かりものさん、徘徊中

芥れい

第1話 加入動機

 「月が綺麗ですね」


 大抵恋愛チックな場面には、そんな言葉がついてくる。そして今夜は満月。きっと今頃どこかで、顔も名前も知らない二人が特別な一夜を過ごしているのだろう。

 だが、そんな展開は自分にはこない。その日が特別な日でも、その時目の前にいるのが特別な人でも。

 茂地谷もちやいづる、十七才。ただいま一人きりのクリスマスイヴを過ごしている。


 俺は月が嫌いだ。

 月は綺麗だ。幼い頃に庭から見た時の感覚は、今でも覚えている。大きな満月に、その神秘さに、心が揺さぶられたようだった。そこから天体に興味を持った。理科の授業で天体について学ぶ時も、生徒の誰よりも楽しんでいたのではないかとおもうほどだ。

 では何故あんなに好きだった天体を__月を拒否するようになったのか。

 ……今はまだ、思い出したくない。

 思考を止めると、窓からまばゆい光が放たれているのが視界に入った。月の光、ではない。第一、月がそんなに光ることはない。

 熱くなった目を擦りながら、カーテンをゆっくり開けてみる。思った通りの光景だった。大きくて豪華に着飾った街路樹、それに負けるかと言わんばかりにライトアップする近所の家。さらに下に目を向けると、男女が笑いながら手を繋いで歩いているのが見えた。

 人間は常に”幸せ”を求めている。赤の他人だろうが自分と比べ、自分が”不幸せ”だと思ったらすぐに嫉妬を抱く。

 分かるか、リア充ども。これが噂の『リア充爆発しろ』なんだよ。

 逃げるようにカーテンを閉めた。ベッドに飛び込み、その衝撃にスマホが小さく跳ねた。薄暗かった部屋にスマホの光が伸びる。俺はボンヤリとしながら画面を見た。

 通知が大量に来ている。

 思わず見を起こして、改めてそれを見た。メールが三十件、電話が六件……。全て同じ相手からだ。つい十分前にはこんなことになっていなかったのに。

 スマホが震えだす。相手はもちろん、さっきから嫌がらせのように連絡をしている人だった。

「……はい」

大人しく通話ボタンを押す。「なによ、そのめんどくさそうな声は」と聞き慣れた声が返ってきた。

「お前こそ通知荒らしやがって。なんだよ」

「あ、お姉ちゃんにそんな口きいても良いのかなー?」

「はぁ?」

電話の相手__姉の美空みそらは、挑発するように言った。

「……しずに代わるよ」

「げっ」

スマホ越しから嬉々とした妹の声が聞こえてくるようだった。妹の寧音しずねはとにかく長電話を好む。久しぶりの電話なら良いが、つい数日前に飽きるほど話したばかりだ。何より、今はそんな気分ではなかった。

「よ、要件は聞く……から、しずは……今度にしてくれ」

美空は仕方ないな、と呟くと受話器を遠ざける。「しず、また今度だってさ」と微かに聞こえた。そっと胸を撫で下ろす。

「っていうか、メール見てないの?いつ帰るかお母さんが知りたいんだってさ」

俺が見た通知は、美空からスタンプが送られたというものだけだった。ホームを開いて通知を見てみると、最初の一件は例のメッセージなものの、その後は全て珍妙な絵のスタンプで埋められている。

「いつ帰る、って……。俺は正月には帰ると思うって、しずから母さんに伝えたはずだけど」

数日前、電話で同じことを聞かれた記憶がある。「おかーさーん?いづる、正月に帰るって言ったよーだってー」と美空が叫んだ。

「『そうだっけー?』だってさ」

「……」

きっともう歳なのだろう。反論するのはよそう。

「んじゃ、正月ね。みんな楽しみにしてるから」

「はいはい。それじゃ」

「ん。メリークリスマス」

「……メリークリスマス」

ツーツーという音を止める。部屋に静寂が訪れた。

 単身赴任をしていた父のもとに転がり込み、はや一年と九ヶ月。父は仕事が忙しいらしく、この1LDKはもはや俺のものと化している。大学生になったら一人暮らしを、と意気込んでいた割には、早くその時を迎えられた気分だ。

 もう一度スマホを手に取る。液晶が光って、日付が変わった。十二月二十五日。クリスマスだ。

 多くの人は友人と過ごすため、大切な人と過ごすため、この日を楽しみにしているだろう。だが俺はこんな日でも部活があるし、一緒に過ごす人もいない。

 ……決して寂しいわけではないが。

 ベッドから立ち上がり、部屋の隅にあるスイッチを押す。天井の薄い光が完全に無くなり、窓の外の世界が一層輝かしくなる。もう少し分厚いカーテンを買うべきか。この際仕方がない。

 重い羽布団を掛け、静かに目を閉じた。



 「__きみはだれ?」

 声がして重いまぶたを開けた。ボンヤリと、その声が反響している。

 夢というのは不思議なものだと常々思う。

 最近この夢をよく見る気がする。空っぽの自分がいて、”声”がゆっくりと身体に浸透していく。

「__きみが✕✕✕てく✕る?」

ノイズが侵食する。世界が揺れていく。紅が広がる。

「__ぼ✕は……」

足元まで紅は伸びて、そして、

 朝が来る。



 「よっす、もちもち。元気にしてたかぁ?」

車が通り過ぎる音と共に、のろのろとした声が聞こえてきた。肩を掴まれる感触に俺は顔を向ける。雛田ひなた凛空りくがにっかりと笑っている。

「よっす。って、昨日も会っただろ?」

「だって昨日はクリスマスイヴだぜ?もちもちの大嫌いな、リア充がうきうきするクリスマスイヴ!」

「お前までうきうきしだすなよ……」

凛空がマフラーを揺らしながら楽しそうに話す。何をそんなに面白がるのか。俺は肩に置かれたままの手を払い除けた。

「昨日も会ったら死にそうな顔してたし、この晩こいつ死ぬんじゃないか……?と俺は思ったね。無事ならよかったよかった」

「い……っ!」

大きな硬い手で背中を叩かれる。衝撃で内臓が前に飛び出しそうになった。

「前から気になってたけどよ、なんでそんなにリア充が嫌いなんだ?彼女ができないからとか?」

「ほっとけ馬鹿野郎!」

確かに彼女なんてものはできたことがないが、それが理由では決してない。それに厳密に言えば俺が嫌いなのは『マナーを守れないリア充』だ。密かに『片思い製造機』と呼ばれている凛空には分かるまい。

「……って、凛空お前、サッカー部は十一時からって昨日言ってなかったか?今十二時半だぞ?」

ふと思い出し、俺はスマホを取り出す。十二時三十三分。俺はまだ時間に余裕があるが、凛空は完全に遅刻だ。

「ん?あー、だいじょぶだいじょぶ。ちょっと調子悪いんで遅刻しますーって連絡したから」

「はぁ?それで大丈夫なのかよ」

「そんなに怒られなかったし」

「怒られはしたんじゃねぇか」

凛空はへらへらと笑った。

「まぁ一応急ぐわ。じゃな、もちもち」

肩を叩き、大きなリュックを上下させながら立ち去った。

 車がまた通り過ぎる。それを追いかけるように北風が吹く。俺はマフラーを首元まで上げた。



 靴と床が擦り合う音が響く。数名の部員が、ドリブルをする部員を取り囲んで睨み合いをしている。突如ボールを低く跳ねさせながらオフェンスが走り出し、頑丈なディフェンスを避けていく。そのままの勢いでボールを片手で上げる。レイアップシュートだ。ボールは音も立てずに網の中をすり抜けた。

 俺は辺りを見渡し、ホワイトボードの前のかたまりに近寄る。後輩の住野すみの洸平こうへいが息を弾ませながら駆け寄ってきた。さっきのミニゲームに参加していたようだ。

「茂地谷先輩!こんちゃっす」

「おう、洸平」

「集合ってなんスかね」

洸平はざわついた部員たちを見ながら、ユニフォームの裾をバスケットパンツに入れる。

 部長が全体に流した連絡を思い出す。ミーティングをすることになったので体操をしたら待つように、とのことだった。いつもならミーティングは大会後にすることが多いが、前回の大会は一ヶ月も前だ。そしてバスケ部は数日後にまた大会を控えている。そのことで連絡があるのだろうか。

 「__全員揃ってる?」

体育館の入り口から部長の西山にしやまが顔を出した。隣にはいつもより表情の硬い、顧問の樋口ひぐち先生が立っている。

松下まつしたが来てませーん」

誰かがぶっきらぼうに言った。

「あいつは……いつものことだからなぁ。後で連絡しといて」

西山が頭を掻く。一年の松下は滅多に部活に来ないものの、それを注意するのも面倒らしい。

「とりあえずここにいる部員にだけでも話しましょうか」

樋口先生はさらに固くなった表情をした。つられるように俺も眉をひそめる。周りの部員は未だにざわざわと話し込んでいた。

「静かに!」

喝の入った先生の声が体育館に響く。一人、また一人と口を閉じ、それに気づいた部員が先生に注目する連鎖が起きる。やがて全員と目が合うことを確認すると、先生は口を開いた。

「顧問である寅嶋とらじま先生ですが、諸事情により学校を離れることになりました。詳しくはまた全校連絡がありますが、代わりに新学期からは鳴海なるみ先生が顧問を務めてくださいます」

 寅嶋先生が__離任?

 部員も大きく騒ぎ始める。大会まで日も無い中、突然指導者がいなくなったことに皆驚きを隠せない。昨日の部活でも体調不良の影は一切見えなかったし、特に変わった様子も無かったのに。一体何があったのだろう。

「このことはバスケ部以外の生徒には伝えないようにお願いします。くれぐれも、SNS等で拡散しないように!」

以上、解散!と言い放ち、樋口先生は裾に居た西山に何かを伝え始めた。聞き耳を立てようとするも周りの部員の話し声でかき消される。

「……先生、なんかあったんですかね」

洸平が心配そうに言う。俺はどうにも噛み切れない思いのまま、部員の様子を窺った。困惑は見えるも、気にしていなさそうな顔もあった。

 そうだ、別に先生が死んだわけでもない。きっとまたいつか、怒鳴りながら体育館に顔を出すだろう。

「大丈夫だって、多分。それより俺らは大会があるんだから練習しないと」

洸平はまだ心配そうに、体育館の入り口を見つめている。俺は黙ってその背中を叩くと走り出した。靴の音が少し小さくなった。



 日常は、非日常に。けれど俺の侵食された日常は、たった少しのようだった。

 いつものバイト帰りで揺れる電車に身を任せながら、そんなことを思う。イヤホンから流れる曲がまるで背景音楽のように、一方から入ってきてはもう一方に通り抜けていく。硬いリュックを抱きしめ、目をつむり、……ここだというところで意識を外に移す。案の定、最寄り駅に着く頃だ。

 無気力に電車を降りる。まだ十九時だというのに日は沈みきって、しかし星は雲に隠されている。学校が早く終わっても、バイトがある日はこうやって夜の街並みを見なくてはならない。田舎出身の俺は、そのビルの輝きから目を背けつつ足を速めるのだった。

 小さく何かの音が響いた。空き缶が蹴られる音のような、傘がガードレールにぶつかる音のような。固い音だった。

 騒がしい都会では、こんな音はたった少しの環境音に過ぎない。だがわけも分からず、その音にひかれるように視線を向けた。

 真っ暗な路地裏。人の気配など全く無い。さっきの音も、風に吹かれて何かがぶつかっただけなのかもしれない。そう思うところだったが、駅を出てから風に吹かれたことは一度もなかった。

 俺はゆっくりと辺りを見回しながら、路地裏に踏み込んだ。足音も立てないようにして、耳を澄ませる。何も聞こえない。街の雑音も、まるで全ての存在が消え失せたようだ。

 俺はその不気味な空気に足がすくんだように、少しも動けなくなった。自分の心臓の音だけが小さく聞こえ……。

 __やがて、それにが加わっていることに気づいた。

 なんだろう、この音……。何かを引きずるような音、か?重いものを引きずるようにも聞こえるが、それにしては変なモノを感じる。息を吸うことも恐ろしくなって、だんだんと恐怖に近い何かが俺の中に混ざり込むような気がした。

 ……体調不良かもしれない。早急にここを立ち去って、家でゆっくり休もう。

  __ガッ。

「……ぇ?」

 振り返ってビルの光が落ちる道を見た瞬間、俺の視界はまた暗闇に戻った。何かに掴まれた感触と共に。

 何が起こったのか分からない。目の前には大きく視界を遮るように建ちそびえるビルの側面、そして少しの曇り空。後頭部と背中が鋭い悲鳴をあげている。


 「……ゥ、ア……ァ……」


 息が止まった。

 近くで何かが蠢いている。辛うじて聞き取れる程の、奇妙な声だった。俺は飛び起きるように身を起こし、音のなる方を見る。

 そこにあったのは、だった。

 否、物体は動かない。目の前のモノは明らかに動いていた。建物二階分はあるような図体に、大きな穴が開いている。まるで口のように。

「……ァ、ァアア……!」

吠えるような鳴き声に、俺はようやく身体が動くようになった。すぐさま傍に落ちたリュックを掴む。逃げないと。だんだんと”奴”が近づいて来る。

「……痛っ……?!」

 そこで俺は初めて気づいた。左足を動かせない。動かそうとした瞬間に激痛が走る。

「……この、来るな!バケモノ!!」

どうにもならなくなった俺ができるのは、大声で叫ぶことだった。誰かが来てくれるかもしれない。そんな願望を抱いてしまった。

 しかしここは夜の街。柄の悪い人間が騒ぎ歩くことが日常のここでは、こんなちっぽけな音など誰の耳にも入らない。

「ゥァアアア”!!」

”奴”が咆哮した。瞬間、俺の喉が圧迫された。息ができない。足が地面から離れる。

 目の前のバケモノに、喉を掴まれている。

 俺は抵抗しようと、その異常な程長い腕に爪を立てた。立てたつもりだった。狭い視界に映るバケモノの様子は未だ変わらず、俺を睨みつけているように見える。

 どうしようもない絶望。経験したことのない恐怖。それでも抗おうとして、かけていた眼鏡が衝撃で落ちる。カシャンと情けない音を立てた。

「ア……ァア……?」

バケモノの鳴き声が止む。真っ白になっていく世界、しかし突如として全身に痛みが走り、俺の視界に本来の闇がじわりと戻ってきた。必死に呼吸をし、咳込みを繰り返す。違和感は残りながらも、あの黒い手は俺の喉元から離れていた。

「アアア……ゥゥウア……」

俺は身じろぎながら”奴”を見た。さっきと何か様子が違う。俺に向けられた視線に敵意を感じない。だがその全身から溢れ出るオーラは、俺を押しつぶすような重みが変わらずある。

 まだ助かったわけじゃない。とにかく逃げないと。そう思って這いずりながら、影のさす大通りを目指す。

 影をさす大通り。ぼやけた視界に、人影が見える。

「ウウウウアアァ……」

背後からまた鳴き声が聞こえた。目をやると、”奴”は大きなどす黒い穴を開けていた。その縁をなぞるように牙のようなものが生えている。バケモノの口。俺は、きっと食べられる。

 呼吸が荒くなっていく。

 視界が、世界が混ざっていく。

 俺は地を這ったまま、意識を手放した。


  __ぐちゃ。


 「あのぉ、大丈夫ですか?」

 人の声がした。俺はゆっくりとまぶたを開け、声のした方を見る。少し離れたところにスーツを着た男が立っていて、心配そうに俺を見ていた。

「良かった。……立てますか?」

男は駆け寄って、俺に手を差し伸べた。俺は痛む身体をゆっくり起こす。

「痛っ」

片足に強い痛みが走った。そういえば、さっき足を怪我していたんだった。裾をめくると、分かりやすく一部が腫れている。

「あ、足くじいちゃってますね、これ」

男が言う。すみません、と一言告げると、俺の手を取りながら強引に立たせた。不思議なことに、力強く引っ張られたのに痛みは感じない。いや、今さっき受けた『暴力』の方が大きすぎた。

「すみません、ありがとうございます」

俺は見知らぬ男に身体を支えられながら、路地裏の出口を目指した。

「いえ。偶然通りかかっただけですから。家はどちらの方ですか?」

「え、いや、少し行った所なんで大丈夫です」

「片足じゃ辛いでしょう。玄関まで送ったら、すぐ帰りますから」

『知らない人から話しかけられたら答えるな』という決まり文句は誰もが知っている。さらに言ってしまえば、初対面なのに家に入ろうとする人間は気がしれない。どんな理由があろうとも。

 だが、残念なことに俺は今、この人に頼らないと家に帰れない。

 「では約束ですから、ここで失礼しますね」

男は丁寧に玄関まで送ると、優しく支えながら俺を座らせた。

「あの……。本当に、ありがとうございます」

「いえ。お大事になさってください」

そういうと、男は微笑んで扉を開けた。小さな隙間から冬の風が入り込む。

 男は数秒そのまま静止すると、静かに扉を閉めて鍵をかけた。

「……え、あ、どうかしましたか?」

男は答えない。嫌な予感がする。

「……いやぁ。それにしても!」

男が突然声を大きくして振り向いた。俺は壁に身を寄せて、肩を震わせる。何故この男は目を輝かせてるんだろう。

「驚きましたよ!まさか、あのを倒すなんて!」

 ……?

「か、かりものさん……?」

「ほら、さっきの黒い奴ですよ。はあれのことを”かりものさん”と呼んでいまして」

「いやその、そうじゃなくてですね」

一体、この男は何なんだ?”かりものさん”という聞いたことのない単語に、”我々”……。

 もしかして、本当に関わってはいけない人だったのか?

「あ、失礼しました。まず自己紹介をしましょうか。

 『特別警戒捜査班 第四係』の鳴海なるみ成也せいやと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」

男__鳴海さんはそう言って、腰を抜かしている俺と視線を合わせながらお辞儀をした。

「とくべつ……。あ、警察の人、とか……?」

「いえ、少し違いますね。簡単に言うと、化け物退治のために秘密裏に作られた組織でして。あ、これ名刺です」

俺は冷や汗をかきながら名刺を受け取った。テレビで見るような、なんの変哲もない紙切れだ。

「それで……茂地谷さんにお願いがあります。私たちに、協力してくれませんか?」

鳴海さんが頭を下げる。

 ついさっき助けてもらったばかりの人に、仕事の協力を頼まれている。今自分が置かれている状況を、俺は一つも理解できていなかった。

「あなたには才能があります。あの化け物を、たった一人で倒すことができる!」

「いや、俺倒した記憶無くて」

「お願いします。今現在、ああいう化け物に人間が襲われる事件が多発しているんです。茂地谷さんがいればきっと」

「あの!」

俺は叫んだ。鳴海さんはまた静止して、じっと俺を見ていた。

「すみません。……お引き取りください」

 少しの沈黙の時間を挟んで、鳴海さんは立ち上がった。

「急ぎすぎましたね、すみません。今日のところは失礼します」

鍵が外れ、扉が静かに開かれる。冷気が入り込み、気がつくと鳴海さんが扉の隙間から顔を出していた。

「また、学校で」

微笑んで小さく一礼し、音を立てずに扉が閉まる。

 俺はしばらくの間呆然としていた。日常が、非日常に変わっていく。

「……そういえば、”学校で”ってどういうことだ?」

小さな違和感。考えようとするも、今まで忘れていた足の痛みがここぞとばかりに攻めてくる。まずは湿布を貼らないといけない。

 俺は痛みに耐えながら立ち上がり、扉の鍵を閉めると部屋の奥へと向かった。

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かりものさん、徘徊中 芥れい @Akuta_Lei

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