13.学院中に愛を叫ぶ


「で、だな。


ひとまずお前たち二人を結ぶことは出来たんだが」



フィデス先生は、何かその次があるような言い方をした。



「他に何かやることが?」


俺はロークとひとしきり泣いた後、落ち着いてきた涙を拭いて、先生に問いかけた。



「ああ、一応儀式は終わったんだがな。


普通なら、ここで終えても充分な効果を発揮するんだが…。


なにせお前らは魔王の力と関わりが深いから、もう少しダメ押しでやることがある。


いったん教会の外に出てから話そう」



ーーーーーー



俺達は教会を出て、学院の中庭に出た。




今は昼過ぎで、ちょうど授業が終わったところなのか、生徒達がぞろぞろと歩いている。


俺とロークが結婚式の装いのままだから、皆ジロジロと物珍しそうに俺たちを見ている。



俺はその中を先生と一緒に歩きながら、これから何をするのかを聞いてみた。



「先生。

これから何をするんですか?」



「ん? ああ。

そろそろ言ってもいいか。


さっきも言った通り、いったん形式としてはお前らの式は終わりだ。



もうライルは傷が滲み出ることもないし、ロークが魔王のようになるリスクも低くなっただろう。



だが、十全にお前らの結びを強め、ロークが魔王に堕ちるリスクを極限まで低くするためには、もっと追加でやらないといけないことがあってな。



でな、ライル。


お前にもう少し、身体を張ってもらいたいんだが」


先生は、そこで言葉を切った。



俺は疑問を口にする。


「問題が?」



「まあ、そこそこあるな。


主に、お前がどれだけ恥を受け入れる事ができるかどうかにかかっているんだが」



先生はそう言いながら、手元から何かの筒のようなものを取り出した。


そのまま、その筒を俺に手渡す。



「これは?


あと、恥ずかしいことって…?」



俺がそう言いかけたとき、急に手元の筒が弾けた。




バァッーン!


という大きな破裂音が鳴り、それと同時に筒が、俺の背を軽く超えるほどの高い旗になった。



「うわっ!


な、なんなんすかこれ…?」



「見ての通り、旗だ」



「旗ぁ?


先生…なんだって、こんなものを?」



「無論、これからお前がやることに関係してるんだよ。



こいつぁただの旗じゃあないぜ?


試しに、持ち手の近くの黄色いボタンを押してみな」



俺は先生に言われた通り、旗の持ち手についている黄色いボタンを押してみた。



すると…。




バカッ、と旗の最上部が開いて、その先頭から、ピューッという音を立てて、大きな火花が空高く打ち上がる。



そして、火花は空の遥か彼方にまで打ち上がると、


ドドーンっ!


という爆発音が鳴って、ド派手な花火となって散っていった。



「え?

ナニコレ?」


俺とロークが呆気にとられていると、次から次へと、第二、第三の花火が旗から射出される。



ドドン、ドドン、ドドーン!


と、全く間髪置かずに打ち上げられるそれは、まるで大雨が空に打ち上がっているかのような激しさだ。



周りにいた学生たちも、その騒がしさに気を取られ、ガヤガヤと俺達の方を見てくる。



「先生!

これ、何なんですか?」


俺は花火の爆音にかき消されないように、大きな声で先生に問いかける。



それに先生は楽しそうに返事をする。


こんな時でも、先生の声は妙に通る。



「言ったろ?

ド派手な結婚式にするってな。



これは賑やかし用の祝いの花火だよ」



「それはまあ分かるんですが!


でも、こんなのをずっとやってたら、学院に迷惑じゃないですか?」



先生は人差し指を振って、チッチッチ、と舌を鳴らした。



「それでいいんだよ。


この花火でクソうるせえ爆音を鳴らして、嫌がらせかってくらい眩しい光を放って、1日中学院を騒がせるのが、これからお前がやる仕事だ」



「え…えええ?」


俺は困惑した。



俺は表向き、この学院では落ちこぼれ扱いだ。


ロークと結婚する俺を妬むやつも多いだろうから、ただでさえ低い俺の地位が、更に落ちるのは目に見えている。



それが、さらに学院中を騒がせてに迷惑をかけることで、とんでもなく蔑まれ、最悪の場合退学もあり得るのではないかと思ったのだ。



「まあ、安心しろ。


この件は女王も内密に承認しているし、俺もお前の在籍はちゃんと守ってやるからよ。




それでな。

お前の教師として、理由を話してやると。



お前たちの魂の契約は、一応終わった。


普通はそれだけでも、十分二人を結びつけ、支え合う楔になりうるんだが。




お前たちの運命は、非常に重く険しい。




だからもう一押し、契約の力が欲しい。



それも、お前たち以外の連中も巻き込んだ、巨大な契約がな」



「あっ!

学院の人達にも、ボクたちのラブラブさを知らしめる…ってコトですか?」



ロークがやや興奮気味に言う。


俺よりも先に、先生の意図に気づいたようだ。


ロークの発言から、何か…非常に頭の悪いことをやろうとしているのは分かった。



「その通りだ。


そういうところの察しのよさは、ライルよりも早いな。




…現状では、お前らの契約は、お前ら二人の間だけのものに過ぎない。


強いて言えば立会人の俺も、ほんの少しだけ契約に関わっているが、所詮は第三者だ。



第三者の俺一人の関わりがあった所で、微々たる効力なんだよ。



だが、それが俺だけではなく、より多くの連中も巻き込んだ、世間様公然の契約にしてしまえばどうだろう?」



俺はやっと、先生の言おうとしていることが分かった。


「…なるほど!


学院を、巨大な儀式場にしてしまうってことですか?


そのために、俺たちの存在を学院の人たちにアピールするっていう…」


先生は深く頷く。



「そうだ。


正直、お前たちの結婚の準備にかかった時間の大部分は、こっちの準備に費やしたくらいでな。



何せ、このクソでけえ学院全体を、こっそり巨大な魔法陣に見立てたんだ。


そりゃあもう大変な労力だったよ。



その上学院にいる連中も、強制的に儀式参加者に仕立て上げるっていう、ゴリ押しを超えたゴリ押しを実現しているしな。



だが、その甲斐あって、効果はバツグンだ。




お前たち二人の契約は…学院全体を巻き込んだ、凄まじい効果を持つようになる。


それだけじゃねえ。


学院の連中がお前たちのことを噂して、それがこの国の噂にまでなれば、儀式の効果範囲は国全体に広がることだって、夢じゃない。


そこまでデカい規模になれば…当然、お前たちを結びつける力は、今と比べ物にならねえほどに強いものになるってわけだ。




舞台はばっちり整えている。




他に必要なのは…ライル。


お前の頑張りだけだ。




お前たち二人が、とんでもねえバカップルで、どんなに引き裂こうとしても離せないくらいに愛し合っていることを、他の連中に知らしめるんだ。


そのために、できる限り騒がしく、うっとおしいほどにお前の愛を叫べ」



「お、おおう…。


それなら、わかりますが…」



「なんだよ。

あんま乗り気じゃねえのか?


もっとしゃっきりしろ、ここが大事なところなんだぞ」



「い、いえ。


ちょっとぶっ飛んだ話で、面食らっただけです。


でも、ぶっ飛んだ話は今までも同じだったんですから、今回も全力でやってやりますよ」



俺は旗を持っていない方の腕で、自分の胸を叩く。




俺は全裸のヲタ芸で魔王と対峙した男だ。


それに比べたら、いまさら学院で騒ぐことなんて全然余裕だ…と思いたい。



「おうおう、その意気だ。



もう後には絶対引けないレベルで、お前の愛を学院中に知らしめろ。


お前の弟子は、お前の女だってことをな。




そのくらいの想いがないと、お前らの運命を打ち破ることはできねえ。




当たり前だよな?


『恥ずかしいからできません』って自分のちっぽけなプライドのために逃げる男が、大切な女を守れると思うのか?


お前はそんな男じゃねえだろ?」



「もちろんです。


俺はもう、逃げませんよ」



俺は歯を食いしばって覚悟を決める。





正直、人並みに恥ずかしい思いはある。


だが、その程度で逃げるような情けない男では、ロークと支え合っていく事はできない。




俺は自分の顔を叩いて、気合を入れる。




「それでいい。


死ぬ気で行って来い」



先生はニヤリとした笑みを浮かべながら、俺の背中を押した。


俺は少し深呼吸してから、大きく息を吸い込んだ。


そして、そのまま言葉を綴る。



「ローク」


「なあに、ライル?」


ロークが、ニコリと笑みを返してくる。

そこには俺を信じてくれる妻がいる。



「俺はお前のことが好きだ。


世界で一番愛してる」


「ボクもだよ」


急に告白を始めた俺に気づいたのか、廊下にいる生徒達が何事かとこちらを見る。



しかし、気にせず続ける。



「だがな、俺はクソ野郎だ。


以前の俺は、お前があれだけ想いをぶつけてくれたのに、それを受け止めようとしなかった。

どれだけお前が苦しんで心細い思いをしていたのかも考えず、お前とともに生きることを恐れていた。


お前のことを好きだと自覚していながらも、お前を俺の人生に巻き込むことを恐れて、ずっとお前から逃げてきたんだ」



「…確かに、ちょっと寂しかったかな。


一緒にいられない夜は苦しくて、心が真っ黒に染まりそうになった」



「ローク…!」


俺はロークを抱きしめる。



ロークは俺の匂いを嗅ぎながら、「えへへ」と笑みを浮かべる。


「でも、ボクは戦えたよ。


ライルがボクのことを好きだって気持ちは、ずっと伝わってたから」


ロークは、優しい顔で俺に応える。

そこには、もう迷いはない。



だが、それに甘えるだけではだめだ。



「いいや。

やっぱり、俺は馬鹿だ。



お前は、いつだって俺しか見てなかったのに。


なのに俺は、勝手にお前を遠ざけようとした。



お前が俺と離れて生きていくことが幸せなんじゃねえかって、勝手にお前の幸せを決めつけていたんだ。


本当に救いようのない愚か者だ」



「ライル…」


「…でも、もう迷わねぇ。


お前に俺の人生をくれてやる!


だから、お前の人生を俺によこせ!



俺はお前の男で、お前は俺の女だ!」


「うんっ!」


言い切った。

周りから、ヒューッとはやし立てる声が、湧いてくる。



後は進むだけだ。




「俺は今から、お前への想いを全て言葉にする。



この学院の中にいる全ての人間に、お前への想いを知らしめてやる。



お前は俺の女だ。

誰にも渡さねえ。

魔王の力なんか打ち払ってやる。



俺が、誰よりもお前を幸せにしてやる。

生涯をかけて、お前を守ってやる。

その宣言を、世界中に知らしめてやるんだ。



だからな、ローク。


俺とこれからも一緒に生きて欲しい」



ロークは嬉しそうに、優しく応えた。


「もちろんさ。


ボクはずっと一緒にいるよ、ライル。


どんなことがあっても、どんなに離れていても、ボクの心は常にキミとともにある。



だから安心して、ボク達の絆を知らしめてほしいな」



「おうっ」




ロークが、俺の頬にキスをして送り出してくれる。



「それじゃ。

いってらっしゃい、ライル」



「いってきます、ローク」




ロークの言葉を背中に受け、俺はその場から走り出した。


叫ぶ。

学園中を駆け抜ける。


背後からは、「なんだあの人」「頭おかしくなったんじゃないの?」という声が聞こえる。



その通りだ。

俺は頭がおかしい。


だが、それでいいじゃないか。

俺の愛する女も、同じくらい頭がおかしいんだから。




俺たちは、お互いに何かが狂ってて、何かが欠けてたんだ。


その欠けたものを埋め合わせるように、お互いがお互いを求めている。




最初からずっと、俺たちは最低で、お似合いの存在だったんだ。






学院中を駆け巡り、生徒たちは俺を驚いた目で見て、避けるようにして道を開ける。


走りながら、俺は何度もそいつらに知らしめるようにして叫ぶ。



「ローク!

愛してる! お前が好きだ!

もう絶対に離さねえぞ!

うおおぉぉぉぉぉ!───」







───そうして、疲れ果てて喉が完全に潰れて、ほとんど走れなくなるまで、俺は叫び続けた。



すでに日没をとっくに過ぎて、身体は完全に疲れ果てていることも気にせず、俺はただ一心不乱に走り回った。


とてつもなく巨大な学院を、何度回ったかすら分からない。



途中何度も学院の者に呼び止められたり、「何をやってるんだ」と怒鳴られたりもした。


物理的に俺の身体をつかんで、止めようとする者もいた。


学院の秩序だの何だのと俺に怒りをぶつけ、魔術で妨害してくるやつもいた。




そんな奴らさえも跳ね除け、俺はとにかく叫び続けた。

ロークへの愛を叫びながら、全身全霊で駆け回った。


途中から、なんでこんなことをしているのかもすら分からなくなるほどに全力だった。




だが、やりきった。


もう、まともに声も出ない。


これ以上は歩けそうもない。







俺は学院の中庭で、仰向けに寝転がる。


もう疲れ果てた。




だが、達成感と満足感が俺を満たしていた。



「よう、お疲れ」



そんな俺に、影が落ちた。

顔を上げると、そこにはフィデス先生がいた。


「先…生……」



俺は力なく呟く。


先生は笑いながら、俺の目の前に液体の入ったコップを差し出した。


「飲めよ。


疲労によく効く」



俺はそれを受け取り喉に流し込む。


喉を水分が通り、身体が楽になった。




たぶん、特製の回復薬だろう。



最低限動けるだけの体力が戻ってきた。



「先生……ありがとうございます」


「おう。


まあ充分頑張ったよ、お前は」



先生は優しい笑みで俺に手を差し伸べた。



「さ、俺のことは気にしなくていいから、さっさと部屋に戻ってやりな。


お前の愛する女が、お前の愛の言葉を聞いて、顔を真っ赤にして待ってるだろうからな」



「はい…!」


俺は先生の手を掴み、立ち上がった。




そして、ふらつきながらも、ロークと俺の部屋に向かって駆け出した。




ーーーーーー




余談だが、この日の俺の奇行は、翌日の朝には学院中の誰もが知るところとなっていた。


それどころか、あっという間に俺の噂は国中に広がってしまった。



それも、悪い意味で。




当然だ。


これでも中央魔術学院は、世界最高峰の魔術師の学び舎だ。


そんな聖域の秩序を乱すように、恋愛脳の俺が荒らし回ったのだから。



案の定、当初は「あいつは気が触れている」だの、「あいつは学院史上最低のクソだ」「脳みそが呪われている」など、散々な言われようだった。



まあ、妥当な評価だ。



だが、この後に色々あって、俺とロークの評判がうなぎ上りになったことから、俺に対する悪い評価はいつの間にか完全に無くなっていた。


むしろ『立派な魔術師になりたいなら、妻を愛してやまないこの男を見習え』という意味不明すぎる風潮が生まれ、俺の行動が妙に美化されることさえあった。


それで、俺の奇行は『愛ゆえの若気の至り』としてむしろ好意的に捉える者さえ現れるようになってしまったのだ。





俺が学院の教授として、日々時間に追われるようになった今でも。




たまに俺の真似をして、想い人に愛を叫びながら走る生徒が出てくる。




俺はそういう生徒を見るたびに、かつての若く馬鹿だった自分の姿を思い出して、頭を抱えながらも苦笑するのだった。






======

あとがき・解説



僕っ娘な弟子13話目。

相変わらず頭の悪い青春をやってます。


巻き込まれる学院もいい迷惑ですが、結果的に世界を救うためでもあるので大目に見てあげましょう。

魔王にオタ芸で対抗した男を止めるすべはない。


ライルだけ走っていて負担が大きそうな感じですが、ロークも裏で、寝室にライルを迎え入れる準備をしている感じです。

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