「はい。ですから、今日の所は私の作った愛の結晶を使って、ルシエラさんが魔法の国への帰還を果たす。その事実で満足しておきます」

「私と一緒にね」

「止めてくれませんか、そうやって不意に挑発するの! ピンクの人、そういう所ですよ!」


 アンゼリカは不愉快そうに杖の石突でミアをぐりぐりと押すと、再び水晶球を回してアーチの先を魔法の国グランマギアへと繋げる。

 ルシエラは異界門をくぐる直前で足を止め、名残惜しそうに一度後ろを振り返る。

 やがて、決心したように風呂敷包みを担ぎなおすと、ミアと共に異界門をくぐるのだった。



  ***



 看板娘が都会の魔法学校に入学した田舎の村の小さな宿屋、いつも通り窓際のテーブルでバドは静かにグラスを傾ける。


「謹慎とは……第二王女も宮廷魔術師連中も随分安い処罰で済んだな」

「たははぁ、酷いなぁ。それで済むように尽力したんだよ。信仰するアルマ様を生で見たのなら冷静ではいられない。この弁護、大神殿の面々が大ハッスルしてたおかげで凄い説得力だったよ」


 大袈裟な身振り手振りを交えて解説し、ローズが愉快そうにグラスを煽った。


「アルマ信仰と外交か、魔法の国との関係は苦労しそうだな」

「するだろうねぇ。まあ、そっちは私の領分じゃないからお任せするだけさ。幸い向こうのお偉いさんは信頼できそうだし、とりあえずは未来の心配ができるだけよかったと思おうよ」

「しかし、高貴な身の上だとは思っていたが、流石に想像以上だったな」

「アルマ様の娘だって聞いた時は本気で驚いたよ。おかげで、うちのフロちゃんに怒られたこと怒られたこと」

「おお、ローズ先生。聞いたか、ルシちゃんの話」


 そこに宿屋の店主が酒の肴を持ってやって来る。


「聞いているよ~、丁度その話で盛り上がってた所。あ、ウイスキーボトルで追加」

「本当によかったのう、生き別れの母親と再会できて。それだけでも都会に送り出した甲斐があったってもんじゃ」


 ローズ達のテーブルに料理を乗せると、店主は台拭きで目頭を拭う。


「たはは、大仰なこって。でも、愛する孫娘を取られたみたいで、ちょっと寂しいんじゃない?」

「そりゃそうじゃがな、あの子が幸せなのが一番じゃ。それに……」

「お前、お前、お酒を持って来てやったのだよ」


 と、そこに現れたエプロン姿の少女を見て、ほろ酔いで上機嫌だったローズの顔が真顔になる。

 チェイサーの水を一気飲みし、頬を叩いて目をこする。


「どうした、ローズ」

「いや、話題のルシちゃんじゃない方」


 言って、ローズはまじまじとその少女を見直す。その白い少女はどう見てもローズが知っているあの人物だった。


「この子、アルちゃんと言っての。ルシちゃんの遠い親戚らしいのじゃが、頼まれて預かっとるんじゃ」

「おい、ローズ」


 その言葉でバドも正体に気がつき、ローズが目を丸くしたまま首肯した。


「のん兵衛共はどうしてそんなにお酒が好きなのかね。私は干し芋の方が遥に美味しいと思うのだわ」


 その白い少女──アルマは呆れ顔でそう言って、干し芋片手に飽いた席に勝手に座る。

 まだ日の高い宿屋の酒場に他の客はなく、店員がくつろいでいても咎める者は居なかった。

 と言うか、全員顔見知りのような田舎の酒場、そんな無粋なことをする人間は居ないのだ。


「カッカ、酒は大人の味じゃての、まだアルちゃんには早かろうよ」

「早いのではなく興味がない、なのだわ。私は羊共の所へ行ってくるのだわ。今日こそあの凡愚の群れに威厳を叩き込んでやるのだわ」

「おうおう、行っといで。街灯があるからって遅くなるでないぞ」

「安心するがいいのだよ。私の脅威になる生物なんていないのだわ」


 アルマはエプロンをカウンター裏にしまうと、ちりんと扉を鳴らして外に遊びに行ってしまう。


「たはは、エンジョイしてるねぇ。……魔法総省から定期的に人を回した方がいいかな」

「だろうな、高速通信の設備も整えておくべきだろう」


 苦笑いするローズに、バドはグラスを傾けながら頷くのだった。


  ***


「な、なんですと!? クロエさん、それは一体どういう意味ですの!?」


 大宮殿の大広間、唐草模様の風呂敷包みを担いだルシエラが驚きの声をあげる。


「そのままの意味です、貴方を女王にするのは暫し見送ると言ったのです」

「いきなり女王の座を渡しておいて、今度はそれですの!? わたくし、既に挨拶回りまで済ませてますの! 自分勝手が過ぎますわ!」


 風呂敷包みをミアに預け、憤慨したルシエラがクロエに詰め寄る。


「私は貴方に帰ってこいとだけ言いました。挨拶回りまで済ませたのは貴方の早合点と言わざるを得ません」

「み、見送る理由はなんですの! 納得できる説明をしてくださいまし!」


 女王に戻って来いと言うのなら、さっさと国を治めろ以外にどんな解釈があると言うのか。早合点も何もない。

 ルシエラは食い下がって説明を求めた。


「奪われた我が権能は無事取り返すことができました。ヴェルトロン家もエズメが当主に戻り、国政も問題なく運営できることでしょう」

「それはわたくしに女王不適格の烙印を押す説明になっていませんわ!」

「アルマテニアとの交流はもはや不可避です。貴方は女王としてそれに向き合う必要があります」

「当然でしょう」


 思わぬ返答にルシエラは小首をかしげる。

 そう思ったからこそこの場に居るのだ。そんなことは当然だ。


「されど、その女王がアルマテニア魔法学校中退では示しがつかないとは思いませんか」

「う……」


 クロエの言葉にルシエラの表情が渋くなる。


「女王の座から転げ落ち、好敵手には一度も勝てず、魔法学校も中退。思えば、貴方は何一つ成し遂げていない」

「ぐ、ぐにゅにゅ……」


 クロエの容赦ない言葉に、悔しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にするルシエラ。残念ながらそれは事実であり、強く否定することができない。

 そんな二人のやり取りを傍でじっと観察していたミアは、仕方ないと言った様子で口を開く。


「えとね、ルシエラさん、ちゃんと顔見てあげて」

「え……」


 ミアの助言を受け、クロエの顔をじっと見つめるルシエラ。

 無謀の仮面を着けていないクロエは、照れくさそうな顔をして視線を逸らしていた。


「多分……クロエさんの思いやりなんじゃないかな。女王に戻る前に学生生活、楽しんできなさいって」


 そこまで言われ、ルシエラもようやくそれがクロエの思いやりだと理解する。


「貴方は実に私の娘ですね。すぐに意固地になって視野狭窄を起こす」

「そうであるのなら言ってくださればいいのに。え、ええと、その……」


 クロエの真意に気付いた途端、ルシエラの方も照れくさくなってしまい、急にドギマギとしてしまう二人。

 そのぎこちない様子に、ミアは仕方ないと再び口を開く。


「あのね、ローズさんが言ってた言葉。歩み寄り、大事だね」

「わ、わかっておりますわ。クロエさんが歩み寄りをしてくださったことも……」


 ルシエラは口をもごもごとしながら迷っていたが、


「なら、遠慮なく行ってきますわ……お母様」


 意を決してクロエを母と呼んだ。

 それを聞いたクロエは優しい微笑みを浮かべ、コホンと小さく咳ばらいをする。


「行ってらっしゃい、ルシエラ。仲間と一緒に学生生活を楽しんできなさい」

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ダークプリンセスはそれでも魔法少女に勝てない 文月なご @furucchi

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