金魚すくうや、夏祭り

鷹羽 玖洋

金魚すくうや、夏祭り


 かねや、太鼓や、馬の鈴 風船玉もピイと鳴る   ――――北原白秋



 イヤハヤ、この土日はどこもかしこも夏祭りのようで御座ンすな――。

 例の疫病からウン年ぶりの開催とあって、一月も前から、耳に入ってくるお囃子の稽古の太鼓のも、お社の参道に提灯つるす近所の連中の顔つきも、うきうき沸き立って今日という日が待ちきれねェようにみえました。

 やつがれのほうは、ホレ――ご存知の通り。どっちかっていやァ世の日陰者の類ですからねェ。普段はトンと、賑やかな場所とは縁のェ無作法者なンですが。

 先週の夜、夜空にドーンと花火大会の火が開いたでしょう。

 たまたまかび臭ェねぐらの窓からあいつを見かけて、つい――ね。まだ己にもそんな感傷が残っていやがったかと、苦笑いしたもンですよ。久々に気持ちをひかれて、そンならちょっとは見にゆくものかと、笛の音響く夜気の中へ繰り出したンで御座います。

 案の定、祭りの熱気と人いきれに当てられて、ふらふら路端に逃げました。楽しげにそぞろ歩く、手を繋ぎあった笑顔の家族。綺麗な浴衣のお嬢方や、四角い頭に鉢巻き締めた神輿みこし担ぎの男衆――。

 ああも怒濤どとうじみた活気にやられちゃ、あっしのような外れモンはせいぜい端から眺めるしかねェやな。楽しめたのは、そうサなァ、金魚すくいいほどでしたか。


 え? ハア。だから金魚掬いですよ、。そうそう、に放してある金魚をポイですくってお椀に集める例のアレです。

 ――何ですか、その目は。いいじゃないですか大人気おとなげなくたッて。

 エエなに、わざわざ金払って破れやすい紙で死に掛けてる金魚掬った挙句に魚の始末を押し付けられるだけだろって?

 粋じゃありませんねェ、粋じゃありませんよ。

 どうしてそうひねくれた物の見方しかできないんでしょうねェ。いいですか? 単に金トトすくってやあ嬉しやと喜ぶのは子供の金魚すくい。大人の場合は違いやす。


 金魚ってのはね、旦那。


 身分みぶん御定おさだめ義理人情、見えねェ囲いに囲まれた狭い世間で訳も解らず、あっちへ流されこっちへ流され、ぶつかりつつかれ追い抜き追い越されて――迷いながらも泳ぐしかねえ。泳ぐのを止めたら沈ンじまう。そういうあっしら人間の世の中のまことの姿が、金魚掬いの生け簀ン中には表れているンで御座居ます。


 そうでがしょ、旦那。


 生け簀の金魚は色も形も大きさも、大して違いはえってェのに、一旦いったん目に見えねえ誰かさんに掬われれば、そのまま長生きする者もみぞに流されちまう者も、すぐさまおッぬ者もある。そうじゃなく、すばしこい奴ァ網を逃れてほおっと一安心したところで、祭が終わりゃあ結局捨てられるンでやしょう。

 人の浮き沈みだって同じでさァ。

 汗水垂らしてどんなに努力したとして、自分じゃどうにもできねェ大きな力に振り回されることもある。そうなりゃ最後にゃ運不運。泣こうがわめこうが無駄なこと。

 世の中ってなァ、もともと一人の気持ちとは関係無く動いて回るもんなンですから――と、そうは言ってもね。

 やっぱり、哀しいもんは哀しいでしょう。虚しいことは虚しいです。

 生きるってなァ、つれェんだ。

 そういうことを考えながら――しみじみ金魚を掬うてェのが、大人の金魚掬いなンで御座居ます。


 へ? だったらその、口の端についてるソース汚れは何なんだって?

 オットいけねえ、いやだなァ旦那。こいつはちょっとした泥跳ねですな。天地神明に誓ってイカ焼きか、ソース焼きそばだったか、イヤたこ焼きかな? そんなもンではありませんッて。

 土産。ハア、近ごろ手元不如意でしてね――旦那もよッくご存知でがしょ?

 だからね、旦那。ホラ、金魚。可哀想じゃァありやせんか。

 この黒いのなんざ生け簀の荒波に揉まれ揉まれて、両眼が飛び出ちまッてる有様が――で、出目金だから当然だ? イヤ可愛いでしょッて話ですよ。なんとッ、今ならすこぶる縁起の良い赤い金魚もついてくる。

 イヤそこをなんとかお願いしやす、神様仏様大家様ッ。ウチには水槽なんてないんだから――ハイひとっ走りね、喜んでッ。綿飴りんご飴あんず飴、行ってきやしょうとも――え、水ヨーヨーにチョコバナナ、キュウリの一本着けも追加だとォ?

 無茶ァ言うにも程があるよ、この上カキ氷はご勘弁。

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金魚すくうや、夏祭り 鷹羽 玖洋 @gunblue

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