協力者

千桐加蓮

協力者

 日々、日本は変わろうとしている。

 大日本帝国から民主主義を基調とする平和主義の日本国への転換し始めている。

 私は、資料を兄の書斎で破いている。思いっきり破く勇気はなくて、小さくビリッビリッと破いている。

 夏風が窓を少し揺らした。

「これで生きれると思う?」

私は、目の前の男を見た。

「それでも、生きるんだよ。俺は、生きる辛さも、死ぬことへの恐怖心も、どちらも経験した」

 彼は私と同じ二十四歳。でも、少し大人に見える。見た目は童顔で背も高い方ではないので、外見が大人だとは私は思わない。大人らしい考えを持っていると思う。

「別に悪くはないでしょ。堂々と胸張ってろよ」

面倒臭そうに、本当にそう思っているのか分からない言い方で、そう呟いた。

 私は、自分の家に代々続く、猛毒と言われている薬の作り方が書かれいる資料を破いている。

 彼は、私の双子の兄。私の家は、昔から医者のフリをして、毒で暗殺業を営んできた。

 しかし、もう時代は変わる。いつまでもそんな古いやり方を続けていてはダメなのだ。

 だから私が変えなければならないと思ったのだ。

 激動の昭和時代。戦争は五年前に終わりを迎えたが、平和はまだやってこないようだ。

 そして、今もどこかの国が爆弾を落としたりしてるだろう。私たちの世界を変えてくれる人なんてきっといない。自分で変えるしかないのだ。

 父は海没死。母は病死した。兄はもう少しで祝言をあげるとはいえ、今生きてる家族は、私と兄しかいない。

「世の中、変わっていってる。暗殺業は確かに救われることもあるかもしれないけれど、でもそれって誰かの命を奪ってることに変わりないだろ?」

兄の言ってることはよく分かる。その通りなのだ。だけど

「誰かの命を奪ってるのはお互い様。私たちが死んでいった人の分まで幸せになるべきだとは思わない? それにね、これは私なりの戦いなの」

そう言うと、彼は

「貢献したつもりかよ」

私は紙を破る手を止めた。

 そして、嘆いた。

「もう、毒殺なんて……嫌。どれだけの人が苦しんだ? 核戦争だってたくさんの人が辛い思いをした。でも、毒だって結局誰かを苦しめて殺しているじゃない!」

私の目に涙が溜まっていくのを感じる。

「じゃあ、どうするっていうんだよ」

兄は、面倒臭そうにため息を吐いた。

「毒ってのは、世界中にどこにでもあるし、違う国では日常茶飯で食われているものもある」

兄が何を言おうとしているのかわからないけどとりあえず話を聞くことにした。

「俺らがやっていることは、正しいとも間違ってるとも言えないんじゃないか?」

それは、どういう意味なのかよくわからなかった。私は少し考えて口を開いた。

「毒で殺すことも毒を作ることも、本当は良くないことなんだと思う。でもね、この世界にはいろんな人がいて考え方が違うから、争いごとは起こるし、それを無くすことはできないのよ。だから、私たちがいるの! 争いごとの種をなくすために、私たちは戦わなければならない。そうしないと、何も変わらないままよ」

 私が言い終えようとしたタイミングで、兄は破って捨てた紙を私の頭の上に落とすようにばら撒いた。紙吹雪は私を包み込むようだった。

「お前、何のために戦うんだよ。そんで善意者になったって言いたいのか?」

その言葉は、猛毒のように私の心を蝕んでいく。

兄は、私のことを馬鹿にしたような目つきをしている。

 そして続ける。

「一人でいい子ちゃんぶっても意味ないよ」

私にとってこの言葉ほど聞きたくないものは他になかったと思う。いつのにか涙が頬を伝っていた。

「まぁ、時すでに遅し。もう半分以上は破けてる。お前の手でな」

見た目に反し冷淡な声。

 そして、兄は続けて言った。

「そんな世界でも、生きるってのは辛いよ。もしかしたら、先祖から呪われるかもしれない」

彼は私の横を通り過ぎていく。

 ドアに手をかけ、開けようとするところで、振り返らず呟いた。

「一人で背負うなよ」

「ごめんなさい」

ただ謝るだけしかできない。

 それから、兄はツカツカと私の元に戻ってきて、手に握っていた資料を奪い、思いっきり破いた。

「これで、俺とお前は共犯者だ」

兄は、笑っても怒ってもいないようななんとも言えない顔をしてそう言い放った。

 私は、それが一瞬で救われたような気持ちになり、自分の感情がコロコロと変わっていくのが分かった。

「ありがとう」

ただ一言お礼を言う。

私の頬を伝った涙を兄は拭いた。

 少し兄は笑った。まるで泣き顔を見ないようにするためみたいに。

「共犯者じゃなくて違う言い方にしない? 相棒とかパートナーとか」

兄は少し考えて

「協力者とか?」

 そして、手を差し伸べてくれた。

「そうだね」

 しっかり握手する。

「変わっていく世界でも、笑って泣いて怒って。生活できる世界であってほしい」

 兄は、私の手を握ったまま窓を開けた。

 夏風が吹いた。生暖かい風が書斎に入り、紙吹雪が若葉のように広がる。

 そして、私は破け散りかけた資料を見て決意を固めた。

 これから、どうなっていくのだろう。どんな未来が訪れるのか。

 想像つかないけれど、でもきっと大丈夫だと思った。

 

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協力者 千桐加蓮 @karan21040829

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