第3話

 死んだ甥っ子を自分の漫画に登場させておいて、また殺すなんて人間のすることとは思えない。

 伏線があっただろうかと探したが、君に死亡フラグは立っていなかった。本当に唐突だった。序盤から仲間だったキャラの死に感想スレも困惑していた。

 君が復活する展開を期待したが、君の旅の仲間たちときたら新たな冒険へ旅立ち、君の死を顧みることはなかった。トマだけが君の墓を弔うために残り、それ以降マンガに登場することはなかった。

 週刊少年ダッシュでつながっていた俺たちの関係は断ち切れ、君が夢に現れることはぱったりとなくなった。



 ベッドの上で寝転がり、ため息をつく。

 きっと君は現れないだろう。今日こそ会えるかもしれないと期待して寝て、会えないまま朝を迎えて絶望することを何度も繰り返しているうちに、疲れてしまった。

 そもそも全部、ただの夢だったのじゃないか。

 君の死を受け入れられないから、妄想と現実をごっちゃにして、ありもしないつながりにすがっていただけではないのか。

 君は死んだ。もう戻ってこない。いい加減、君の不在を認めて前を向いて歩けと頭の声が言う。

 でもそこにあったものを、もうないものだと諦めることが、死を乗り越えるってことなのだろうか。

 部屋の隅で積み重なったダッシュの山を眺める。

 今まで何百冊ものダッシュを読んでは捨ててきた。本当はいつまでも手元に置いていたいけれど、あの分厚い週刊誌を全部とっておける場所なんてないから、一冊増えるたびに古い一冊を捨てなくてはならない。

 人の記憶もそうなのだろうか。

 今日、塾に来た新しい子が一番左後ろの席に座っていた。

 君がいない世界の記録は積み重なっていき、君がいた痕跡は追い出されていく。君のことを忘れたくないと思っても、記憶はどんどん崩れてカケラとなってしまい、こぼれ落ちていく。そのままなかったことになってしまうなら、初めからゼロなのと何が違うのだろう。


 ふと部屋の隅に落ちていた紙が目に入った。体を起こして手を伸ばし、ひっくり返して目を見開いた。

 あの日、君に描いたノコギリマンの絵だった。


 ――真斗のマンガ、読んでみたいな。僕、絶対好きだと思う

 

 いつか君に見せるのだと決意して描いて、結局見せないままで終わったマンガを机の引き出しから引っ張り出してパラパラとめくる。

 あの時は傑作を描けたと意気揚々だったけれど、こうして見ると、ところどころノコギリマンと似ている。つたないところもいっぱいある。やりたいことが先走っている。

 でも俺の好きがつまったマンガだった。

 そうだ。俺の好きだというこの気持ちは、誰にも譲れない。 

 そんな当たり前なことを教えてくれた君との出会いは、なかったことになんてできないのだ。

 再びダッシュの山積みをながめる。

 君とはここから始まった。ならばまた始めることだってできる。

 俺たちは週刊少年ダッシュでつながった仲なのだから。


 机に座り、白紙のページと向き合う。

 線を描くと、君は動き出す。

 線を重ねると、君は走り出す。


 そうやって君を描き続けていると、俺の描く君は、本来の君のカタチを好きなようにこねくり回してしまったものではないのかと思ってしまう。

 それって俺の理想や妄想でできた君じゃないかって怖くなる。

 君のおじさんが君をマンガの中で殺してしまった理由も今なら少しだけ分かる。いや、一生許さないけれど、すごく身勝手なことをしているのだと感じる。

 けれど、これが俺の中で君が生きているってことだとも思うんだ。


 新しい旅路を始める君の夢を見る。

 まだ背中しか見えないけれど、いつか君がいつものあの笑顔を思い浮かべて振り返ってくれることを願って、ひたすら描き続けた。

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