三
うちの町内に街灯が少ないことを、誰か気にしているだろうか。
飲み屋を出たとき、すでに日付は変わっていた。
いっそう暗い道を、ひとり歩いていた。
郵便ポストがある雑貨店、八百屋、近所の店はみんなシャッターを下ろしている。じきに家だ。
くだんの板塀と柿の木の家の跡地前にさしかかった。
そのときだ。
俺はぎくりとして、立ち止まった。
視線を感じる。
見下ろされている。
確かめるのが恐ろしかったが、その方向に顔を上げた。
板塀の、いつもの位置にいつもの柿の木のシルエットが、一ブロックほど先にある弱弱しい街灯の灯りに浮かんでいるのだが。
そのあたりに大きな丸い頭があった。
ぶよぶよとしている。
そこに並ぶ濡れて光る丸い目玉もこちらを見ている。
板塀は二メートルほどある。
その上に、物言わぬその頭はあるのだ。
何も言わず、ただこちらを見下ろしている。
背中がぞくりとするのを振り払って、アパートの自分の部屋へ全力で駆け込んだ。
鍵をかける。
カーテンを開けて窓の外を確かめる度胸はなかった。開けたその向こうに、黙りこくったあの頭と目玉があるような気がした。
(なんだなんだ)
酔っているせいか。
シャワーを浴びる。
しかし、妙なものを見てしまったという、その感覚が拭い去れない。
そのとき。
こつん。
何かがぶつかる音がする。
こつん。
タオルを巻いて風呂場を出ると、足拭きマットの上に転がっていた。
「……柿?」
いや。
柿だけじゃない。
柿色の大きな足だ。
視線をそろそろと上へ。
黒い着物の裾。
膝。
くたびれた帯を巻いた腰。
仁王立ちなのか。柿色の大きな手。
着物のあわせのあたり。
そして、その上には、
さっき、板塀の上から俺を見下ろしていた大きな柿色の頭が。
* *
タオル一枚のまま昼近くに目覚めると、部屋の中にも玄関の前にも柿が散らばっていた。
隣の柿 倉沢トモエ @kisaragi_01
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