塔
鹿紙 路
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その王国では最近、新王が即位した。
王は王弟であった頃から野心にあふれ、先王が死んだのも、彼の謀略によるものともっぱらの噂だった。
新王には幼なじみがおり、新しい宮殿の建築を任されていた。彼は優秀な建築家だった。美しい彫り物の入った壁を、極彩色に塗り分けられた天井を、どこまでも続く白い柱廊、目にも鮮やかな噴水のある緑の庭を造り、そして、最後に建築家が建てたもの――それは、青い天球を突き刺さんばかりの、高い、高い円塔。そこからは、都のすべて、否、世界の半分が見渡せた。
建築家は王をつれて塔に入った。螺旋階段を一段ずつ登りながら、こんな話をした。
「この塔に使われたタイルは千億枚、この塔に使われた奴隷は百億人でございます」
「なに、そなた、いつそのような多数のタイルを集めたのだ、いつそのような人員を集めたのだ、」
「なにをおっしゃいます、千億のタイルも、百億の奴隷も、すべて陛下がお与えくださったものではありませんか……さあ着きました、頂上です」
王が顔を上げると、そこには青い空しか見えなかった。折しもその日は雲一つない快晴。中天の太陽が、鋭い薄金色の日射しを投げかけている。
王はまぶしさに目を細めながら、塔のへりへのろのろと歩み寄った。
「おお、わが都が……よう見えるわ、なんと、なんと遠くまでみえることか……のうそなた、どのようにしてこの塔を建てたのじゃ?」王はこどものように喜んだ。満面に笑みを浮かべ、反対側にも駆け寄ろうと、建築家の横をすり抜けた。「ああ、海が、山が、富が見える、あの島はわが妻の故郷、あの街はわが母の故郷――」
そう、王には世界の半分が見渡せた。自分の王国の、巨大な領地はみなすべて。やがて中天の太陽がぎらりと傾いだ。
するとどうだろう、王は世界の、残りの半分も見渡せた。そこは透き通りそうな青、そこはなにもかも呑み込む青。 建築家は、都の雑踏にまっさかさまに落ちていく王を、じっと見ていた。王は瞠目して、蒼く高い空へ、自身がどうあがいてもたどり着けぬことに呆然としていた。
やがて王は家々のはざまに見えなくなり、建築家は塔のへりから突き出していた手を引っ込め、屋上からぐるりと見渡した。やがて彼は、千億のタイルと、百億の奴隷と、世界の半分を手に入れる。
塔 鹿紙 路 @michishikagami
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