第2話
今日も君が座っていた一番左後ろの席はガランと空いたままだった。すべて何かの間違いで、君が今でも僕の後ろに座っているのではないかと期待してしまう。でも振り返ったら君がいない事実が確定してしまいそうで、できなかった。
ダッシュは惰性で読み続けていた。正直、以前ほど楽しいと思えなかったが俺と君をつなげたこの週刊誌を手放してしまったら最後、君とのつながりが消えてなくなってしまいそうでイヤだった。
空虚を抱えたまま何気なく新連載マンガをペラリとめくって、目に入ったページに思わず目を見開いた。
君がいた。
マンガ風に頭身とか顔とかデフォルメされているけれど、間違いようがなく雰囲気が君そのものだったし、何より同姓同名だった。カタカナ表記だけれど偶然だとは到底思えない。
君は主人公の相棒として新連載マンガの第三話に登場した。
一体何が起きているのかとその日の夜は全然寝れず、ようやく寝付けたと思ったら草むらで寝転んでいた。
空には太陽のような強い光を放つ天体が三つサンサンと輝いていて、飛行機よりも大きい生き物が翼を広げて俺の体に影を落として飛び去っていく。
どう見ても異世界だった。
自分はいま夢を見ていると分かる夢は
夢ならば何が起きても不思議ではない。だから、君がザ・ファンタジーという感じのぶ分厚い布の服を着て、過剰な装飾品をジャラジャラまとって寝転ぶ俺の顔をのぞき込んでいても、夢だからと何の疑問もなく受けとれた。
「なんでダッシュに登場してんの?」
「新連載マンガを描いているの、僕のおじさんなんだよ。生の感想が欲しいって言われて相談にもよくのっていたのだけれど、僕の死にショックを受けて思い余ってキャラとして出したのじゃないかな。直接聞いた訳ではないから本当のところは分からないけれど」
「色々と初耳なんだが」
「真斗の生の感想聞きたくて黙ってた。ごめんね。ところでこれ、異世界転生したって言うのかな」
「本人が分からないのに俺が分かるわけないんだよな」
「だよね。僕の残留思念がキャラに乗り移ったパターンとかもあるのかな」
君は俺の横に座ると、異世界でもかけているメガネを両手の手のひらでグイっとあげ真剣に考えていた。
「こっちには、もう戻れないのか?」
「無理だと思う。死は死だし、乗り越えられない壁があるって感覚的に分かるんだ。でも真斗に会いたいなと思ったらここにいたんだよ。僕たち週刊少年ダッシュでつながった仲だからかな」
なんだよそれと思ったけれど、でもそうだよなと、なんとなく納得した。
「こうして君の夢に出てきたのは一生のお願いがあるからなんだ。真斗にしか頼めない」
君は真剣な目をしていた。きっとこれから一緒に異世界を旅しないかという誘いだ。君のいない日常を捨てることになんのためらいもない。俺が深くうなずくのを見て、君の顔は輝いた。
「ありがとう! それじゃあ早速だけれど……」
君は一呼吸おいた。
「ノコギリマンの続き、どうなったか教えて?」
それからというものの、君は毎週月曜日になると俺の夢に出てきて、今週のダッシュの内容を聞きたがった。
そのかわり俺は君の冒険の話を聞かせてもらった。あの時の戦いではこういう工夫があってさ、と本誌には描かれていない話を楽しく聞いた。映画の撮影現場の裏話を聞く感覚が一番近い。
どういうつながりであれ、こうして君と話せることは嬉しかった。ダッシュが結んでくれた点と点はつながり続けていた。
「前から聞きたかったけれど、このマンガ人気ある?」
けれど、しばらくたって君がそう聞いてきた時、やっぱり現実とダッシュの間には大きな溝があると感じずにはいられなかった。
答えづらい質問だった。
絵は抜群にうまい。緻密に練られた世界観で、作者の目指してあるものがあり、こだわりも強い、というのも伝わる。
だが肝心のストーリーはというと、綺麗な絵に誤魔化されそうになるけれど、語られない設定があまりに多くて分かりづらく、何が起きているのか君の補足なしでは理解できない方が多い。はっきり言って読者が置いてけぼりにされるタイプのマンガだ。そういうマンガは当然ながら人気がでず、掲載順は下から数えた方が早かった。
「一部でコアな人気がある」
「つまり、一般ウケしないタイプで何かテコ入れしないと打ち切り不可避ってことか」
「平たく言うと、そう」
「なんとなく、そうじゃないかと思っていたんだよ」
君は何でもないような顔をしていたけれど、俺はその先を考えてしまい心が暗く沈んでしまう。
もしこのマンガが終わってしまったら、君は消えてしまうのか?
その可能性を考えなかったことはない。
か細く続いている君との奇跡的な関係も、いつか終わるものだと分かっている。
けれどそれが現実の事情による強制的な終わりになるのは、なんとしてでも避けたい。
もちろん、打ち切り回避のためにネットで好意的な感想を書いてアンケートを毎週送っているが、俺ひとりの声なんて微々たるものだろう。
「俺にできることはない?」
「そうだね、真斗の素直な感想が聞きたい。ダメなところはダメって言って欲しい」
「でも俺、プロでもなんでもないからアドバイスとか絶対ムリだし、本当に思ったことしか言えないよ」
「それがいいんだ。必要なのは真斗の声なんだ」
そんなことでいいのかと思ったが、でもそれ以外、俺にできることはない。だから夢で会うたび、俺の立ち位置からの感想を思ったとおりに伝えたし、君は大真面目にうんうんうなずいて何かメモっていた。
はたしてこれが何かにつながるのか。もっと他にやれることはないだろうか。劇的な解決法はないのかと、また一つ掲載順が下がるたびに焦りばかりがつのっていく。
いよいよ下から二番目になって、ずっと最下位だった他のマンガが打ち切られた。
次はこっちの番なのは明らかで、今日こそ最終回だったらどうしようと震える手で本日発売日のダッシュを開いて思わず眉が上がった。
トマという新キャラが出てきたのだ。
記憶喪失で君と同い年くらいの、日本人風貌の少年だった。
これ、俺では?
君に話した感想がどういう風に伝わったか分からないが、俺が率直に展開が分からない世界観が分からないストーリーが分からないと言い続けたから、お前にこの世界が分かるようにしてやると君のおじさんがヤケクソになって作り出したキャラに思えた。
劣等感を抱えて捻くれているところが俺への当てつけのようで、俺こんな性格じゃないしとムッとしたけれど、何も知らないトマの登場で物語は格段にわかりやすくなった。
やりたかったのかはそれだったのか。そういう意図があったのか。
分かる、理解ができる。
物語への理解が深まれば、愛着がわく。先が気になる。
俺と同じような感想を抱いた人が多かったのだろう。
「ようやく面白くなってきた」
「意識高い系かと思ってたが今までなかったタイプのマンガだったわ」
「トマキュン、ひねくれボーイでカワイイ」
次第にネットでも応援の声が目に見えてふえ、掲載順は少しずつ上がっていった。タイミングよく今まで構築されていた伏線が回収され、思いのよらない展開が嵐のように続き、感想考察スレは大いに盛り上がった。
でも、初めからそういう風に話を練っていた、というよりは今にも消えそうだった線香花火をそのままでよしと眺めていた作者が、このまま言われっぱなしで終われるかと突然奮起してロケット花火をガンガン打ち上げたようだった。少なくとも俺にはそう見えた。
君のおじさんの連載マンガの掲載順は常にトップに近い位置につくようになり、今日で三回目の本誌表紙を飾り、新章が始まる。
トマと君が仲良く旅をする姿に、どうして隣にいるのは俺ではないのかと嫉妬を覚えることもあったが、君は相変わらず他の連載マンガの続きを聞きに夢に現れたので、気持ちに蓋をすることができた。
すべては順調だ。そう堅く信じていた。でもそんなことはなかった。
俺は打ち切られて物語が終わってしまうことばかり考えていた。
だからさ。
物語の途中で君が主人公をかばって死ぬ展開なんて考えもつかなかったんだよ。
君は二度死んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます