エピローグ[5章]-前編-
エピローグ
アルマテニア王立魔法学校を見下ろす浮遊島の庭、珍しく制服を着たナスターシャと正装のカミナが壇上に立っていた。
「魔法総省及び、アルマテニア王立魔法学校を代表して感謝申し上げる」
「我らが女王に代わり、この浮遊島がアルマテニアとの友好の懸け橋となることを願っていますわ」
周囲の来賓や魔法学校の生徒が見守る中、二人は揃って台座に置かれた書面にサインを交わす。
『
司会の言葉と共に盛大に巻き起こる拍手の中、二人は余所行きの笑顔で握手を交わして降壇する。
「ふぅむ、茶番じゃの。件の女王は何食わぬ顔で生徒の中に紛れておるのじゃが」
シルミィ達が大急ぎで次の準備に追われる中、カミナと共に席へと戻るナスターシャは、制服のボタンを外して胸をはだけながら呆れ顔を作る。
「全くね。だから、一つ嫌がらせの演目を追加しておいたの」
カミナは悪戯っぽくくすりと笑うと、華やかに飾り付けられた特別校舎の屋上へと視線を向ける。
『さて、ここからは魔法の国の最先端魔法、そのデモンストレーションを兼ねた特別イベント。ダークプリンセスのスペシャルライブをお楽しみください』
魔法で作られた色とりどりの花びらが花吹雪のように舞い踊る中、烏のような音響装置が宙を飛び、アップテンポのミュージックが流れ始める。
「うおおお! マジですか会長代行! 役得ですよ、役得!」
警備をしていた魔法協会員が、興奮を隠しきれない様子でシルミィを揺する。
「とりあえずしっかり見とけよ。向こうの魔法は凄いらしいぞ」
「当然じゃないですか! ダークプリンセスのスペシャルライブですよ!?」
「んあー、そうかそうか。ルシエラの奴、さっき死んだ目で連行されてたが大丈夫なんだろうな。これで中止になったら、うちの連中は警備どころか暴徒になりそうなんだが」
興奮する部下に若干呆れつつ、シルミィは心配そうな顔で特別校舎を見上げる。
その周りの人々も、揃って特別校舎へ期待の眼差しを向けていた。
「皆の物ーっ! 先日は力を貸してくれてありがとうですのーっ!」
そして、空中に次々とホログラムディスプレイが出現し、真新しい校舎の屋上にルシエラが登場した。
特別校舎屋上にある特別ステージの後、ミア達は歌い踊るルシエラを眺めていた。
「ルシエラ、根性あるですね。連行されてる時は涙目だったのに、今はしっかり笑顔でライブとか言うのやってるです」
「ん、丁度良かったんだと思う。魔法の国に帰る前に、プリズムストーン作る時のお礼、したかったみたいだから」
「アイツ、そういう所律儀よねぇ。ミア、たまにはとは言わず、ちょくちょく遊びに来なさいよ。ルシエラなら気軽に異世界でも自由に往来できるんでしょ」
それがルシエラ流の別れの挨拶だと知り、少しだけ寂しそうな顔をしてフローレンスが言う。
「うん。昔も公務の合間を縫って、私にちょっかいかけてたぐらいだから」
「ちいねーちゃんの所にも今度顔出してやってくれです。会いたがってたです」
「うちの姉さんも忘れず相手してやってちょうだい。口では余裕綽々なこと言ってるけど、姉さんあれで割と寂しがってるのよ」
「ほ、何やら妾の話をしていた気がするが」
塔屋のエレベータが開き、ナスターシャとカミナがやってくる。
「姉さん。別に悪口とかは言ってませんからね」
半眼でナスターシャを睨むフローレンス。
「別に悪口を言われておるとは言っておらぬが。そも、悪口を言われるような行いはしておらぬからの」
「はいはい、その自己肯定感だけは見習いたいわね」
「うむ、大いに見習うがよい。お主に最も足りぬものじゃからな」
腰に手を当て、自慢げに胸を張るナスターシャ。
「ほんっと、嫌みが通じない無敵の人よね」
かくして始まるいつも通りの口喧嘩。
「会長とフローレンスは本当にいつも通りで困るです。魔法の国のお偉いさんの前でやるのだけは止めてほしいですよ」
「うふふ、それは手遅れと言うものではないかしら。あの二人、ルシエラの前で散々好き放題口喧嘩してきたのではなくて?」
「言われてみれば、おめーら揃ってお偉いさんじゃねーですか。すっかり忘れてたですよ」
諦めたようにため息をつくセリカを見て、機材に腰かけたカミナが日傘を差して優雅に笑う。
「そういえばカミナさん、お母さんの方はどう?」
「……慈善活動に精を出しているわ」
「ノブレスオブリージュだね」
「それも一つのプライドの在り方なのかしら。どうせ己の意地を貫くのなら、他者を踏みにじるのではなく、共栄できた方がお互いに幸福ね」
「そうだね」
「ただ、当主の座を取り上げてぶつかり合ってみたけれど……結局、何を考えているのかわからないまま。仮面の下はクロエ様の方がまだわかり易いわね」
カミナはステージで踊るルシエラを見ながら、遠い目をして言う。
彼女の中では、まだ母親との関係に折り合いがつけ切れていないようだった。
「結局、ユーリアさんもグリュンベルデの名に縛られていたのだと思いますわよ」
そこで、曲を歌い終えたルシエラが変身を解除して戻ってくる。
「あら、ステージの上だったのに耳ざといのね」
話を聞かれていたカミナは、苦笑しながらルシエラを出迎えた。
「ユーリアさんは言っていましたわ。わたくしを認めてしまえば、別の答えを選んでいたのならばと後悔してしまうと。……だから、背中を押してあげる必要があったのだと思いますわ」
「そう……本当に似た者親子ね。けれど、それなら私も意地を張った甲斐があったのかもしれないわね」
カミナは日傘で顔を隠しつつ、小さく呟く。
「カミナさん……」
「あら、ごめんなさい。晴れの舞台に湿っぽい感情を持ち込んでしまったわ」
カミナはバツの悪そうな顔をしてそう言うと、誤魔化すようにルシエラにドーナツの箱を手渡した。
「これは?」
「これからエズメ・ヴェルトロンの所にも行くのでしょう?」
「ええ、魔法の国に戻る前に、魔法協会にも挨拶をしておこうと思っていますの」
「そこにシャルロッテ達も居るはずだから、持って行ってあげて。研究室の部屋代よ」
「わかりましたわ」
ルシエラは届けることを了承し、フローレンス達と手短に挨拶を交わしていく。
「それと……。貴方も後悔のない選択をしなさい。幾つかの後悔は取り戻すことができるけれど、それでも後悔なんてしないに越したことはないのだから」
カミナは最後にそう一言付け足して、魔法協会へと向かうルシエラとミアを見送るのだった。
「コレット、次はこちらの書類を頼む」
魔法協会の支部、机で事務作業をしているエズメがタマキに指示を出す。
「えー!?」
テーブルで書類を作り終えたばかりのタマキは、休む間もなく押し付けられた次の仕事に不満を漏らす。
「その次はこれを」
「うへぇ。叔母さん、当主に戻ったからってきっついなぁ!」
一つ終わればすぐに次、次々押し付けられる仕事にタマキが悲鳴をあげる。
あの後、エズメはアネットに代わりヴェルトロン家の当主に戻った。
だが、魔法の国の要人がアルマテニアで役職を持っていては問題になる。そう判断したエズメは、自ら持っていた役職と仕事の引継ぎ、そしてアルマの後始末を急ぎこなしていた。
「エズおばー、ちょっとコレちゃんに負荷かけ過ぎじゃない!? そっちは私がやりますので、手心お願いしますっ!」
タマキの向かいに座って手伝いをしていたシャルロッテが、両手をあげてエズメに不満をアピールする。
「却下だ、その気遣いはためにならない。シャルロッテなら捌ききれるのは知っている。だが、これはコレットの教育を兼ねている。君は自分自身の課題をこなしなさい」
「えー、スパルタ過ぎない?」
エズメの説明を聞いてなお、シャルロッテは不満に頬を膨らめた。
「この書類の山と同じことだよ。遅れを取り戻すには、どこかで帳尻を合わせなければならないのだからね」
言いながら、エズメは自らの机にたまった書類の山を片付けていく。
作り終えた書類がひらひらと空中を舞い、自らの意志を持つかのように集まって机の端で整頓されていく。
「あらま、魔法協会がヴェルトロン家の執務室のようになっていますわね」
そこにドーナツの箱を持ったルシエラとミアがやってくる。
「ルシエラ、やほー☆ エズおば、ドーナツ、ドーナツ休憩を要求します!」
「ふむ、仕方あるまい」
ようやくの休憩に、タマキがぐだっと椅子にもたれかかる。
「ん。タマちゃん、大変そうだね」
「本当に大変だよ。この世界の文字にまだ慣れてないしさ、英語の宿題よりもずっと難しいよ」
ミアに手渡されたドーナツを食べつつ、げんなりとした顔でタマキが言う。
「お仕事片付いたら、今度くーちゃんにも会いに行こうね」
「そうだね。借りてたアルカルナのペンダント、返さないといけないからね。前回は会えずじまいだったし」
「ん、楽しみ」
久しぶりに三人揃うのを想像してか、ミアがそのポーカーフェイスを少しだけ綻ばせた。
「明日を心待ちにできるのはいいことだ。……さてルシエラ、君も来る明日を心待ちにできているかね?」
そんな会話をしている二人を横目に、エズメは紅茶を飲みながらルシエラに問う。
「わたくしはまだまだ道半ば、がむしゃらに走る段階ですもの。そこまで期待に胸を膨らませる余裕はありませんわ」
魔法の国から離れていた五年間の後始末、そしてアルマとの闘いの後始末。やるべきことは山積みだ。
更にここからは女王へと戻らないといけない。母であるクロエと一応の和解は出来たが、それで安堵し、あれこれと思い描いているような暇はない。
「ふむ、そう答えるかね」
「ルシエラの場合、むしろ今の生活が名残惜しい感じだもんね。今日のルシエラ、どことなく寂しそうな顔してるよ」
そんなルシエラの顔を見て、シャルロッテがドーナツを食べながら言う。
「それは……違うとは言い切れませんわね」
少ししんみりとした顔で首肯するルシエラ。
「あらあら~、ルシエラちゃん達も来てたのねぇ」
感傷的になりかけた場の雰囲気を、やってきたアネットがぽやぽやとした空気で弾き飛ばした。
「あら、アネットさん。マジカルペットの後遺症はもういいのですわね」
「おかげさまでね~、主治医のルシエラちゃんが優秀なおかげね~」
そういうアネットの手には大きなお皿、その上には黒色のドーナツが山盛り乗せられていた。
シャルロッテとエズメの苦々しい表情を見るに、あの黒はチョコではなく恐らくカーボンの黒。つまり、あのドーナツは失敗作だ。
「そ、そうですの、それはよかったですわ。魔法の国に戻る前に、魔法少女さん達の経過観察もしなければなりませんから、お先に失礼いたしますわ」
このままだとご相伴に預かるハメになりかねないと、ルシエラはミアの手を掴んで足早に立ち去ろうとする。
「あら~、ルシエラちゃんもドーナツ食べていけばいいのに。うちの子達、皆ドーナツが好きみたいだから沢山揚げたのよ~」
アネットは頬に手を当てて困ったような顔をすると、シャルロッテ達にドーナツを配っていく。
白いお皿の上に漆黒のドーナツがゴトリと音を立てて降臨、可食部など存在しない圧倒的な存在に、タマキの顔が絶望に染まった。
「えと、タマちゃん、頑張ってね」
「う、うん、頑張るよ……。色んな意味で」
ドーナツとにらみ合いを続けるタマキに、ミアは励ましの言葉を贈って部屋を出る。
「ルシエラ、重ねて言うがね。君の母親、我が親友システィナは君の幸せを一番に願っていた。そのことを忘れないようにしなさい」
部屋を出た所のルシエラを呼び止め、諭すようにエズメが言う。
「ええ、わかっておりますわ」
ルシエラは真剣な表情で頷き、魔法協会を立ち去っていくのだった。
「あー! エズおば、私にドーナツプレゼントしてくれてる! おかー様、慎ましいエズおばに追加のドーナツを山盛りあげてくださいっ!」
そのどさくさに紛れ、エズメが炭ドーナツを押し付けていたことを、シャルロッテは見逃さなかった。
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