『水晶は時を刻まない』

小田舵木

『童貞魔法使いと暴力魔法少女、それと病弱少年』

 眼の前には水晶。その中には私の幼馴染がいて。

 私は魔法で創ったスレッジ巨大ハンマーを振り上げる。水晶を横薙ぎに叩く。

 ガシャン。その音と共に水晶は砕けて。中に閉じ込められた幼馴染が転がり出てくる。

 私はそれを受け止めて。抱きしめる。ほっそりとした身体。私より女の子みたいな身体。

「目的は果たせたかい?」私の後ろに居た師匠はそう尋ねる。

「一応…ね。でもさ。この世界で私達はどう生きていけば良いんだろう?」

 

 辺りを見回せば。一面水晶に覆われている。建物も木も人も水も、みな水晶化してしまっている。

「なぁに。贅沢をしなければ、寿命くらいは迎えられるさ。僕達以外、みな水晶になっちまっているんだからさ」


                  ◆

 地球は―ある日を境に水晶に覆われた。その理由は定かではない。

 師匠いわく。

「ま、この世の中には解明出来ない事もあるものさ」

 水晶は二酸化ケイ素から成る。それは地球上に潤沢にある物質で。

「地球上の誰かが、二酸化ケイ素に悪さ、したんだろうねえ」師匠はうそぶく。

「一体誰なんだか」私は半ば師匠を疑っている。

「僕じゃないよ。君は疑っているようだけど」

「アンタならやりかねない」

「この地球に酸素の次に潤沢にあるケイ素に悪さなんてするものか。結果が読めないよ」彼はこう言うが悪ふざけが好きな男でもあるのだ。

「私は疑いの目、向け続けるから」

「君は手厳しいねえ。僕の弟子だというのに」

「アンタみたいなちゃらんぽらん、師匠とは認めたくない」

「君にのは誰だと思ってる?」

「アンタ。いつかぶっ飛ばしてやる」

「いつでも来い。今や暇だからな。この地球上に水晶化してない人間がどれだけいるか…」

 

                   ◆


 私と師匠は地球が水晶化する前に出会った。その頃の私は荒れに荒れていた。世に言う非行少女。


「てめえ、殺すぞ、アマぁ」眼の前の同年代のヤンキー少年が因縁をつけてきて。

「やれるもんならやんなさいよ。このイキり餓鬼が」私は彼を挑発する。こうやって頭に血を上らせておけば、大抵の男はやっつけられる。冷静さを失った者はぎょしやすいのだ。

 ヤンキー少年はクソ素直にストレートのパンチを私の顔に。

 私はそれを横にれて避けて、斜め下からアッパーカット。彼の顎を揺さぶって。

「ぶべらっ」ヤンキー少年は無様に吹っ飛ぶ。

「ほらほら。喧嘩は始まったばかりだよ!!」私は煽る。ガンガン煽る。相手にちょっとでも冷静さを持たせたら負けだ。

「クソがあ」ヤンキー少年は立ち上がった。そしてまた愚直に突っ込んでくる。

「馬鹿なの君は?」私はパンチの下にくぐり込んで。下からアッパーカットを放り込む。また同じ手に引っかかってやがる。学ばない餓鬼だなあ。

 結局。ヤンキー少年は二度目のノックアウト以降立ち上がって来なかった。

「骨のないヤツ」私は吐き捨てる。

 

「いやあ。なかなかお見事」その声は私の後ろの方から聞こえてきて。

「誰?」私は振り返りながら問う。

「通行人A…じゃ駄目かい?」その男は、パーカーを羽織ったひょろひょろした男だった。

「別に私は構わねえけど」

「君はガッツのある少女だ。実に私好みだあ」彼は嬉しそうにそう言う。

「アンタ…ロリコン?」

「いんや。そうでもないよ?あでも、今のコレは言い訳かないかなあ?」

「ロリコンってのは異常性欲なんだぜ?」私は彼を煽る。喧嘩、したりないんだよなあ。

「なんだい?君、もしかして喧嘩したりないのかい?」ひょろひょろ男は尋ねる。

「足りないね。さっきの餓鬼が弱すぎた」私の手は戦いを望んでおののいている。

「ってもなあ。か弱い女の子をシバくのは僕の趣味じゃないんだけど?」彼は眉をひそめながら言う。

「さっきの見てたんだろ?私はか弱い乙女じゃない」私は言う。そこら辺の男に負けるつもりはない。

「…うん、じゃ。いっちょ揉んでやりますか」男はパーカーを脱ぎ捨てる。その下にはオタクTシャツ。うわ、変態だよ、コイツは。

「っしゃ来いや!クソオタクぅ!!」私は煽る。

「その手には乗らない。オタクの何が悪いんだい?」男は案外冷静で。

「気色悪いんだよ!私らの年代の少女が出てくるアニメばっか見やがって!!」私は彼の出方を伺う。こっちから出るのは愚策かも知れない。

「それが嗜みというものさ。良いぞお。輝く少女は。僕はね。そういう命のひらめきに弱いんだ」彼は身体を左右にフラフラさせながら言う。

「命の煌めき…ねえ。まあ。私もそういうのは嫌いじゃないぜ?」話に乗ってみる。

「君の場合は喧嘩の中での話だろ?僕とは趣味が違う」

「いいじゃんか」

「よかないねえ。コイツは意見の相違だっ!」彼は距離を一気に詰めてきて、身体を後ろにひねる。ああ。キックかますつもりか。

「意見なんて合わないもんだぜっ!」私はバックステップする。距離を取ってキックを無効化したい。

「合わせ給え、一応きみは年下だぜ?」オタク男はバックステップを無視して、そのまま蹴りをいれてきた。何考えてるんだ?

 何を考えているかはすぐ明らかになった。彼の蹴りはくうを蹴ったが―私の身体に衝撃が走ってきて。

「ぐっ!!」思わず声が出る。なんだ?空を蹴ったはずの蹴りが私の身体を捉えてる。

「おりょ。さっきの気勢はどこにやった?」オタク男は尋ねてくる。

「てめえ…何した?蹴りがこっちにきたぞ?」

「僕は蹴っただけだよ?不思議な事は何もない」

「いやいや。空を蹴った蹴りが私にヒットした。コレは尋常じゃないぜ」

「…ねえ君」

「何だ?オタク男?」

「あのねえ。男はねえ、使んだよお」ニタニタしながら言う。

「お前、それはネットのコピペネタだろうが」私は突っ込む。それがマジならこの国に何人魔法使いが居るか。

「僕も最初はそう思ったさあ。でもさ。ある日―魔法が使える事に気付いちゃってねえ」

「…冗談キツいぜ。オタク」

「冗談じゃないことを君に教えてあげようかね」オタク男はその場で両掌りょうてのひらを打ち鳴らす。

「ん?何も―」と私が言おうとした瞬間。全身が動かなくなっていた。

「今、君の神経ネットワークを乗っ取った」彼は嬉しそうに言う。

「はあ?マジで言ってる?」こう言いつつも、身体がマジで言うことを聞かない。

「何なら脱がせられますぞ」彼は舌なめずりをしながら言う。

「お前、それやったら警察に突き出してやるからな」

「大丈夫。僕は君くらいの年頃の裸なんぞ興味ないから。君らはほんのりしたエロスの方が似合うんだよなあ」

「うーわマジできっしょい」まだ動く口で彼を詰る。

「褒め言葉だよお」なんて眼の前のオタク魔法使いは言う。

「変態め」

「もっと!もっと僕を罵り給え!!」彼はヒートアップしてきた。

「ロリコンドMクソ野郎」

「良いねえ。この年頃の子の罵りは最高だあ」何かアイツ顔赤くなってねえか?「よーしこのまま僕をつんだあ!!」彼は合わせた両掌をずらす。そうすると身体が勝手に動き出して。

「うわわ…止めろよお、変態!!」私はそう叫んで居るが。それと同時にケツをこちらに向けた魔法使い変態を打っていた。

「おぉん!魔力が高まるぅ!」オタクの声は満足げ。

「気色わりぃ!!!!」私の声はもはや悲鳴だ。


 しばらくスパンキングさせられた。

 …コレは一生のトラウマになりそうだ―だが。魔法使い。こんなモノがこの世に居るなんて。

「なあ。魔法使い」私はケツを向けたままハアハア言ってる魔法使いに尋ねる。

「なんだい?Sっ子」

「私も魔法使いにしてくれよ」気色悪い経験をしたが、魔法の力は本物だ。コイツに弟子入りすれば―私はもっと強くなれる。

「おおおお!魔法少女!それは良い。良いぞお。僕が君を育ててやろう」

 

                   ◆


 私は強さを追い求める。そこに理由なんて―ある。大いにある。

 それは幼馴染の少年だ。彼はスイと言い。身体がめちゃくちゃ弱い。小さい頃から何かと病気がちで。

「まーた虐められたんか?スイ」

「はは。ショウが居ない間を狙われちゃった」彼は顔を打たれていて。腫らしている。

「まったく…お前は男の癖によお」私は拳をボキボキいわせながら言う。

「もしかして―僕を打った子をシバきに行くつもり?」心配げに言うスイ。でもこれは私を心配した物言いではない。むしろシバかれる方を心配した物言いだ。

「おうともよ。シバかにゃ気が収まらん」私はその場にスイを残してきびすを返す。

「止めたげてよお」後ろの方で彼は言う。

 こうやって。私は喧嘩に明け暮れてきた。全てはスイを守る為だ。

 …私がスイに執着し過ぎてるって?そりゃしょうがない事情がある。コイツは私の命の恩人なのだ。


 小さい頃。

 私はスイと公園で遊んでいて。ボール投げをしていたのだが。スイの投げたボールが公園の外に出ていってしまった。まだ、この頃はスイは身体を悪くしてなかった。

「ショウ!ボール頼んだよ」取ってこい、という事らしい。

「ええぇ。怖いよお」この頃の私はまだ女の子だった。身体も弱かった。

「いいから」彼は急かす。

「しょうがないなあ」私はこわごわ公園を出て、道路に落ちたボールをゆっくりと拾う。

 そこに横から車が―突っ込んできた。

 それはスローモーションに見えた。

 そして。私は後ろから。そう、後ろから斜めにふっ飛ばされた。

 そして私の代わりにスイが車にかれたのだ。後ろから私にタックルしてふっ飛ばす事で。

 かくして。彼は身体を壊した。骨を折るだけじゃなく、臓器にもダメージを負ってしまって。


「お前を虐めたヤツは―私が殺す。殴ったヤツは殴り返す」私はさっきスイを殴ったヤツをシバき回した後だ。

「止めてよ。ショウ。僕は虐められても気にしてない」

「私が気にする。お前は何があろうと私の命の恩人だ」

「アレは―。その責任を僕が取っただけだよ」彼は毎度そう言うが。

「事故ってのは確率だ。そこに人為はない。だから、何があろうがお前は悪くない」

「だからって。暴力ずくで僕を守るのは止めてくれ」

「スイ…そう言ってくれるなよ…」

  

                   ◆


 水晶から出したスイを私は地面に横たえる。

 彼は―身体も水晶におかされている。開けた口の中が結晶化していて。

「遅かったか」私はつぶやく。

「うぅん。水晶化、あっという間に進んだからねえ」私の後ろに居る師匠は言う。

「ホント、アンタに弟子入りしといて良かったぜ」私は言う。彼の教えた魔法がなければ私も今は水晶化していただろう。

「恩…いつか返してくれよお」師匠は言う。ニヤニヤしてるのが背中越しでも分かる。

 

 私はてのひらに魔力を集めて。スイの身体にあてる。そしてイメージする。スイの身体を覆ったケイ素の分子を引き裂くイメージを。

 ガシャン。そんな音が響き渡って。彼は息を吹き返す。

「げほ」彼は口の中の微小なケイ素の欠片を吐き出す。

「スイ!!」私は彼に呼びかける。

「…ショウ?一体何が?」

「色々。とりあえずは休め」私は彼を制す。

「…後で全部教えてね」

「はいはい。おやすみ。スイ」


「いやあ。愛だねえ」師匠は言う。

「…こっ恥ずかしい事言うなよ」私は顔を赤くする。

「さて。これからどうしようか?」

「…スイだけじゃなく。ここらの人間の水晶化を解除するさ」

「ショウ…理想家なのはいいけどさあ。僕も君も魔力には限りがあるんだぜ?」師匠は現実を見ろ、と言わんばかりの口調で。

「んじゃあ?放っとけってか?何の為の魔法だよ。何の為の魔法少女だよ?」

「生きる為の、さ。僕らは正義の味方なんかじゃないんだ。ただの魔法を使える一般人だよ」

「お前。私より魔力あるよなあ?」

「あるよ。最近の君のスパンキングのおかげで溜まった魔力が」

「使えよ、カス」私は師匠をなじる。コイツは私利私欲の塊だ。何故、コイツが魔法使いに選ばれたのか分からない。

「カスで結構。僕もね。好きなアニメスタジオの人間とか声優くらいは救いたいさ。でも魔力が足りない」

「私が全力でスパンキングしても駄目か?」

「足りないなあ。大体、きみは世界を救うつもりだろう?」

「…おう。昔アニメで見て、憧れた魔法少女はそうしてた」私は顔を赤らめながら言う。

「うぅん。良いねえ萌える。でも。それはやらない方が懸命だ。」彼は長髪をいじり回しながら言う。

「まったく…コレだから変態は」

「その変態の力を使っているのは誰だい?」

「…私だ。畜生」私は辺りの水晶を蹴り飛ばす。

  

                  ◆



 私と師匠はスイを安全な所に置いて、街を歩き回る。

 街は見事に水晶に覆われていて。

 若葉をつけた街路樹が水晶に覆われている様は、こんな時じゃ無けりゃ見れるほどだ。

「あーあ。街が壊れてる」師匠は残念、というような声で言い。

「何もかも水晶に侵されてやがら」私は吐き捨てる。

「コレじゃあ文明は終わりだねえ。ポスト・アポカリプス。うん。物語は始まったよお…ワクワクするなあ」コイツは。この状況、楽しんでないか?

「お前には―友達とか守りたい人居ないのかよ?」私は尋ねる。こんなヤツだが家族位は居るだろうに。

「居ないよ。知り合いは弟子の君だけさ」彼は何も無さげに言う。

「…家族は?」

「…僕を残して一家心中したよ」それは聞いてないぞ。

「お前は自殺に付き合わなかったのかよ?」

「付き合ったさ。なんせ僕が原因だからね」

「お前が?もしかして―」

「僕が30になろうってのに働きも勉強もしないからね。家計が傾いちゃって」

「それで?お前は殺された?」

「そう。親父が僕を刺してね。母が僕を地面に埋めた。その後、二人とも首を吊った。家には火を着けた。それが20年前かな」

「20年前?お前、今でも30歳くらいにしか見えねえぞ?」

使んだよ。知らなかった?」

「おい。それじゃあ私も…?」

「魔法少女としての魔力が高まれば、歳も止まる。後少ししたらさ」

「…お前、そういう事は先に言えよな」

「君が聞かなかった。そして魔力を欲した。だから僕はその手助けをしただけさ」

「ったく…お前は魔法使いじゃない。悪魔だ」

「人聞きの悪い」


 師匠はとんでもないヤツだ。参った。力をただ追い求める私はコイツの口車に乗りすぎたらしい。

 歳を取らない。それを思うと憂鬱になる。スイとはズレた人生を送ることはすでに決定していたのだ。地球が水晶化してしまう前から。

 

                 ◆


 私と師匠は水晶化した地球を歩き回り続ける。どこか水晶化の原因はないか、と。

 街は無機物に覆われ、息をしていない。そこらの人間はケイ素の塊と化していて。

「おりょ。この人鼻ほじりながら水晶化してる。間抜けだなあ。ふひひ」師匠はこういう時でも姿勢を崩さない。徹底してふざけた人間なのだ。

「ふざけてる場合かよ。このクソ変態め」私は毒づく。

「こういう時こそユーモアを。余裕のない人間の発想力なんてたかが知れてるよ。ショウ」

「お前の場合はふざけ過ぎだ」

「良いじゃないか。今なら不謹慎なんて言葉も水晶化しちまってるよ」

「それには違いないけど…はあ」私はため息を吐いて。


 しかし。このまま歩いてるんじゃ、水晶化の原因は見つかりそうもないなあ。

 んじゃあどうするか?飛べば良い。空中から探索するのだ。

 そう思った私は、足に魔力を集めて。ジャンプする。

 人の能力を超えた跳躍力で、空に浮かぶ。

 空から見た地球は。すべからく水晶で覆われていた。ああ。こりゃ駄目かも分からん。

「何か見つかったかい…?と言うか制服で空を飛ぶなんて、スカートの中見えちゃうぞお」私のスカートの下に師匠は現れていた。ごろ寝スタイルで浮かんでいる。コイツは…

「スパッツ履いてるからいくらでも中は覗け。パンツは見えやしねえよ」私は言う。

「いやあ。脚線美!健康的だなあ」コイツは何にでも欲情出来るのでは無かろうか?

「きしょい!いい加減地球を見ろ…どこもかしこも駄目だ…」

「予想出来てた事じゃないか。今さらだ。もうこの星はダメさ」

「お前は諦めが早いなあ」私は呆れる

「判断が早いと言ってくれ給え」

「判断が早い大人は有能ってか?そんなもんは会社でやれ」

「ニートにそれを言うな」

「クソが」私は一旦地上に舞い戻る。

 

                   ◆


 地上に降りた私達はスイを置いた所に戻る。その足で水晶くつと化したコンビニに寄って水晶化した食料を調達した。

 私と師匠は水晶から溶いた食料をむさぼる。スイの分も取ってきてあるが、まだ彼は目覚めていない。あんな事をした後だ。体力を食っているのだろう。

「なあ。師匠」私は眼の前でタルタルフィッシュパンを貪る彼に話しかける。

「どうした?弟子?恋人でも襲いたいのか?僕が邪魔なのか?適当な茂みにでも隠れてようか?」

「ふざけんな。そんな話じゃねえよ…なんで地球は水晶化したんだろうか?」

「それは僕にも分からないよお。でも仮説くらいは立てられるな」頭をぼりぼりきながら言う師匠。

「それは?」

「この地球上のケイ素に違う結晶化の仕方―永遠に周囲を結晶化し続ける―を教えた物体が宇宙から飛来した…」

「はあ?」

「有り体に言えばかな。そういうがこの地球に飛来し。この地球のケイ素を変えてしまったんだ。運が悪い。選りに選ってありふれたケイ素だ。そこら辺の砂とか人体に豊富に含まれているからね」

「まるで。カート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』の『アイス・ナイン』みたいだな」私は往年のSF作家の名前をあげる。

「それそれ。僕も思ったよお。いやあ。フィーリクス・ハニカー博士は居ないけどさ」

「あんなマッドなサイエンティスト居てたまるかよ」

「しかし。君はなんでヴォネガットなんか知ってるんだい?」

「それは―スイが読むから。話を合わせるために」

「うんうん。愛だねえ〜良いよお。少年少女の愛。間に挟まりてえ〜」

「うるせえよ。このクソ変態」

「ま。そんな訳で。この地球は水晶の塊のまま永遠の時を過ごすのかも知れないね」

「そして私とお前とスイだけが生き残る?」

「今のところは。ま、スイくんは僕らより長生きはしない」

「…そんなの。詰まんねえ」私はこぼす。私はスイが居ればある程度ていど幸せだが―スイはそうもいかないだろう。彼は虐められっ子だが、根が綺麗な人間で。世界を愛しているのだ。不思議な事に。

「コレも運命ってやつさ。『So it goes』そういうものさ」

「ヴォネガット引用してごまかすな、このクソ変態め」

「はは。でも今の状況に一番似合うんだよなあ」彼は笑いながら言う。


                   ◆


 私は食料を食べ終わると、師匠とスイを置いて散歩に出かける。

「ヤケは起こしてくれるなよお」師匠はそう言って見送った。


 街。水晶に侵された街。それは時間を止めたみたいな様子だ。

 私はそこに皮肉を感じる。私の体内時計も止まりつつあるのだ。

 そう言えば。クォーツ。水晶振動子は正確な時を刻む事で知られる。

 私の中の体内時計のクォーツは狂った。

 それは私が力を追い求めたからである。

 スイを助ける為―と言えば聞こえは良いが、それは本当なのだろうか?

 私は思う。別に魔法少女になんてならなくて良かったんじゃなかろうか?

 いや…もう。後悔しても遅い。私はあの男―師匠―に出会ってしまい。その力に魅了されてしまったのだ。

 しかし。大いなる力には大いなる代償が求められる。師匠の場合は家族だろう。

 私の場合は?多分、スイと同じ時間を刻めなくなった事だ。


 スイのクォーツと私のクォーツは違う正弦波を刻んでいる。

 そしてそれが重なり合うことは一生ない。私が永遠に魔法少女で居る間にスイは老い、死んでいく。

 そう思うと私は死ぬほど切なくなる。

 ああ。もう、生きてたってしょうがないんじゃないか?

 別にスイが生きているんだから良いだろう、という人も居るだろう。でも…私はこの事実を飲み込めそうにはないのだ。

  

 私はその辺の水晶を蹴っ飛ばす。魔力を使って。

 水晶は粉々に砕けて。私の足をケイ素で覆う。

 小さくなった水晶片は光を乱反射させ、輝く。

 モノは―消える前に最も輝く。炎のように。

 

                    ◆


 私は今、空に浮かんでいる。空から地上を観察している。

 もし。師匠の仮説が正しいのなら。この地球上の何処かにはクレーターがあるはずだ。

 そのクレーターはあっさり見つかった。というのも―

「隣街かよ…こりゃ盲点」私はため息を吐く。そして現場へと向かっていく。

 

 その現場には―巨大な水晶が飛来してきていた。辺りは一面えぐれて水晶化している。


 私は地面に刺さった巨大水晶を見上げる。コイツが師匠の言う物体Xで違いない。

 さて?コイツをどうしてくれようか?私は大した知恵を持っていない。

 んじゃあ。話は簡単で。

「コイツを―宇宙に蹴り返してやらあ」私は気炎を吐く。それは私の周囲を覆って。

 脚にありったけの魔力を込める。そして。巨大な水晶から距離を取って助走を始める。

 足の裏に水晶を感じる。私はそれを砕くくらい身体に魔力を込めて。

 私は走る。巨大水晶に向かって。そして――蹴る。巨大な水晶の塊を。

 硬い。まるでダイアモンドのようだ。砕けない。コレは都合が良い。このまま大気圏を超えて宇宙のはてに消えろ。


 一筋の光が―空をはしった。

 それは私が蹴り上げた巨大水晶で。

 あっという間に地球の大気圏を超えて―そのまま消えた。

 もう帰ってくるなよ。

 水晶のクレーターには巨大な穴が残された。


                    ◆


 水晶のクレーターに出来た穴。それは大地に穿うがたれた目のようで。

 私はそこに近づいていく。そして―魔力を込めた両手をその穴に突っ込んで。

 この地中にかれた種―永遠に周囲を結晶化し続ける―の結晶、オルタナケイ素に魔力をぶつける。その結合を解くように。

 種自体は簡単に結合を解けた。だが。周囲にはなんの変化もない。

「地球ごと変えなきゃならねえってか!!」私は叫ぶ。そしてさらに魔力を燃やす。

 それは―身体の奥底から湧き出てくる何かだ。心臓が痛い。

「ショウ!!」そこに声が響く。私が振り返るとそこには師匠が居て。

「よお師匠…仮説の検証済ませといたぜ?」

「ヤケは起こすなと言ったはずだろ?」

「なぁに。色々考えてたらな」

「スイくんの事かい?」珍しくシリアスに聞いてくる。

「まあね」

「だからって!!命を燃やす事はないだろう…」彼はくち惜しそうに言う。

「はは。だってこうでもしないと変化起きねえだろ?」私は痛む心臓をよそに更に力を燃やして。

「君…この地球の為に死ぬつもりんだな。せっかく永遠の命を手にしたってのに」

「地球なんかの為じゃない」私は言う。地球なんぞ別にそんなに思い入れはない。思い入れがあるのは。

「スイくんの世界を元に戻すため…うん。愛だねえ」

「愛だよ。もう一緒に歳を取れないアイツへのな」

「その愛は届くだろうか?」

「届かないだろうなあ。なんせただの私のヤケだ」

「まったく。弟子がこんな阿呆あほうだとはな」

「悪かったな。アホで」

「ホントだよ…せっかく仲間ができたってのに―」


 その後の師匠の言葉は―力の中に呑み込まれた。私は今や魔力の塊と化している。

 私は地球中に力を張りめぐらせて。そこら辺中のケイ素の結合を無理やり切る。スイにしたみたいに。

 そうして―地球は元に戻った。

 私は力を使い果たして、倒れた。元に戻った大地の上に。


                   ◆


 僕の愛弟子は―力を使い果たし、野に伏している。

 僕は彼女に近寄る。その男勝りな女の子は魔法の力で命を燃やし、水晶化した地球を元に戻した。

「はは…バカ弟子。大した事をしてくれる。おい、目覚めろよ、スパッツ脱がせてパンツ覗くぞ?」こうやって冗談を言えば彼女が戻ってくるような気がしたのだが。

「ふざけんな、変態」の声はいつまで経っても聞こえやしない。

「いつまで、君は…眠ったままなんだい?」その問は愚かだ。答えは永遠なのだ。なのに僕は無様に問うている。

 しかし。短時間で僕も彼女に執着するようになってしまったな、と思う。

 それは彼女が僕の弟子たちの中で初めて魔法少女になれたからだ。

 ほとんどの少女は僕を気持ち悪がって、あまり修行に身を入れなかったが、彼女は違った。それはスイくんの事があったからだろう。身体能力に性差が出てくる年齢。その中でもスイくんを守るには、魔法に頼らざるを得なかったのだ。

「ああ。可愛い弟子を死なせてしまったな。僕は」その原因の一端は僕にもある。この水晶化の仮説を立ててしまって、彼女に可能性を示してしまったのだから。

「神様は残酷だよなあ。こんな30歳童貞に力なんて与えて。その上弟子を与えて…最後には奪う」まったく。あの20年前の事件から僕は神に嫌われっぱなしだ。


 僕の腕の中の彼女はゆっくりと死に向かって行っている。

 僕は何も出来ないまま、それを見送っていたのだが。

「それで僕は後悔しないだろうか?」内なる僕が問う。みすみす若者を死なせて良いのかい?

「…後悔するよなあ。パンツも見せてもらってないし」それは今関係ないだろ。まったく弟子の前でふざける癖がつきすぎてしまった。

 

 僕は腕の中の彼女の心臓に―手を当てる。意外と胸大きいな…じゃなくて。

 僕は手に魔力を込める。身体中から力をかき集める。

 そして彼女の全身へと送り込む。細胞がアポトーシスを起こす前に、それを食い止める。そして心臓を叩く。魔力で。

「っふぐっ!!」彼女は息を吹き返した。

「おはよう。不肖の弟子」

「アンタ…なに私の左乳触ってんだ?」彼女は明らかに不機嫌で。

「いやあ。最後に胸触らせてもらおうかと」僕はいつもの調子でふざける。

「いや…アンタ、ただセクハラしてるんじゃない…私を蘇生しただろ…?」

「いやあ。マジでおっぱい触りたかっただけだけど?」僕は誤魔化ごまかす。

「ふざけるな!!そんな事をしたらアンタ―」

「流石に永遠の命を持った僕でも死ぬだろうね」乾いた笑みを弟子に向ける。

「バカ!死ぬのは私だけで良いのに」彼女は涙を浮かべている。

「それこそバカ!!だよ…死ぬのは年寄りからと相場が決まっているのさ。まったく。君は僕を置いて無理するんだから…」ああ。身体中の力を手に集めた反動が今、きてるな。

「だって。私は―スイと歳を取れない…」彼女は言う。遠い目で。

「んな事。別に良いじゃないか。ここが分かりあえないポイントだな。君と僕の」

「アンタは感性が腐っちまってるからな。本来50代だし」

「立派なおっさんだからね。もう若くない…」僕はもう彼女を腕で支えるのも手一杯になってきていた。


 彼女の身体が地面に落ちた。

 そして僕はその場に崩れ落ちる。

「おいっ!!クソ師匠!!」彼女は早くも立ち上がっている。タフなヤツだよ、まったく。

「…最後におっぱい触らせてくれてありがとう」僕はこういう時もジョークを言いがちだ。

「もっとまともな遺言のこせよ!!せめて!!」彼女は泣き叫んでいる。

「…んじゃ。スイくんと仲良く過ごしなさい。せっかく僕が与えた命を無駄にするな」


                   ◆


 あれから二十年が経った。

 地球の水晶化は何事もなかったかのように―忘れ去られた。残されたのは大きなクレーターのみ。

 私は師匠の遺言に従って、スイと過ごした…まあ、長い命ではなかったけどね。あの事故の時に負った臓器のダメージは彼の身体をむしばんでいたのだ。

「私の命をあげようか?」あの日から歳を取ってない、中学生の見た目のままの私はベットに伏せる30代のスイに言う。

「いいよ。そんな事はしなくて良い。まるで師匠と同じことを言うね、ショウは」

「私たち魔法少女…いや魔法使いが死ぬ方法なんて限られてるからね」

「僕は君の命をもらったとしても嬉しくないよ。だって君がいなくなるからね」

「…私にだけ見送らせるつもりか?」

「うん。君は―悠久の時を生きてくれ。僕の思い出と」

「まったく。師匠と同じで残酷な事を言う」


 そして。スイの時計は止まった。

 私は葬式には出ていない。もう、この世には居ない人間として生活しているのだ。

 

                    ◆

 

 私は一人街を歩く。

 その街は二十年前と随分と変わっている。

 師匠もこんな気分だったのだろうか?大事な人を亡くした時は。

 でもなあ、あの人は殺されてるからな。また私とは違った感情を抱いて居たのだろう。

 

 街は時を刻み続ける。それは時計が証明している。

 私の中の時計は未だ止まったままだ。

 私の時計の中の水晶振動子は止まって―もう時を刻まない。

 私は師匠とスイの思い出を抱えたまま、永久に生き続けるだろう。

 …寂しいもんだ。

 弟子でもとろうかしら?


                    ◆



 

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『水晶は時を刻まない』 小田舵木 @odakajiki

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