終.最愛の弟子と結ばれる


ロークと俺の部屋の前に戻った俺は、ドアを開け、叫んだ。




「ただいま…!」



が、しかし、部屋に誰もいない。



「あれ?」


俺は不思議に思い、部屋の中を見回す。


「ローク…?」



俺が呼びかけても、返事がない。


いつもなら、彼女はこの部屋にいるはずなのに。



俺が部屋の中でキョロキョロとロークを探していると、突然背後から背中を蹴られた。


「おわっ!」


俺はバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。

そんな俺の上に、誰かが飛び乗ってきた。



その身体に乗っかって来た感触から、いつもの奴だと分った。




「……ローク!?」





俺の上に馬乗りになっているのは、間違いなくロークだった。



ロークはそのまま俺に抱き着いてくる。

しかし、いつもと少し様子が違う。



「ど、どうしたんだよ?」



俺は戸惑いながら聞く。


すると、彼女は俺の上に乗っかったままで言った。




「やっと」




「え?」


突然の言葉に、俺は唖然とする。


「やっと、ライルと二人きりでイチャイチャできる」


「あ、そうか…」



しかし、すぐに彼女が言わんとしている事を察する。



よくよく考えれば、魔王を倒してから俺は寝たきりで、ロークと一緒に寝ていなかった。


結婚式をするまでの期間も、術式を安定させる必要があるとかで、過度な関わりを禁止されていた。



儀式が終わり、俺とロークの体調が安定した状態で二人きりになるのは、久しぶりだ。




ずいぶんと、寂しかったのだろう。


もちろん、俺もだ。



俺はロークの身体を抱きしめ返す。


「辛かったな、ローク」


「うん」


俺はそのまま、彼女の唇を奪う。 


「んっ……」


そして、俺たちは何度もキスを繰り返す。


最初は軽く触れて、お互いの温度を確かめるようなキスだったが、次第に舌と舌を絡めた濃厚なものへと変わっていく。



言葉はいらない。


もう、想いは通じている。



そのまま流れるように、俺たちは、ただ愛しあう男女になった。




ーーーーーー





ひとしきり、愛し合ったあと。

俺とロークは、裸でベッドに横になっていた。



「なんだか…不思議な気分だよ」



ロークは、つぶやくように言う。




「不思議?」



「うん。


キミを繋ぎ止めるために、必死だった頃が懐かしく思えるんだ。




キミといるのが、ボクにとっては当たり前のことだったんだけど。


その当たり前が、ボクの手からこぼれ落ちるんじゃないかって、ずっと不安だったんだ」


「ああ…」


「不安のあまり、片目に術式を埋め込んで、いつでもどこでもキミだけを写す千里眼を宿したこともあったし。



無理やり裸でキミに迫って、ボクを襲うように仕向けたり…。



ボクは、なんとかしてキミを繋ぎ止めることに必死だったんだ」


「……」


知っていた。


知っていたからこそ、ロークを自立させるために、俺から引き離さないといけないと思っていた。



今では、それは間違いだと分かったが。



「辛かったよな」


俺はロークの頭を自分の胸に抱き寄せた。


ロークは、それに身を任せるように、俺の胸の中で丸くなる。



「ねえ…ライル」


「うん?」


ロークが、俺の胸に顔を押しつけたまま、小さな声でつぶやく。



「後悔は、してない?」



「するわけないさ。


お前と一緒に人生を歩めて、俺は幸せだよ」


「そっか……」


ロークは安心したように、俺の胸に顔をうずめる。


「ねえ……ライル」


「うん?」


「ボクもね……幸せだよ」


「……ああ」


俺はロークの身体を抱きしめる。

もう離さない。



そんな想いを込めて、強く抱きしめた。



ーーーーーー




それから先は?




特に変わったことはない。




結婚したと言っても、もともと俺達はずっと一緒にいたのだ。



以前よりも関係性がずっと深くなったとはいえ、日々の日常が大きく変わるわけじゃない。




俺達はいつも通り学院に通い、いつも通り魔物を討伐し、いつも通り二人で暮らす。




その繰り返しだ。






繰り返しの毎日ではあるが、退屈というわけでもない。





なにせ俺はロークと一緒にいるのだから。





ロークといると、退屈することがない。



あいつはいつも、大小何かしらのトラブルの中心にいて、俺はその周りをぐるぐると振り回されるように生きている。




あいつが女であることを、正式に学院に暴露して、学院中が騒ぎになったり。


魔王の力があることで、魔王に恨みを持つ連中にとばっちり的に狙われたり。


ロークが力の制御を間違えて、うっかり大陸全体の重力がひっくり返りそうになったり。



どれも未遂に終わったから笑い話で済んでいるが、ロークの周りで騒ぎがある度に、いつもてんやわんやだ。




だが、その騒がしさが、俺には心地よかった。





もちろん、笑い話で済まないこともある。




いつもの日常を過ごす中で、たまに洒落にならない危機が迫る。




淀みの呪いに染まったヤバイ奴が現れたりするのだ。




あの魔王と同じような出自の奴らだ。



憎しみの呪いに染まった連中が、時折世界に現れて、破壊の限りを尽くしていく。




その度に俺達も戦いに出て、そいつらが世界を壊すのを止めていった。





厳しい戦いが続く。




俺達は辛くも化け物連中を退けていったが、それでも完全無欠の勝利が続くことはない。



戦いの最中、無辜の人々や、共に戦ってきた戦友が亡くなることもあった。



俺達のいる中央魔術学院や光の国が、危うく崩壊しかけるような危機もあった。





勝利とともに失われていくものは、あまりに大きい。





今のところ全盛期の魔王のような奴が現れたことはないが、気を抜くことはできない。




俺達は、死ぬまで。



いや、死んだあとも、輪廻の渦の中で戦い続けるのだろう。




その運命は、永く険しい。


喜びよりも、苦しみのほうがはるかに多いのだろう。





それでも、俺は歩み続ける。


そこに愛するロークがいるから。







それでも、俺とロークは戦い続ける。



二人なら、どこまでも進んでいけると思うから。





ーーーーーー







─────そうそう、俺達が結婚してからしばらくして、もう一人、家族ができたんだ。




ずっと俺達二人きりで生きていくとは思っていたんだが…。


思っていたよりも、少しばかり賑やかな家庭になりそうだ。






とはいえこの子もまた、ずいぶんと厄介な運命に目をつけられているようだ。





親としては付きっきりで守ってやりたいし、できることなら俺が全ての重荷を肩代わりしてやりたいが………結局のところ、この子が自力で健やかに育ってくれることを祈るしかない。


俺が下手に干渉すると、余計にこの子の人生は苦しいものになるらしい。



親ってのは、思っていたよりも無力な存在なのかもしれない。





それでも、この子が幸せに生きていけるように、少しでもこの世界を守っていこうと思っている。





俺たち親には、親の戦い。


子どもたちには、子どもたちなりの戦いがある。





まだ小さくか弱い命だが、この子が自分自身の道を照らし、世界を切り開いていく光になってほしいと思っている。





その願いを込めて、名をつけた。



その新しい家族の名は────。







ーーーーーー




1年後。


光の国、首都。


中央魔術学院の門前にて。




「ライル! 遅えぞ!」


「すいません、魔物が思ったよりずっと多く出てきたもんで…」




俺はフィデス先生に急かされながら、学院の校門をくぐった。




俺はちょうど、学院の外に湧いてきた魔物の討伐依頼をこなしてきたところだった。


先生は、校門で俺が帰ってくるのを待っていたようだ。




「それは嫁に言え!


もう陣痛から結構時間が経ってるぞ。



間に合わせろよ!


こういう時に側にいてやらないと、一生恨まれるからな」



先生が俺を急かしながら、俺と並走する。


俺達は、学院内の病院に向かっているのだ。



「分かってますって!


ロークはどうなんです?

大丈夫そうですか?」



「ああ、今のところは耐えているみたいだ。


だが、お前が側にいてやらないと、不安だろう。


万が一ってのもあるからな」



「ええ、あいつを独りにはしませんよ!」



俺は先生と一緒に病院に向かって駆け出す。




そして、間もなく病室に着いた。



「はぁ、はぁ…。


ローク、無事か!?」



俺は息も絶え絶えになりながら、分娩室の扉を開く。




そこには、ロークが苦しそうにベッドに横たわっていた。



「ラ…イル…! 」



ロークは、俺の顔を見て嬉しそうに言うが、軽く話すだけでも苦しそうだった。


俺はロークに駆け寄る。



「安心しろ。


俺が側にいる」



俺はロークの手を握る。



「うん……ありが…とう」



ロークは俺の手を強く握り返してくる。


そして、間もなくさらに握る力が強くなる。



「うっ…!


い…たい…」



ロークが苦しそうな顔をする。


出産は間近なようだ。



「ローク、 大丈夫だ…!」


ロークを応援するように、声をかける。



「だ……大丈夫……! まだ……平気……!」



ロークは、痛みを堪えながら、俺に笑顔を向ける。


「もうすぐ……ライルとの子が産まれるんだから……。



このくらい、平気なんだから…」



そんな健気なことを言うが、明らかに無理をしているのが分かる。


「ローク……!」



「心配……しないで……!


頑張る……から……!」



そんなやり取りをしていると、分娩室の中の助産師さんが間に入ってきた。



どうやら、本格的に出産に入るようだ。



「ライルさん、しばらく離れてお待ちください!」



「は……はい!」



助産師さんたちに促され、俺はロークから離れる。



「ローク、ずっと側にいるからな……!」



俺はそう言い残して、部屋の隅でロークを見守った。




痛みに耐えるロークを、ただ見守ることしかできない。




無力だ。



ロークと結ばれてから、俺もずいぶんと強くなった。




そんじょそこらの魔物からなら、余裕でロークを守れるようになった。


だが、出産の場面では、俺にできることなんてほとんどない。




ただ、近くで見守るだけだ。




無力な自分が恨めしい。



そう思えば、かつて魔王を倒した時も、俺にできたのはロークを応援することだけだった。


あの時も、無力感の中、少しでも自分にできそうなことをやった。




だが、どれだけ力を尽くしても、最後はロークを信じるしかない。



お互いの想いを、信じるしかないのだ。



「頑張れ、ローク……!」



俺はただ、祈ることしかできない。


そんな俺の頭を、フィデス先生がバシッと叩く。




「バカ、お前もこんなときはどっしり構えてろ!


お前が不安な顔をしてどうする!?」




はっとして、前を見る。


ロークは苦しみながらも、俺を見ている。



俺が見守っているか、確かめるように。


俺の想いが、いつも側にあると願っているように。



「あ……はい…!」



俺は先生の言葉に頷き、顔を正してロークを見守る。




そうだ、俺が不安な顔をしてどうする。


これから先もずっと、ロークと添い遂げると誓ったじゃないか。




信じ続けよう、俺達の未来を。




ーーーーーー



しばらくして。



分娩室の中で、元気な赤ん坊の泣き声が聞こえる。




「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」



助産師さんが俺とロークの子供を抱えて、俺に赤ん坊を抱かせてくれる。



「ああ……良かった……」



俺が抱いてやると、赤ん坊は元気よく鳴く。



俺は安堵のため息を漏らす。


ロークも疲れ切っているようだが、無事なようだ。



「よく頑張ったな、ローク。


ほら、俺達の子供だよ」



俺はロークに労いの言葉をかけながら、赤ん坊を見せる。



「うん……ありが…とう……!」



ロークは疲れ果てながらも、嬉しそうに返事をする。


「この子が……ボクたちの子供……」



赤ちゃんを愛おしく見つめるローク。

そんなロークに、俺は赤ん坊を差し出す。



「抱いてみるか?」


「うん」


俺は赤ん坊をそっとベッドに置くと、ロークは優しく抱き上げる。



「あう…」


赤ん坊は安らいだように、ロークに手を伸ばす。


ロークはその小さな手を握り返して、嬉しそうに微笑んだ。



「可愛い……!」



ロークはとても愛おしそうに赤ん坊を見つめる。



「ああ……俺達の子供だ。


この子も、お前も…本当に、頑張ってくれたよ」




俺はロークの肩に手を当てる。


ロークは小さく、うん、と返事をした。



「ライル……」


「ん?」


「名前、決めてたんだよね?


女の子ならミステル。


男の子なら…」



「ああ…」



俺は赤ん坊の名前を言う。



「この子の名前は……ルーチェだ」



その名前を聞いて、ロークは笑顔で頷いた。



「ルーチェ…いい名前だね」



「ああ、俺達の光。


世界を照らす、希望の光だ。



この子の運命も、俺達と同じ…いや、それ以上に険しいだろう。


だが、この子なら、どんな暗い運命も自分の力で照らして行くことができる。



そう信じてる」



「うん……きっとそうだよ。


だって、この子は僕たちの子供だもん。



きっと、素敵な女の子に愛されて、大変な目にあって。


それでも、前に進んでくれるよ。



この子にも、守りたい人ができると思うから」



「ふふ、そうだな……」




俺は自分の子供──ルーチェの頭を撫でる。



「ライル」



「うん?」



「ありがとう……。


ボクと出会ってくれて……ボクを愛してくれて……」



ロークは、ルーチェの頬を指で撫でる。


ルーチェは、嬉しそうな声で応える。




「この子を産ませてくれて……ありがとう」




俺は、ロークの手に自分の手を重ねる。




「ああ……俺こそ、お前に感謝してもしきれないよ。


これからもよろしくな、ローク」




「うん……!」




俺達は、新しい家族の未来に思いを馳せながら。



心から笑い合い、抱きしめあった。



これからも、ずっと一緒に、支え合って生きていくと誓って。









「魔術学院最下位クラスの俺、首席の天才王子様系女子の師匠なのだが、弟子が俺から自立してくれない件」


〜完〜



======

あとがき・解説



これでロークとライルの物語は終わりです。

最後は二人の子供が生まれて、新しい家族としてのスタートです。




なかなか結末が決まらず、何回か書き直した結果、最後の一話だけ時間がかかってしまいました。

物語の風呂敷をたたむのって難しいですね、技術的にも、気持ち的にも、いろいろと。


今回でロークとライルの物語は終わりですが、この後あとがきとして設定とかを軽く書いておきます。


また、世界観は同じで、周辺の人の話とか、二人の子供の話とかを書いていくので、今後もどこかで二人が出てくることがあるかもです。


なんにせよ、二人は今後もなんだかんだで幸せに生きていくのだと思います。

二人の旅路を、暖かく見送ってやってくれると嬉しいです。

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魔術学院最下位クラスの俺、首席の天才王子様系女子の師匠なのだが、弟子が俺から自立してくれない件 やまなみ @yamanami_yandere

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